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時給1,050円の神様

  
時空モノガタリのコンテスト・テーマ【 奇跡 】で考えていた話ですが、
神様の説明など入れると、どうしても2000文字に収まり切れないので、
諦めて【 自由投稿スペース 】に投稿した作品です。

2000文字で入り切らないとなると、文字数の制約がなくなって
自由にノビノビと書いていけました。

神様のニニギと主人公の俺のやり取りも長く書けて楽しかったです。
作者が一番楽しんだ作品でした(笑)


     時空モノガタリ 2014年3月7日 文字数 4,409文字
     カクヨム投稿(ふしぎ脳) 2017年1月4日 文字数 4,509字








 神様と名乗る男と俺が知り合ったのはバイト先のコンビニだった。時給1,050円の深夜バイトの求人でやってきたのが神様だった。
「俺、神様。今日からここで働く。よろしく!」
「ああ、俺、中村よろ〜」
 自分のことを神様なんていう頭のオカシイ奴にバイトが続く筈がない。俺は自己紹介をするにも面倒臭いと思っていた。
 深夜のコンビニバイトなんかにくる奴にロクなのはいない。コミ障のオタクか、失業中の中高年か、孤独なオバサンか、俺みたいに定職につく気がないフリーターとか……。このバイトも今年で五年目、店長の次に古いのがこの俺になった。   
 いつも新入りに仕事を教える係りなのだが、やっと仕事を覚えて使えるようになったら辞められるので、アホらしくて相手にしてられない。
 人に教えるよりも自分でやった方が早い。質問しない限り教えないし、俺の仕事を見て覚えろと言いたい。

 とりあえず、新人にはバックヤードで品出しでもやってて貰おうか。
「そこの段ボールのペットボトルを冷蔵庫に全部出しといてくれ」
 山積みの段ボールを指差した。
「ふむ。承知した」
 その返答に俺は初めて奴の顔をマジマジと見た。
 背も高くスラリとした育ちの良さそうなイケメンだった。こんなショボイバイトしなくても……もっとマシな仕事探せよと思ったが、頭がイカレてるなら仕方ないか。
 ん? その時、奴が付けている名札を見て驚いた。
 名前が『邇邇芸命』写真は鳥居だった。
 たしか、邇邇芸命(ににぎのみこと)というは天照大神(あまてらすおおみかみ)の孫で下界に降臨した神様のことじゃなかったか? マジかよ。誇大妄想の真性の基地外だ。
 変な奴には関わり合いたくないので後は新入りに任せて、その場を離れた。
 おにぎりに値引きシールを貼っていると背後に気配を感じた。振り向くと奴が真後ろに立っていたから、俺はビックリした。
「終わった」
「えっ? まだ十分しか経ってないぞ」
 バックヤードにいって、奴の仕事振りを見たら完璧だった。
 空になった段ボールもきれいに畳んで片付けてある。しかし、あれだけの段ボールを十分足らずで出したなんて……信じられん。

 深夜も二時を過ぎたら客もあまり来なくなる。
 その時間帯に休憩を取ったり、廃棄商品のおにぎりやサンドイッチで腹ごしらえをする。俺が店の漫画雑誌を読んでいたら、話しかけて欲しそうに奴がこっちを見ている。
 しょうがないなぁー、ちょっとだけなら相手してやるか。
「なんで深夜のコンビニのバイトなんかやってんのさ?」
 ベタな質問だが、話の糸口くらいにはなるだろう。
「グランマに下界を見てこいと言われた。そこで底辺の仕事についた」
 底辺て、深夜のコンビニバイトのことか? ほっとけ!
「グランマ? お祖母ちゃんっ子かよ」
「そだ! グランドマザーなお祖母ちゃんは天照大神で天孫の俺」 
「新入り、おまえの日本語オカシイぞ」
「俺の名前は新入りではない。天邇岐志国邇岐志天津日高日子番能邇邇芸命(あめにぎしくににぎしあまつひこひこほのににぎのみこと)という」
「そのクッソ長い名前はなんなんだ?」
「神様だからなあ」
 誇らしげな顔でいいやがる。なんかムカつく!
「おまえが本物の神様なら奇跡の一つでもやってみろよ」
「神様は奇跡を起こさない。奇跡を起こすのは人間の方だ!」
 ヘン! 屁理屈捏ねてやがる。アホらしくなって再び俺は漫画を読み始める。

 それから数日間、俺は神様と名乗る不思議な男とシフトを組まされた。
 割と接客向きなのか、奴は客の受けが良かった。深夜に来店する疲れた不機嫌な客たちも奴の接客だとニコニコしている。
 ――案外、神様って人気商売なのかと俺は思った。
 いつも深夜に現れる酔っ払いのお水のねえちゃんがいる。三十代半ばだと思われるが、ケバイ化粧と派手な服装で香水の匂いがプンプン強烈なのだ。しかも酒癖が悪くてコンビニの店員相手に酔って絡むのでみんなに嫌われていた。
 その女が奴をひと目見るなり気に入って、「ねぇねぇ、特別に安くするから遊びに来てよぉ〜」と名刺を渡して、しつこく誘っていた。
 機嫌よく名刺を受取っていたので、
「おまえ、あんなおばさんが趣味かよ?」
 皮肉で言ってやったら、
「俺はブスとババアは嫌いだ!」
 清々するほどキッパリと言い放った。
 たしか、古事記で邇邇芸命という神様は、山の神様の大山積神(おおやまつみ)の娘で超美人の妹、木花之開耶(このはなのさくや)を嫁に欲しいと申し込んだが、姉の石長姫(いわながひめ)まで、ハッピーセットでどうぞーと父の大山積神に押し付けられて、岩のようにゴツゴツとした醜い姉の顔を見た途端、「ブスはキャーレ!!」憤慨して追い返したため、人類の祖先は石長姫の永遠の命という恩恵を与れずに、短命になってしまったという伝説があった……ような。ちょっと説明的な文章でスマン!
「あのねえちゃんはしつこいから気をつけなよ」
「そっか。それは難儀だなあー」
 手に持ったお水のねえちゃんの名刺を掌でクルクル回して、フゥーと息を奴が吐きかけたら霧のように消えてしまった。

 コンビニに慌てて人が飛び込んできた。
「大変だー! ドブ川に派手な格好のねえちゃんが落っこちてジタバタ暴れてるぞ!」
 それをきいて、ニヒヒッと奴が笑ったのを俺は見逃さなかった。
 あのタイミングで、お水のねえちゃんがドブ川に落っこちたって……偶然にしてもでき過ぎだろ? 神様と名乗るこの男を観察してやろうと俺は密かに思っていた――。




「おい、あれは何だ?」
 店に設置しているATMのことを自称神様に質問された。
「あれか、あれは銀行の代わりに現金を出し入れする機械だ」
「あそこにはお金が詰まっているのか?」
「そうだ」
「下界には便利なものがあるのだなあー」
 奴は興味深くATMを眺めていたが、やおら呪文のようなものを唱え始めた。すると、ATMから現金がどんどん溢れ出してきた。
「うわっ。止めろ! 何をしたんだ?」
「ATMの神を召喚したが、戻しておこう」
 再び、現金がATMの中に吸込まれていった。
「おまえはマジシャンか?」
「俺は神様だ。今のはATMの付喪神(つくもがみ)を召喚したせいだ」
「ATMにも神が宿ってるのか?」
「そだ。八百万の神々はいろんなものに宿っているのだ」
「ふ〜ん。そんなにいっぱい神様がいるのに、世の中から犯罪がなくならないのはなぜだ? 俺みたいな貧乏人は神様にも見捨てられてるのかよ! 神様なんか信じるもんかっ!」
 ムシャクシャして俺は毒づいた。 
「――おまえは、いつも願かけしているだろう。三丁目の天満宮に」
「えっ!?」
 いきなり、それをいわれて俺は言葉に詰まった。
 天満宮は天神様(菅原道真公)をお祀りする神社で学問の神様なのだ。
「……何で? おまえが知ってるんだ」
「神様だからなあ」
 奴はしたり顔で俺を見ていた。

 俺は漫画家になりたくて高校生の時から、ずっと出版社に投稿や公募を続けてきたのだ。
 大学を卒業してからも、漫画家になる夢が捨てられなくて定職にもつかずに、時給1,050円深夜のコンビニでバイトしながら、漫画を描き続けていたが……もう限界だった。
 同級生たちが会社に勤めて、恋人を見つけて結婚していく中で、いつまでも夢を追い求めてフリーターをしている自分が惨めに思えてきたのだ。
 こんな息子のことを両親も心配しているようだし、早く安心させてやりたいという気持ちもある。今年もダメだったら、いい加減に諦めて就職しようと考えていた。
 郵便局から原稿を送ったその足で、いつも近くにある天満宮にお参りしていたのだ。今度こそ入選しますように、神頼みで天神様に縋っていたことを……見抜かれて俺は狼狽していた。
「たった五円の賽銭で売れっこ漫画家になりたいとか、ずうずうしいのだ」
「……やっぱ、賽銭の額が少ないとダメなのか?」
「そんなことはない。本人の熱意と信仰心だ。それよりもおまえの努力だなあー」
「俺なりに努力はしてきたつもりだ。けど、才能があるかどうかは自分では分からないし、社会が評価することなんだ!」
「努力する者にこそ奇跡は起きる」
 奴のその言葉にハッとした。
 最近、自信喪失していた俺には胸を打つ言葉だった。それは嘘でも信じていたい言葉だから……。
 
 ――その時だった。
 突然、乱暴にドアが開いて数人の目出し帽を被った奴らが入ってきた。手に段ボールを持って、陳列棚から片っ端に商品を放り込んでいく。こいつらはコンビニ荒らしの万引き団だった。近くにある他店のコンビニもやられたと情報は聴いていた。
 俺は成す術もなく右往左往していた。ヘタに止めようとして殴られた大損だし……。
「あいつらは何だ?」
「泥棒だけど、危険だから手出しすんなっ!」
 俺はカウンターの下にある通報ボタンを押した。
「見逃すわけにゆかぬ」
 奴は眼を瞑って呪文のようなものを唱え始めた。
 すると、万引き団の動きが止まった。まるで静止画像のようだ。ややすると、ビデオテープを巻き戻したみたいに段ボールの商品を全て棚に戻して、後ろ向きに万引き団が出て行った。
 俺は茫然とそれを見ていた。
「……な、何をやったんだ?」
「神様だからなあ」
 ニヤリと奴が笑った。
「お、おまえって、本物の神様だったのか?」
「最初から神様だと俺はいってたろ」
「……いろいろ無礼なこといったし、神罰が俺に当たるんか?」
「いいや。おまえの意見は神無月に出雲であるKAMI会議で発表させて貰うから」
 何処からともなく雅楽の調べが聴こえてくる。

 奴が制服のポケットから携帯を取り出した。あの古式床しい音色は着メロだったのか――。
 どうやらメールが送信されたようで、チラッと見てから、
「グランマから、そろそろ帰ってこいとメールが届いたから、俺帰るわ」
「えらい急だなあー。俺、おまえのこと神様っていうより友達みたいな感じがした」
「そか。おまえと話ができて楽しかったぞ。人間界の勉強にもなったし」
「……俺、夢諦めないで頑張る!」
 深夜のコンビニ店員をしながら、もう少し漫画の公募頑張ってみようかという気持ちになってきた。新たな俺の決意を奴が優しい眼差しで見ている。
 そこにはスピリチュアルなオーラが漂っていた。
「うん」と俺の言葉に頷いてくれた。「じゃあー」と声がして、俺が瞬きをしたら、神様はそこに居なかった。
 ――なんだか、不思議な脱力感でしばし放心状態になっていた。

 と、俺の携帯にメールが届いた。


 『努力する者にこそ奇跡は起きる。俺も応援してるぞ! ニニギ』


 それは、邇邇芸命からだった。
 神様ありがとう! 携帯の液晶画面が涙で霞んで見えた――。


*

            
 これが神様と名乗る男と知り合った時の話だが、漫画のように奇跡とはそう簡単には起こらないものだ。
 ただ、努力は少し認められて、一年後、漫画家の登竜門といわれる公募で見事に入賞を果たした。初めての週刊誌の連載漫画では予想以上の反響があり多くのファンの心を掴んだようだった。
 そして、俺は……ああ、もうこんな時間か。
 今から俺が原作のアニメが始まるんで、この辺で失礼します。
 邇邇芸命とは今もメール交換しています。だから、俺の漫画には神様の意見もちゃんと反映されているんだ。

 アニメーション『ミラクル★ニニギ 天孫降臨』全国のTVで絶賛放送中でーす!



― おわり ―





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