ホクロくん
ホラーというか、不思議なコメディです。
実はこの話は、私が電車に乗ってる時に真向かいの座席に、
とても立派なホクロの青年が座っていたので、彼をチラチラと観察している内に、
こんなストーリーが頭に浮かびました。
見ず知らずのホクロくん、ゴメンなさいO┓ペコリ
(表紙は無料フリー素材からお借りしています)
初稿 趣味人倶楽部・創作広場 2010頃 文字数 4,502字
カクヨム投稿(ふしぎ脳) 2017年1月9日 文字数 4,841字
山下憲吾(やました けんご)の顔には、特徴として、小鼻の横に大きなホクロがある。
生まれた時は針の先くらいの黒いシミが、成長するに従って序々に大きくなって、今では小豆粒ほどの大きさのホクロになった。
――しかも、そのホクロは黒々と艶も良く、顔の中で一番自己主張している。
そのホクロのせいで、小学生の頃から『ホクロくん』とニックネームをつけられ、クラスメイトによくからかわれた。
大人になってからも、彼のことを人が説明するのに、「ほら、あのホクロの人ね」と言われることが多い。憲吾にとって、それは不本意なのだが、文句もいえず。憲吾=ホクロの図式が出来あがっているみたいで《俺はホクロか?》って、内心ふてくされているだけだった。
それでも憲吾はホクロを切除したいとか考えたこともない、ホクロは自分の特徴だから仕方ないと思っていた。
ある時、大学生の憲吾にサークル仲間でコンパの相談をやっているから、学生食堂に来いと、友達の悠司(ゆうじ)からメールが入った。
昼どきで、食堂の中は学生たちでごったがえしている。憲吾はキョロキョロしながら仲間たちを探し、やっとのことで悠司の顔を見つけた。
みんなの中心になって喋っているのは、憲吾の憧れの秋月彩香(あきづき あやか)だ。彼女とは同じ学部で、ゼミの時、いつも美人の彼女に見惚れている。
こっそり近づいて驚かせてやろうと、憲吾はノートで顔を隠しながら仲間の方へ歩いていくと、みんなの会話が聴こえてきた。
「ねぇ、コンパの参加メンバーって、だれだっけ?」
憧れの彩香の声がした。
「俺と田中と遠藤と……岡村か?」
友達の悠司が答えている。
「女子は私と由美とゆかり……三人ね」
「女子少ないなぁー」
「あれ? たしか、あと一人いたでしょう?」
「――そう言えば、あの人……えっと……あのう……」
彩香が憲吾の名前を思い出そうと必死に考えている。
《俺だよ。俺、山下憲吾》心の中で呟いた。
「ホクロくん!」
やっと思い出したように大声で叫ぶと、キャハッハッと笑った。みんなもつられて大爆笑。
憲吾はムッとしながらも、みんなのテーブルに近づいていき、
「やあ!」
わざと大声で挨拶した。
すると、憲吾の顔を見るなりププッと彩香が噴いた。《失礼なっ!》その態度に憲吾は少なからず傷ついた。他の奴らも、さっき彼のことを笑ったのでバツが悪そうだ。
俺は、このホクロのせいでみんなにバカにされてる? そう思うと憲吾は悔しくて仕方なかった。
大学の帰り、憲吾はコンビニで漫画の立ち読みをしていた。
好きな連載漫画があって、これを読んだら帰ろうとページをパラパラめくっている時のこと。
「ちょっと、そこのホクロの人! 立ち読みは困るんだよ」
いきなり店員に文句を言われた。
俺以外にも立ち読みしている客がいるのに、なんで俺だけ注意されるんだ? しかもホクロの人って何だよ! このホクロのせいで俺は人より目立つんだ。
ムクレながら本を棚に戻し、そそくさとコンビニから出て行った。その時、憲吾は心の中で思った《俺って、このホクロのせいで絶対損してるよなぁー》ワケもなく腹が立った。
ムシャクシャ気分で歩いていたら、知らない路地に入り込んだ。
あれぇー、こんな所に路地があったんだ? いつもの通学路なのに……知らない場所に迷い込んでしまった。ひと気のない陰気な路地だったが、奥の方で灯りがチカチカしている。
なんだろうと近づいていってみると、それは黄色の豆球が点滅している看板だった。
【不可思議皮膚科・ホクロ専門】
なんだぁこりゃー? これって、どう見てもHなDVDとか売っているお店の看板だよなぁー。古い平屋でペンキが剥げてみすぼらしい。――これが皮膚科? ホクロ専門って?なんか怪しいぞぉー!
面白いからカメラで撮ってやろう、と携帯を構えていたら、突然、中から白衣を着た貧相な中年男が出てきた。
「あっ! スイマセン」
憲吾は慌てて携帯をしまった。
「ほう、立派なホクロですなぁー」
白衣の男に見つめられて、憲吾は曖昧に笑った。
「そのホクロは君より立派なくらいだね」
「はぁ? 失礼な……」
もうホクロの話題はうんざりの憲吾なのだ。
「うむ。大きさも、黒々とした艶もいい! これで二、三本剛毛がはえていたら最高! 言うこと無しだねぇー」
白衣の男は憲吾のホクロをしげしげ眺め、さも嬉しそうにそんなことをいう。
なんだよ、このオヤジ……人の苦労も知らないで面白がりやがって! 剛毛って? ふざけんなっ! マジ切れしそうになった憲吾である。
「俺、このホクロ嫌いなんです!」
「……なんですと?」
「ホクロのせいで、みんなにバカにされてるし……」
さっきのことを思い出して、ムカムカしてきた。
「みっともないホクロなんか切除してください。――ここ皮膚科でしょう?」
「本気で切除したいのかね?」
「ハイ! 今すぐ取りたいです!」
つい憲吾は勢いづいていってしまった――。
白衣の男は「では、診察しましょう」と、憲吾に中へ入るように促した。
薄暗く陰気な待合室、黒いソファーにはうっすらと埃がかぶっているし、受付には看護師もいないらしく、男が診察券を書いて渡してくれた。
古めかしい診察室の中には医療器具らしき機械はなく、机と患者用の丸椅子、そして寝台が一つだけだった。
そして壁にはガラスケースがずらりと飾ってあったので、昆虫標本かと思って近づいて見たら……それはホクロの標本だった。
昆虫みたいに一個一個針で刺して、切除日、患者の特徴など、こと細かく説明書が付いている。――実にグロテスクな標本だった。
うわっ、気持ち悪い。なんて悪趣味な病院なんだ!
診察室に入った途端、憲吾は急に不安になってきた。
「えっと……保険証持ってきてないから、また今度にします」
「保険証は次の機会でよろしい。さあ手術を始めましょう」
「――あのう、時間かかるんですか? 傷痕とか残りません?」
「大丈夫! わたしの技術なら短時間で傷痕も残らずきれいに取ってあげます」
白衣の男は自信に満ち溢れ、嬉々としていた。
今になって憲吾は痛烈に後悔していた。――しかし自分からホクロを取りたいといった手前、もう後戻りはできなかった。寝台の上に寝かされ、ヘンな薬品を嗅がされて憲吾は意識を失った。
「終わりました」
その声で意識が戻り、寝台から起き上がった憲吾に手鏡が渡された。
「これが俺か?」
生まれて初めてホクロのない自分の顔を見た。なんだか自分じゃないような……不思議な気分だった。
しかも手術の傷痕が全くない! すごい技術だ。
「切除したホクロ貰ってもいいですか?」
ピンセットで摘まんだ憲吾のホクロを見せながら、ニヤニヤして白衣の男が聞いた。
《俺のホクロも標本として飾るのかなぁー?》
チラッとそんな考えが脳裏をよぎった。どうせ、持っていても仕方ないものだし……。
「好きにしてください」
そういって寝台から降りると、憲吾は帰る用意をする。
白衣の男に手術代を訊いたら、信じられないくらい安い金額だった。初診料も入っている筈なのに……ワンコインでいいというので、五百円玉を渡して、【不可思議皮膚科】を後にした。
自宅に帰り着いて、門を開けて中に入ろうとしたら、感応型の門扉のライトが点かない。
「あれれ? ライト切れているのかな?」
鍵を開けて「ただいま」と玄関に入ると母が出てきた。俺の顔を見るなり驚いたように、
「どちら様ですか?」
不思議そうな顔で訊く。
「はぁ?」
「あなた、だれですか?」
「母さん、俺、憲吾だよ」
「知らないわ!」
「ちょっと待ってよ! 勝手にホクロ取ったこと怒ってんの?」
憲吾が家に上がろうとすると、
「ちょっと、人の家に勝手に上がり込まないで、警察呼びますよ!」
そういって憲吾の前に立ちはだかった。
「だから……ホクロ取ったことは謝るって」
「だれかー!」
母は大声で叫びながら、玄関に飾ってある花瓶やプランターを次々と憲吾に向かって放り投げてくる。
結局、自宅から逃げ出す羽目になった。
「ふぅー、びっくりした……」
あんなに大騒ぎしなくたって……。母さん、俺がホクロ取ったのがそんなにショックだったのかな? 今夜は家に入れて貰えそうもないし、悠司の所にでも泊めて貰うか。そう決めて、ポケットから携帯を取り出し悠司にかけた。
ツゥルルルーツゥルルルーと長い呼び出し音の後、やっと悠司がでた。
「もしもし……」
「ああー悠司? 俺、憲吾」
「もーし、もーし、誰?」
「山下憲吾だって!」
「……チェッ、いたずら電話かよ」
そこでプツンと携帯が切れた。
なんで、俺の声が分からない? もう一度かけなおしたが、今度は携帯が繋がらなくなっていた。
いったいどうなってるんだ? 参ったなぁー、今夜どうしよう。途方に暮れてしまった。
この近くのハンバーガーショップで、彩香がアルバイトをしていることを憲吾は思い出した。なんだか無性に彩香の顔が見たくなって、その店へ向かった。
「いらっしゃいませ!」
ハンバーガーショップの制服を着た、秋月彩香が笑顔で出迎えてくれた。
《うわっ、やっぱし可愛いなぁー》
彩香の顔を見た途端、憲吾は嬉しくなってきた。当然、彩香のカウンターの列に並んだ。
「ご注文お決まりですか?」
前の客が注文を済ませれば、次は憲吾の番だ。
《ホクロを取った俺のこと……彩香ちゃんどう思うかな?》
彩香の反応が心配で憲吾はドキドキしていた。
「後ろでお待ちのお客様ご注文どうぞ」
「えっと、チーズバーガーと……」
メニューを見ながら、憲吾が答えていると、
「コーヒーふたつ!」
いきなり憲吾の後ろの男が答えた。
《えっ? ちょっと待ってよ。俺の方が先に並んでいるだろう》
「ご注文はコーヒー二つですね」
彩香は後ろの男の注文を受けていた。
「次のお客様どうぞ」
「俺、チーズバーガー!」
大声で憲吾は注文したが、また別の後ろの客が注文を入れた。
「チキンバーガーとコーラ」
「ハイ! チキンバーガーとコーラ入ります」
彩香は全く憲吾の存在に気づかないみたいに、次々と他の客の注文を受けていた。
まるで自分を無視するかのような彩香の冷たい態度に、さすがの憲吾も泣きそうになって……ハンバーガーショップから出ていった。
《彩香ちゃん、俺がホクロ取ったから分からなかったのかなぁー?》
憲吾はすっかりしょげてしまった。
あてどなく道を歩いていると、色んな人が憲吾にぶつかって来るが、みんな素知らぬ顔で行ってしまう。
《どいつもこいつも、俺の存在を無視しやがって!》
その時、歩道を猛スピードで走ってきた自転車に、あやうく轢かれそうになった。憲吾は慌てて避けたが、勢い余って理髪店のドアにぶつかって転んだ。立ち上がって、ふと、店の中を覗いて驚いた。
理髪店の鏡に自分の姿が映っていない!
なぜなんだ? ひょっとして俺の姿がみんなに見えてないのかもしれない。もしかしたらホクロを取ったせいで、俺自身の存在が薄くなってる?
憲吾はドアを蹴破る勢いで【不可思議皮膚科】の診察室へ飛び込んだ。そんな憲吾の姿を見て、白衣の男は別段驚く風もなくニヤリと笑って、
「ほう、まだ“ 自我 ”が残っていましたか」
「俺の存在が、みんなには見えていないんだよう!」
「そうなることは分かってました」
「えっ? どういうことなのか説明しろよ!」
「ホクロはパラサイトのように君の存在を食べて生きています」
「パラサイトって?」
「ホクロという寄生物なのです」
「……で、俺はいったいどうなるんだ?」
「あのホクロは君の存在そのものでした。それを切除してしまったのだから、君の存在はやがて消えていきます。しかし、ホクロは再び存在を誇示するために再生し始めました。ほらっ!」
そういうと白衣の男は、寝台のシーツを捲って見せた。
そこには、以前のままホクロのある憲吾――としか思えない、そっくりな男が眠っていた。
そいつを指差して、白衣の男が言った。
「君が消えれば、彼がかわりに目覚めますよ」
「ホクロのない俺は消えてしまう運命なのか?」
「そう。彼が新しい『ホクロくん』です!」
――その声に憲吾の存在は完全に消された。
― おわり ―
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