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 母ちゃんの唄 


平成22年3月27日に亡くなった母に捧げる詩集です。

病中の母の様子や亡くなった後の想いを綴りました。
母の棺の中には私の書いた詩を入れて荼毘にふして貰いました。

それが詩人として私のできる最後の感謝の気持ちだと思ったから……。

詩「母ちゃんの唄」は鞄本文学館の企画本「旅の唄」に掲載されました。
http://books.rakuten.co.jp/rb/6888978/


(表紙は無料フリー素材からお借りしています)


   投稿 趣味人、現代詩フォーラム 2009年頃〜






 【 母ちゃんの唄 】

母ちゃんと旅に出る
鞄に歯ブラシ、着替え、切符と
最後にわくわくを詰めて チャックを閉める

朝一番のバスに乗り込んだ
母ちゃんと座席に並んですわる
乗り物酔いの薬あるよ
切符は持ったかい?
酢昆布食べる?

いちいち、うるさいけど……
機嫌の良い母ちゃんは
古い唄を口ずさんでいる
わたしの知らない 
ずっとずっと昔の唄だね

呼吸器が止まった 心臓が止まった!
瞑目して動かない 母ちゃんが……
お医者さまが時計を見て時間を告げた
母ちゃんの時間が止まった
わたしは凝視したまんま……

昔、一緒に行った町を歩く
母ちゃんの思い出を辿りながら
心の中の母ちゃんとおしゃべりしながら
この旅から帰ったら

きっと わたし元気になるから……
母ちゃん もう心配しないで



 【 えんどう豆 】

春になるとお母さんは
いっぱいえんどう豆を買ってくる
それを いつもふたりで
キッチンのテーブルで殻をむいた
学校のは話をしながら
近所の噂話を聴きながら
零れ落ちた えんどう豆を拾っては
ふたりで笑った 春のひととき

炊きたての炊飯器の中で
えんどう豆が光ってる
お兄ちゃんは豆ごはんが
嫌いだって ほっぺた膨らませた
あたしが殻むいたんだからね
お手伝いを自慢気に 鼻膨らませる
いつもより すこし多めにおかわりして
家族欄団で食べた 豆ごはんの味

今は病気のお母さん
もう あなたが炊いた豆ごはんを
家族で食べられないけど……
掌から零れ落ちた えんどう豆の粒
あなたの豆ごはんの味を想い出しながら
母から娘へと伝わる 豆ごはんの味
母の愛と共に わたしの心に伝わった





 【 おかあさん 】

車椅子を押して 母を病院に連れて行く
今年 脳梗塞で倒れた母は
歩行が不自由になってしまった

そして 記憶も曖昧になってきた
聞いたことをすぐ忘れる しゃべらなくなって
一日中 朦朧と過ごしている時間が多い

病院に着いて 手袋を外して触ると
麻痺のある母の指は 氷のように冷たい
両手で挟んで 何度もさすって温めてあげる

母をリハビリルームへ連れて行く
先生に言われるままに 手を挙げたり下げたり
まるで お遊戯する子どもみたいで可愛い

もう 子どもに戻ってしまうんだね
昔 あんなに負けず嫌いで キツイ人だったのに
まるで 天使のように微笑んでいる

いずれ すべての記憶を消し去って
真っ白な 無垢の魂になって
あなたはひとりで旅立ってしまうんだろう

小さい頃 いらない子と言われた
わたしが 一番好きだったのかも知れない
無邪気なその姿を見ていると 目頭が熱くなった

たとえ記憶が消えても あなたが居たから
わたしが ここに存在するんだよ
『 おかあさん 』 ありがとう ありがとう……



 【 白い記憶 】

白い記憶の中に
あなたはいる
それは真っ白な空間
全てを忘れ 
生きることすら拒否する

混乱した頭のなかで
過去と現在が行き来する
脈絡のない言葉を吐き散らし
誰かの名を叫ぶ

きっと あなたの
カウントダウンは始まっている
誰にも止められない
愛なんて無力に過ぎない

まず心を失くし
そして命を無くす
TVのプラグを引き抜くように
プツンとあなたは消えてしまう



 【 つれてかえって…… 】

車椅子に座らされて 
ポツンと窓辺の席に居た
病院の中は明るく 
居心地良さそうに思えた
眼を閉じて朦朧としている 
あなたは……
見舞いに来た
娘たちの顔も分からない
どんよりと眼を開けて
消え入るような声で

   つれてかえって……

そうひと言いって 
また眼を閉じた
その言葉に義姉は 
眼を真っ赤にして……
つれて帰ってあげたいと
嗚咽を漏らした
症状が悪化して 
あなたを自宅で介護するのは難しい
余命幾ばくもない 
あなたを家族で看取ってあげたい

   つれてかえって……

あなたにしてあげられる 
最後の恩返し
その言葉が
わたしを追いかけてくるように
耳の中に残って
何度も何度も聴こえてくる
もう つれて帰っては
あげられないんだ
お母さん ごめんね
何もしてあげられなくて……

   つれてかえって……
    つれてかえって……
      つれてかえって……

           その言葉がわたしを責める
 


 【 ほおずき 】

花屋の店先に 
ほおずきが売られていた
幼いころ 
母にねだって買って貰ったことがある
ほおずきの実から種を出し 
口に含んでギュギュと音を鳴らす 
ちっともきれいな音じゃない

だけど何処か懐かしい 
橙色のほおずきの実
ほおずきを鳴らしたくて 
小さな穴から種を抜こうと
いつも周りまで破いてしまい 
失敗するわたしを根気がないからと 
笑いながら叱る母

ギュギュと音を鳴らす 
母がほおずきを鳴らす
わたしの知らない 
子供みたいな母の素顔
老いて気弱になったお母さん 
昔はあなたが恐かった
ずっと愛されてないと思っていた 
だから寂しくて反抗していたんだ

母娘だから分かり合える 
そう思っていただけなのかも知れない
ギュギュと口の中で 
ほおずきが哀しい音で鳴いた
あなたの命を見届けるのが 
娘のわたしの最後の務めですか

小さくなったあなたの肩に 
ふわりと幸せの毛布を掛けてあげたいな






 【 母の日 】

車椅子の母の髪をカットした
チョキチョキ ハサミで切りそろえる
黒い髪より 白髪の方が多くなったね

わたしは 母が年を取って授かった
上には 年の離れた兄弟たちがいて 
望まれないまま この世に生まれた

子供の頃 母はわたしに無関心だった
参観日のとき ひとり年取った母が
同級生に恥ずかしかった

年頃になったら 母の生き方に否定的で
母みたいな 人生だけは送りたくないと
深く心に誓っていた

なのに つまらない男に恋をして
苦しい生活していたら 『他の兄弟に内緒だよ』
ヘソクリから母が 毎月仕送りしてくれた

ずっと母に 愛されていないと思っていた
本当は愛してくれていたのに……
気づかなかったのは わたしの方だった

ゴメンね お母さん……
恩返ししたいから 神さまお願いです
もう少しだけ この人の娘で居させてください

お母さん 本当にありがとう



 【 春に逝く 】

桜の花びらがほころぶ頃に
急な寒さで
きゅっと蕾が縮こまる       
そんな花冷え 春に逝く

長い人生の旅を終えて
白い棺の中
鎮魂の花に埋もれて
うっすらと頬笑む人よ      

あなたから貰った
命 愛 思い出……
わたしの想いを詩にして
棺の中にそっと入れました

しばしの別れ
いつか きっと逢えるから
涙がいっぱい溢れるけれど
心は笑ってお見送りしよう

あなたの棺は来世へと旅立つ        
冥界 そして彼岸に渡る     
この世の死は終わりではなく
魂は永遠に生きている

これから先
幾度も春を迎えるわたしは
遠い春に逝った母を想い 
いつも 魂は再会している





― お母さんの手を握っている ―




あきゅろす。
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