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 隴を得て蜀を望む 


三国志に題材を得た歴史小説ですが、特に史実に基づいて
書いた作品ではありません。
あくまで三国志風なのだと、ご理解ください。

『隴をを得て蜀を望む』魏の武帝、曹操の言葉である。
ひとつのものを手に入れても、またすぐに次のものが欲しくなる

人間の欲望はどこまでも果てしないものなのだ。
己の野望のために、愛を犠牲にした男の物語です。


(表紙は三国志大戦の作画からお借りしています)


     初稿 趣味人倶楽部・創作広場 2011年頃 文字数 8,978字
     カクヨム投稿(れきし脳)2017年3月17日 文字数 8,983字 
 

   ※ 執筆にあたり、我が娘(歴女)の協力を得ました。





【三国志】曹操の画像、イラスト集
http://matome.naver.jp/odai/2126196174617734401



   第一作 隴を得て蜀を望む

 劉操(りゅうそう)は貧しい村で生まれた。
 兄弟たちはたくさんいたが貧しさゆえに皆、幼くして死んで逝った。こんな貧しい村で、一生を終えたくないと思っていた劉操は、十三歳の時に、長安の都を目指して旅に出ることにした。
 劉操は大変利発な子どもで、青雲の志を抱いて故郷を捨てたのだ。

 途中、いろんな仕事につきながら、ようやく長安の都に辿り着いた劉操は、馬屋で働くことになった。ここには軍隊の馬たちが大勢預けられていた。次の戦までに休養させて、餌を食べさせ、肥らせ、手入れをするのだ。
 軍隊の馬たちは気の荒い馬が多い。身分の高い武将の馬に怪我でもさせたら大変なことになる。しかも、手入れの最中に馬に蹴られて落命した者もいるほどで、気の荒い馬の手入れは、まさに命懸けであった。
 ――不思議と劉操は馬に嫌われることなく、仕事が捗るので馬屋の主人に気に入られていた。
 将軍の馬で『黒兎(こくと)』という名馬が預けられている。たいへん気性の荒い馬で、誰も怖れて近づこうとしなかったが、劉操だけは黒兎に触っても平気だった。

 その日も、黒兎に飼葉を与え、藁束で身体を拭いてやっていたら、持ち主の将軍がやって来た。劉操に身体を撫でられ、大人しくしている黒兎を見て将軍は驚いた。
「黒兎は気性が激しく、わしにしか懐かぬはずだが……」
 突然の将軍の来訪に驚いた劉操は慌てて地面に平伏した。
「馬は『人の器』を測ると言う。目下(めした)と思う者には絶対に懐かない。馬は気位の高い生き物じゃ。その黒兎が認めた男というのなら……」
 平伏する劉操を見て、
「そこの者、面をあげよ」
「ははーっ!」
 恐る恐る劉操は顔を上げると、そこには威厳のある将軍が立っていた。
「そなた、名は何と申す?」
「劉操と申します」
「そうか。劉操、明日より我が軍で働け!」
「はい、将軍様!」
 黒い瞳でしっかりと将軍の目を捉えて答えた。
「おぉー、なんと利発な目をした奴よ!」
 将軍は劉操をひと目で気に入ったようで、馬屋の小僧から、劉操は兵士になった。

 将軍、李硅(りけい)の元で働くようになった劉操は、武術より、聡明なので軍師が向いていると言われて兵法の勉強を始めた。最初は文字も読めない劉操だったが、すぐに覚えて読み書きが出来るようになり、どんな難しい書物もすらすら読めるようになった。
 知恵者の劉操はすぐに軍の中でその頭角を現し出した。彼が綿密に考えた戦法で将軍の兵は幾度も勝利の旗を掲げた。そして李硅は劉操を『頼もしき軍師なり』と、我が子のように可愛がってくれた。

 ――季節が廻り。
 劉操も立派な青年になっていた。春、梅林にて『春の宴』が行われて、梅の木の元でうら若き乙女たち四、五人が舞いを披露していた。その宴に劉操も招かれて、酒を呑み、ご馳走に舌鼓を打ち、舞いを観ていた。
 梅林で踊る乙女たちの中に、ひと際、目を惹く美女がいた。薄桃色の衣を羽織り、優美に舞う姿はまるで天女のようだった。――劉操はその娘に心惹かれた。
「あの薄桃色の衣の美しい娘は、どの家の者であろうか?」
 うっとりと魅入った顔で、何気なく将軍に訊ねた。
「あれか? あれはわしの娘の惷蘭(しゅんらん)だ」
「えっ、将軍の姫君でしたか」
 将軍の娘とも知らず、不躾なことを訊いたと内心恥じた。
「劉操、その顔つきだと……惷蘭が気に入ったようだな?」
 酒を飲んで上機嫌の将軍はにやにやしている。
「そ、そんな、滅相もない!」
 顔を真っ赤にして答える劉操に……。
「気に入ったのなら、惷蘭はそなたに嫁がせようぞ!」
 そうして将軍の娘、惷蘭は劉操の元に嫁いで来た。翌年にはふたりの間に世継ぎの男児も誕生した。生まれた息子は劉鳳(りゅうほう)と名付けられた。貧しい村の出身者だった劉操は、将軍が義父となり李硅の一族になった。
 嫡男劉鳳は父劉操に似てたいへん利発な子どもであった。その後、惷蘭は子どもをふたり産んだが、いずれも女児であった。

 将軍、李硅は勝ち戦の勝利品として、小さいながらも領土を与えられ一国を治める君主となっていた。娘婿の劉操も軍師だけではなく、大臣の職も兼任していたのだ。
 ここまでは順風満帆に運んでいたのだが……。
 大恩のある将軍が、はやり病に罹り三日三晩高熱に侵された後、あっけなく他界してしまった――。

 李硅亡き後、国は嫡男である李郭(りかく)が継ぐことになったが、この李郭という男。無類の酒好き女好きの放蕩者で……生前は父李硅からも『うつけ者』と疎まれていたが、父が亡くなり、自分が君主の座に着いたので、すぐさま、やりたい放題にとなった。
国費を使い、毎日『酒池肉林』の日々で、政治などまるで無頓着。説教する家臣がいれば『うるさい』とすぐに処刑してしまう。
 このままでは国が滅びてしまう……家臣たちは皆、国を憂いていたが、暴君李郭が恐ろしく口にも出せずに悶々としていた、李郭は自分にとって煙たい家臣を全て解任した。劉操も亡き父のお気に入りというだけで疎まれて『謀反を企んでいる』という理由で屋敷に幽閉された。門には外から大きな錠を付けられて、常に見張りの兵士が立っている。
 ついに劉操も、いつ処刑を言い渡されるか分からない状態になった――。

 そんな悶々としていた、幽閉中の劉操の元に隣国の君主から密使が訪れた。彼は自国の君主の密書を携えていた。――それを受け取って劉操は読んだ。

 『貴殿の軍師としての才覚を高く評価している。
  是非、我が国に来て、その腕を揮って頂きたい。
  その為なら、我が軍の兵を出して
  貴殿とその家族の命をお助け致しましょう』

 手紙を読んで大いに悩んだ。このまま、ここで幽閉されていても、あの李郭の気まぐれで、いつ処刑されてしまうか分からない。あの酔いどれ君主のことだから、惷蘭や子どもたちの命だって危ない。この国も李郭が君主ならば……いずれ隣国に攻め込まれて、領土を失うことは時間の問題だ。
 たとえ『国を裏切る』ことになっても、隣国の君主に付いた方が利口かも知れない。そう判断した劉操は家族と、数人の腹心の部下を連れて、護衛の兵士たちに守られて、隣国の君主の元へ下った。

 隣国の君主、呂晃(ろこう)は、才気溢れる若い男だった。
 幽閉中の軍師劉操を助け、是非、我が配下に付けたいと思っていた。『良禽は木を択ぶ』という言葉がある。良禽(かしこい鳥)は木を択んで、賢臣は主を択んで仕えるという意味であるが、正しく、劉操にとって、君主呂晃との関係はそうであった。
 初めて劉操が、呂晃に謁見した時、彼は君主の身分でありながら劉操の手を強く握り。
「そなたこそ、稀代の軍略家!」
 その才を褒め讃えた。
 さっそく、ふたりは李郭の国を攻める作戦を練ることに――。勝手知ったる国のことゆえ、劉操の戦略でいとも簡単に李郭の国は攻め込まれた。
 戦いの途中から、敵軍の主だった武将たちが、そちらに劉操殿がおられるのならと……こぞって投降して味方に加わったため、あっけないほど落城は早かった。
 敗戦の色が濃くなって、こそこそ逃げ出そうとしていた李郭は、味方の将軍に見つかり「おのれ、逃げるか、この卑怯者め!」と首を刎ねられてしまった。
 そして降参の手土産として『李郭の首』は呂晃の元へ届けられた。

 その後、君主呂晃と劉操は巧みな戦略と鍛錬された兵士たちで、次々と隣国に攻め入り領土を拡大させて行った。やがて劉操も呂晃から小さな領土を貰い一国の君主となった。
 馬屋の小僧から、兵士、軍師、大臣、ついに君主にまで、その地位を上った劉操である。
 近隣の君主たちからは『稀代の軍略家』と怖れられていた。そして領民からは、農地を測り、その容赦ない年貢の取り立てに『恐王』とも密かに囁かれていた。
 一国の君主となった劉操は、狭い領土では飽き足らず国費を富、兵士を鍛え、巧みな戦略で近隣の小国を次々と侵略していった。むしろ、その動きに危機感を募らせたのは、かつての君主呂晃であった、彼は劉操の動向を牽制し始めた。

 ――突然、呂晃から婚礼の話がもち掛けられた。
 自分の娘、斎姫(さいき)五歳と劉操の息子、劉鳳七歳を結婚させたいとの申し入れだった。これは結婚とは名ばかりで、実は嫡子の劉鳳を『人質』によこせと言っているようなものだった。劉操の動きを封じるために、自分の国に嫡子劉鳳を預かって置こうという考えなのだ。
「まだ、七つになったばかりの劉鳳には可哀相でございます」
 妻の惷蘭は泣いて反対したが……だが、呂晃の話を断る訳にもいかない。
「劉鳳を差し出さなければ、いずれ呂晃と戦火を交えることになろう」
「それでは人質と同じではありませぬか?」
「もし戦火を交えれば……今の我が軍の人数では到底太刀打ち出来ぬ」
「いたわしや……劉鳳……」
 惷蘭は袖で顔を覆い泣き崩れた。そして劉鳳は――。
「父上様、母上様。きっと元気にこの国に戻って参ります!」
 笑顔で皆に手を振り、多くの家臣たちに見送られて呂晃の国へと旅立っていった。その健気な後ろ姿に、惷蘭はいつまでも泣いていた。

 そして五年の歳月が流れた。
 呂晃の国で暮らす、劉鳳からは時おり使者が、両親に宛てた手紙や描いた絵や書などが送り届けられていた。それを見る度に惷蘭は涙を流して喜んだ。
 一方、劉操は呂晃の配下の小国ではあるが、肥沃な土地で作物が良く育つ、南の小国が一つ欲しかった。当然、そこを狙えば、呂晃の逆鱗に触れることは重々分かっているのだが……その土地が欲しくて、欲しくて堪らなかった。
「あの肥沃な土地で採れた作物を、我が軍の兵士たちに食べさせ、肥らせれば、もっともっと我が軍は強くなる!」
 いつか、あの小国を奪ってやるぞと虎視眈眈と劉操は機会を狙っていた。

 そんな折、呂晃の国が長雨のせいで河が氾濫して大洪水になった。かなりの土地が水に浸かってしまい、大規模な水害のため呂晃の国は水が引くまで動けない状態になった。
 好期到来!と、ばかりに劉操は呂晃の小国に攻め込み、やすやすとその領土を手に入れた。
 ――洪水の最中(さなか)、配下の小国を奪われたことを知った呂晃は激怒した!
 数日後、劉操の元に呂晃の使者が届けてきたものは……劉鳳の血の付いた衣服、遺髪、切り取られた耳だった。それらの遺品を見た瞬間、覚悟はしていたが……劉操は絶句した。妻の惷蘭は泣き叫び、錯乱し、気を失って倒れた。
 その日から、惷蘭は床に着いてしまった。妻の見舞いにきた劉操に、
「あなたが劉鳳を殺したのです! わたしの劉鳳は返して!」
 激しく劉操を責めた。そして惷蘭はふたりの娘を連れて母方の実家へ帰ってしまった。

 たとえ惷蘭が去ったとしても……一国の君主である劉操には、後宮に女たちを侍らせている。
 その中で特にお気に入りの愛妾、麗鈴(れいりん)は、元は踊り子であったが、戦勝の宴に呼ばれて、美しく舞っている姿を劉操が見染めて後宮に入れた。麗鈴は歌や踊りなど芸事も秀でていて、客馴れしているので、もてなし方も上手く、劉操にとって気の置けない、唯一、癒される女であった。
 寵愛されている麗鈴は後宮でも力を持ち始めていた、惷蘭が去った後の事実上、劉操の本妻の地位であった。やがて、麗鈴は懐妊して子を産むが女児であった。なんとしても世継ぎの男児を産んで、劉操の正妻になりたいと麗鈴は強く願っていた。
 翌年、二人目を懐妊出産するが、またしても女児であった。劉操も麗鈴も深く落胆した。

「あの女が呪いをかけているから、男児が生まれない!」
 挙句、麗鈴が道士に調べて貰った結果が、惷蘭が劉操に後継ぎが生まれないように呪詛しているというのだ。
 あろうことか、劉操は麗鈴の讒言を信じて、実家で娘たちとひっそりと暮らしていた惷蘭を無理やり城に牽き立てて、厳しく尋問を行い、そして自害させたのである。
 それでも惷蘭への嫉妬が収まらない麗鈴は……死して、なおも美しい惷蘭の遺体に対して整えた髪を掻き乱し、衣服を引き裂き、その口には糠を詰め込み棺桶にも入れずに葬らせたのだ。――げに怖ろしきは女の嫉妬である。
 その様を見ていた、惷蘭が産んだふたりの娘たちも母の後を追って自害してしまった。大恩ある将軍、李硅の娘に対する余りにも冷酷非道な劉操の行いに、家臣たちも眉を顰めたが……誰も彼を諌めることは出来なかった。
 この事件の翌年にも麗鈴は子を産んだが、またしても女児で、しかも生まれながらに身体に奇形を持つ児だった。――家臣の中には「惷蘭様の呪いだ」と噂をした。











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