[携帯モード] [URL送信]

 命の螺旋 

時空モノガタリの【 自由投稿スペース 】に投稿した作品です。

ちょっと真面目に命について考えた作品でした。
その後、『命の光』という続編も書いてみました。


第一話 『命の螺旋』 初稿 時空モノガタリ 2013年2月 
推敲してカクヨム 2016年11月14日 文字数 2,065文字 

第二話 『命の光』 初稿 時空モノガタリ 2016年10月 
推敲してカクヨム 2016年11月14日 文字数 2,062文字


(表紙はウイキペディアのDNAの画像です。http://ja.wikipedia.org/wiki/)








第一話 命の螺旋

 
「ああ、確か……この辺りだったわ」
 妙子は雑草に覆われた空き地に立って、敷石を探しながら玄関のあった場所を探っていた。
 こんな草ぼうぼうの空き地にかつて民家があったことなど誰も知らないだろう。
 そこには青々した柘植の垣根に囲われた、庭付きの二階家が建っていた。そこが紗子の生まれた家で両親や兄弟たちと暮らした場所だった。
 玄関の前の敷石がやっと見つかったので、そこに花を置いて線香を立てる。両手を合わせて祈れば――あの日のことが妙子の脳裏に浮かび上がってくる。

 昭和四十年代、小学校三年生だった紗子には中学一年生の姉と五年生の兄がいた。父は農協に勤めていて、母は専業主婦だった。
 どこにでもあるようなごく平凡な家庭だったと思う。
 全て失くして、当時を振り返る写真もないが、父の実家に両親の結婚写真と兄弟のお宮参りの写真だけが残されていた。
 あの日、紗子は熱があって学校を休んでいた。季節の変わり目にはよく熱を出すような脆弱な子どもだった。いつもは二階の子ども部屋で寝ているのだが、母が看病するために一階の両親の寝室に寝かされていた。
 その日はお父さんの給料日なので夕飯はすき焼きだった。
 隣の部屋から美味しそうな牛肉の焼ける匂いが漂ってくるが、紗子は熱があるので食べさせて貰えなかった。
 けれど、お母さんは林檎をすり潰してジュースを作ってくれたし、お姉ちゃんは図書館で借りた「小公女」を枕元で読んでくれた。いつもは乱暴なお兄ちゃんまでも心配そうに覗いてキャラメルの箱を置いていった。
 お父さんは「また、紗子は熱出したんか? もっとご飯食べんと大きくなれんぞ」と、大きな掌でワシワシと撫でてくれた。――温かい家族の愛がそこにあった。

「妙子、妙子起きて!」
 真夜中に泣き叫ぶようなお母さんの声で妙子は目を覚ました。
 パチパチと弾けるような音がして、襖やカーテンが赤く燃えていた。寝ていた妙子をきかかえるようにして、母は広縁から外へ飛び出した。いったん、垣根の向うまで出ると妙子をそこへ横たえて「お父さんと子供たちがまだ中にいる」そう呟くと、「妙子、ここを動くんじゃないよ。お前は残るんだ!」そう叫んで、再び家の中に母は飛び込んでいった。
「お母さーん! お母さーん!」
 燃えさかる家に向かって妙子は必死で叫び続けた。





 父はお酒を飲んで奥の部屋で熟睡中、二階の子ども部屋の兄弟は逃げ遅れ、家族を助けようと炎の中に戻った母も焼け死んだ。ほぼ、家が全焼してから消防車がやってきたが、保護された女の子は泣いてばかりで喋れない状態だった。
 一夜にして妙子は家族を失い独りぼっちになった。
 出火の原因は漏電だったという。戻らなければ母の命が助かったのに、なぜ? どうして? あの夜のことを思い出すと妙子は悔しくて、悲しくて、やり場のない怒りを覚えた。
 その後、妙子は父の実家の伯父に引き取られた。伯父夫婦には子どもがいなかったので大事に育てられたが、どんなに楽しいことも妙子は心から楽しめない子どもになってしまった。――自分一人生き残ったことに罪悪感があった。

 いつも考えていた、神様はなぜ妙子だけを生き残らせたんだろう? 
 
 答えが出ないまま、妙子は大人になり結婚して子どもを産んだ。初めて我が子をこの手に抱いた時、母が生きていたらなんて言うだろうと思うと涙が溢れた。
 自分は生きていたから再び家族を作ることができた。きっと神様は父や母の遺伝子を後世に残すために妙子を生き延びさせた。最後に母が言った「お前は残るんだ!」それはこういうことだったのだ。――我が子を抱いて、そのことを妙子は実感した。
 DNAの螺旋、遺伝子の情報が詰まっている。ひとつとして同じものはない、血は命で繋がっていく。

 妙子には二人の息子がいる。長男はアメリカで結婚して、年に一度、金髪の嫁と混血児の二人の孫を連れて日本へ帰ってくる。今年三十歳になる次男は自動車メーカーに勤めて、親と同居している。結婚しないのは心配だと思う反面、いつまでも傍に居て欲しいという親のエゴもある。
 いつもなら夫の運転で実家の供養に来るのだがゴルフに出掛けていない。今日は次男の車に乗せて貰った、その白いワゴン車に向かって妙子は歩き出す。

「待たせてゴメン!」
「ああ、もう終わったの」
 車のシートをリクライニングさせて次男は音楽を聴いていたようだ。
「草ぼうぼうで家の跡が分からなかったよ。だけど、ここには母さんの家あった」
 子どもの頃に、この空き地に何度か連れて来られたことがあったので、コクリと次男は頷いた。そして、イヤホンを外しながら、
「母さん、俺さあ、今度結婚しようと思うんだ」
「えっ!」
 いきなりの次男の言葉に驚いた。
「彼女のお腹に俺の子どもがいるんだ。男としてケジメをつけて結婚するよ」
 そういって照れ臭そうに笑った。
 ああ、家族が増えるのは本当に嬉しいことだ。

「おめでとう!」

 実家のあった草叢に向かって、妙子は呟いた《お父さん、お母さん、あなたたちの血を繋ぎましたよ》失ってしまった家族、そのDNAの螺旋は新しい生命(いのち)へ繋がっていく。

 

― 終わり ―





💛💛💛💛💛



第二話 命の光


 たまらなく居心地が悪かった。できれば走ってここから逃げ出したい。
 古くて陰気な産院の待合室、大きなお腹の妊婦が二人と癌険だろうか中年の女性がひとり、そして未婚なのは私だけ――。
 お腹の中には新しい命が宿っている、選択肢はひとつ、生むか、生まないか、今の私には産めない……今日は中絶の相談でここへやってきた。
 最初から分かっていた、彼が本気じゃないことを……上司の娘と付き合っているという噂だったし、仕事ができる彼なら、きっと出世コースに乗れるだろう。それには私の存在は邪魔になる、だから妊娠したなんて……口が裂けても言えない。彼のことが好きだから困らせたりしたくない。
 ごめんなさい。私の中の小さな命、あなたを生んであげられないの。

 小さい頃に両親を交通事故で亡くした私は、母方の祖父母に育てられた。高二の時にお祖父ちゃんが癌で逝った。去年、寝たきりだった、お祖母ちゃんまで死んでしまった。とうとう私は天涯孤独な身の上になった、誰も頼れる人がいないのだ。
 大学卒業して就職した会社の取引先の営業マンが彼だった。会社の受付している私に彼から声をかけてきた、ずっと素敵な人だと思っていたので嬉しかった。
 何度かデートして、その内、私のアパートに泊りにくるようになった。ちょうど妊娠したかも知れないと思っていた時期に、彼は海外出張で日本に一ヶ月いない、その間に処置しようと思った。
 妊娠したなんて告げたら、まるで結婚をせがんでいるようで嫌だった。
 それに私には親も兄弟もいないし、きっと彼の両親は結婚に反対するだろう。以前、付き合っていた人の家族には、私が孤児だからと結婚を断られた。
 受付に名前を呼ばれるまで、消毒薬の臭いのする産院で私は目を瞑っていた――。

「よっこらしょっ」
 誰かが隣に座ったようだ。
「あなた、何週?」
 大きなお腹を抱えた妊婦が、私を見て微笑んでいた。
「えっ?」
「あたしは38週で臨月なのよ。もうお腹が重くて重くて……上向いて寝られないわ」
「たぶん7週くらい……」
「つわりが始まったらご飯が食べられないし、吐いてばかりでツライけど頑張ってね。赤ちゃんのためだもの」
「ええ……」
 勝手に産むと思われているようだ。
「あっ!」
 妊婦が急にお腹を押さえた。
「大丈夫ですか?」
「今ね、赤ちゃんが蹴ったの。元気に蹴った。早く生まれてきたいんだね」
 幸せそうに話す妊婦の言葉に、私は罪悪感で心が萎れていく……。
「だけど、戦争が始まるなんてイヤね」
「戦争?」 
「湾岸戦争よ。アメリカとイラクで戦争始まったでしょう」
 何いってるんだろう。湾岸戦争は1991年、私が生まれた年である。25年前に戦争は終わってるじゃないの。





「今年の5月に育児休業法が成立したの。これで会社辞めずに育児ができるわ」
 育児休業法って、今はどこの企業も導入されてるし……その時になって、私は気が付いた。産院の中の様子が少し違っているのだ。建物の中が真新しくなって、壁紙もソファーも新品だった。妊婦たちのファッションやメイクが今どきの流行ではなかった。
「千代の富士が通算1045勝、凄いわよねぇ〜」
 いったい今は何年? ここはいったいどこなの? 信じられないことに……目を瞑っている間に、過去へタイムスリップしてしまった。
「お腹の赤ちゃんは女の子なんだって、名前は心美(ここみ)って決めてるの。心の美しい女性に育つように願いを込めて……」
 心美、それは私の名前だ! 横に座る妊婦の顔をマジマジと見た。それは私が五歳の時に交通事故で亡くなった、仏壇の上で遺影になってる、私を生んでくれたお母さんの顔だった。
 じゃあ、お腹の中にいるのは……この私なの?
「お腹の赤ちゃんは私の宝物よ。大事に育てたい」
 その言葉が木霊のように耳の中でリフレインする。きつく目を瞑った、そして目を開けたら、また元の世界に戻っていた。
 お母さんは私が中絶しないように、過去の世界からメッセージを届けにきてくれたんだ。その後、逃げるようにして産院から私は飛び出していった。赤ちゃんは生む! 絶対に生むからお母さん安心して、ひとりでだって私が育ててみせるから。
 あなたの血を未来へ受け継いでいくわ――。

 海外出張から帰った彼に、拒絶される覚悟で妊娠したことを告げた。
 まさか信じられないことに、彼は大喜びしてすぐにでも結婚して、二人で子どもを育てようと言ってくれた。彼の両親にも会ったが、孫が生まれることに大喜びして、ふたりの結婚を心から祝福してくれた。
 そして彼のお母さんが「私も子どもの頃に火事で家族を喪い、心細い思いをしながら子どもを育ててきた。赤ちゃんが生まれたら育児を手伝うから、安心して生みなさい」と言ってくれた。
 まるで自分の娘のように、私のことも可愛がってくれる。
 結局のところ、上司の娘と付き合ってるというのは噂で、単なる高校の同級生だったらしい。あんなデマに惑わされて、大事な命を殺さないで良かった。そのことをお母さんがタイムスリップして、私に分からせようとしてくれたんだ。

 ――今、私のお腹の中で『命の光』が輝いている。



― 終わり ―






あきゅろす。
[管理]

無料HPエムペ!