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 隣の音 

この作品はわりと初期の作品です。
まだ、この頃は一段落しや改行のやり方がよく分かりませんでした。
携帯小説風ですが、この方が読みやすいと言う人も多いみたいですね。

実はマンションに住む知り合いの、老婦人から聞いた妄想の話を、
アイデアにして考えました。

2013年9月に時空モノガタリ【 自由投稿スペース 】投稿用に、
一度推敲しました。


(表紙は無料フリー素材からお借りしています)


     初稿 趣味人倶楽部・創作広場 2009年頃 文字数 4,392字
     カクヨム投稿(かんどう脳)2017年2月18日 文字数 4,643字








ドンドンドン……
なんの音だろう? 

はじめ、咲江には分からなかった。
音は明け方になると、隣の部屋から聴こえてくる。
それはだれかが壁を蹴っている音のようだった。
音は毎日続いて、咲江を悩ませた。

長年連れ添った夫が、去年心筋梗塞で帰らぬ人となった。
子どもは男の子が二人いたが、共に世帯を持ち独立していった。
夫を亡くした当座は、ボーとして何も手に付かなかったが……
少しずつ立ち直って、何かを始めようという意欲がやっと出てきた。

手始めに、長年住み慣れた古家を売ることにした。
家は古いが敷地が広かったので、ソコソコの値で売れた。
そのお金で郊外に分譲マンションを購入した。

10階建てのマンションの7階、端っこの角部屋だった。
間取りは2LDK、広いダイニングで日当たりも良好、見晴らしも最高。
咲江には十分な広さで、終の住処はここだと決めた。

ひとり暮らしを始めてから、いろんなことにチャレンジしようと
市民ホールの絵画教室に週に1回通いはじめた。
最初はわくわくしながら通っていたが、教室の中に偉そうに指図する人がいて、
自分の描いた絵に、勝手に色を塗ったりされて……
咲江は怒って辞めてしまった。

40年近く、専業主婦一筋だった咲江は人付き合いが苦手だった。

結局、家に引きこもってしまった咲江のことを
退屈だろうと、近所に住む次男がパソコンを教えにきてくれた。
最初はチンプンカンプンで覚えられないと何度も音を上げたが、
少しずつマウスを操れるようになっていった。
今度もチャレンジ精神で、ブログサイトに登録してみた。

毎日、パソコンを開いてブログを書いたり、写真を載せたり
他の人の記事を読んだりするのが楽しくなってきた。
それが、ある日、ネットの友だちに挨拶を書き込もうとしたら、
なぜか書き込めなくて……調べてみたら……
自分のHNがブラックリストに入れられたことを知った。

なぜ? こんなヒドイことをされたのか。
理由も分からず、ショックで2〜3日落ち込んだが、
どうせ顔の見えない世界だし、ヘンな人もいるのだからと
気を取り直して、やっと咲江は立ち直った。

そんな具合だったので、他府県に住む長男が心配して、
ひとり暮らしは淋しいだろうとペットを飼うことを勧められた。
そして、ヨークシャーテリアの仔犬をプレゼントしてくれた。
「ポポ」と名付けた仔犬は可愛らしく、咲江の孤独を慰めてくれた。
愛犬のポポちゃんと今はふたり暮らし、近所の公園をお散歩したり、
一緒にお買い物に出掛けたりと、平穏な日々を送っていた。

そんな咲江だが、最近、どうも気になることがある。

明け方近くになると、隣の住人が壁を蹴るので、
その音で、いつも目が覚める。
強く蹴るのではなく、規則的にドンドンドンと蹴り続ける。
耳栓をしても、横になっていると、その振動が身体にまで伝わってきて、
そのせいで熟睡できないのだ。

なにをやっているんだろう?
隣の住人は咲江よりの1ヶ月ほど後から、マンションに入居したが……
引っ越しの挨拶もないし、どういう人が住んでるのかよく分からない。

それでも、時々、通路で見かけたことがあったが、
見たところ、30代の夫婦と5歳くらいの男の子が住んでいるようだ。
奥さんは茶髪で派手な化粧をした、昔ヤンキーだったという感じで、
旦那さんは人相が悪く、怖い商売の人みたいに見える。
マンションの通路で、よく子どもを大声で叱りつけていた。
直接、苦情を言いにいくのは怖いし、嫌だったので……
マンションの管理人に相談することにした。

「じゃあ、お隣さんにそれとなく注意して置きましょう」
咲江の苦情を聞いて、管理人が快くそう言ってくれた。
それで、やれひと安心と喜んだ咲江だったが……

やはり、明け方になると……
相変わらず隣の住人の壁を蹴る音が続いた。
本当にお隣さんに注意してくれたのかしら?

もう一度、隣の苦情を管理人に言いにいったら、
「お隣さんは壁なんか蹴ってないと言ってますよ」
「えっ?」
「それより、明け方に大声でお経をあげるのを注意してくれと言われました」
困ったような顔で管理人がそういった。
まあ! 明け方に大声でお経をあげたりしたことないわ!!
とんだ言いがかりだ! あんな隣の言うことを真に受けて……
管理人なんか信用できないわ、怒って咲江は管理人室から出ていった。

翌朝のゴミの回収日、マンションのゴミ置き場に出しにいった。
ゴミ袋を置いて、集合ポストに新聞を取りにいって、
エレベーターで部屋に戻ろうとしたが、
何気なく振り返って、ゴミ置き場を見た瞬間、「あっ」と驚いた!

咲江のゴミ袋が引き裂かれ、中身が散乱しているではないか……
ゴミ袋は引き裂いたように大きく口を開けていた。
これは猫やカラスの仕業ではない。いったい誰がやったの?
そういえば、咲江がゴミを出そうと部屋を出たときに、
お隣さんもゴミ袋を出していた。
まさか……? 
ヘンなことを想像して、咲江は頭の中で打ち消した。

不可解なことばかり続くので、絵画教室で知り合った、
同じマンションに住む主婦に相談することにした。
隣の住人にイヤガラセされているように思えてならないと話したら、
マンションの主婦は咲江の話を真剣に聞いてくれて……

隣の部屋の住人はマンション内でも、とても評判が悪い。
挨拶はしない、ゴミの分別が出来ていない、通路で大声でしゃべる。
とにかく苦情の多い人だから、くれぐれも注意してね。
と同情してくれた。
やっぱり、同じ主婦だから分かってくれる!
嬉しくなって、咲江は少し安心した。





――数日後、最悪の事件が起きた。

夕方の散歩に愛犬のポポを連れていこうと思って、
玄関のドアを開けた途端、隣の家族と鉢合わせした。
エレベーターに、一緒に乗り合わせたくないので、
ポポのリードをドアノブに引っ掛けたまま、
いったん部屋の中に、咲江は引っ込んだ。

しばらくして、ドアを開けて外に出たら
ポポの姿が見当たらない!
「ポポ―――!!」
名前を呼びながら、マンションの通路を端から端まで探しまわった。
「いったい、誰がポポちゃんを連れていったの?」
咲江は気が動転していた。

階下も探しにいこうとエレベーターの前で待っていると、
管理人が上がってきた。
手にバスタオルで包んだものを抱いている。
咲江の顔を見るなり、
「奥さん、この犬はお宅の飼い犬ですか?」
とタオルを突き出してきた。
「えっ?」
「マンションの下に倒れてました。たぶん上から落ちたんだと思います」
そういうと管理人はタオルを開いて、中身を咲江に見せた。
「キャ―――!!」
それは変わり果てた、愛犬ポポの姿だった!
ショックのあまり、ヘナヘナと咲江はその場に座り込んでしまった。

いったい、誰がポポちゃんをあんな目に合わせたの?
悲しくて、悔しくて、眠れない日々が続いた。
相変わらず、隣の住人は毎朝壁を蹴ってくる。
犯人は隣の家族かも知れないという疑念が、
どうしても拭い去れないでいた。

だって、お散歩に行こうとして部屋に引っ込んだときも
隣の家族が通路にいたんだもの。あの家族の仕業かもしれないわ。
絶対に警察に突き出してやるから……ポポちゃんの復讐よ!
だが、しかし、犯人だという証拠が何もない……。

それとなく、咲江は隣の住人を見張るようになった。

そんなある日、隣の部屋からヒステリックに怒鳴る女の声と
大声で泣く子どもの声が聴こえてきた。
ドアがバタンと開いて、ドサッと何かを放り投げる音がして、
再び、ガチャンと乱暴にドアが閉まる音がした。
外から泣き叫ぶ子どもの声がする。
どうやら、子どもを部屋から閉め出したようだ。

咲江はドアチェーンをしたまま、
細めに開けて外の様子を窺った。
子供がうずくまって泣きじゃくっている。
まあ、こんな小さな子を可哀想に……。

「ぼうや、大丈夫?」
思わず声をかけてしまった。
顔を上げた子供のほっぺたが、真っ赤に腫れあがっている。
母親に殴られたのだろう?
ひどいことを……きっと虐待だわ!

「おばちゃんがジュースあげるからね」
咲江は泣いている子供の手に、缶ジュースを握らせた。
泣くのを止めて、子供は美味そうにジュースを飲んでいる。
その時、咲江にある考えが浮かんだ、
そうだ! この子にポポちゃんのことを訊いてみようと――。

「ねぇ、ぼうや、おばちゃん家で犬飼ってるのは知ってる?」
「うん」
「こないだ、マンションから落ちて死んじゃったの……」
「…………」
「ばうや、だれが落としたか知らない?」
「うん、知ってるよ」
こともなげに子供は答えた。
「えぇーっ! ホント? だれが落としたの?」
「うちのママがそこから放り投げた」
マンションのフェンスを指差しながら子どもが言った。

やっぱり! なんてヒドイことを……
咲江は怒りで頬が紅潮するのを感じていた。
「おばちゃん、ここだよ! ここからママが落とした」
子どもはフェンスにぶら下がり、下を指差した。
「ここね、ここからポポちゃんを放り投げたのね!」
子どもと一緒に咲江も下を覗き込んだ、目がくらむような高さだった。
「ここから落ちたのね……」
「うん」
咲江は落ちないように子どもの腰をギュッと掴んだ。

「やめろ―――!!」
いきなり、咲江は背後から羽交い絞めにされた。
それはマンションの管理人だった。
「なにすんの? 離してよっ!」
もがきながら咲江は叫んだ。
「ぼうや、大丈夫か?」
管理人は咲江を放し、フェンスにぶら下がった子どもを抱き下ろした。
「奥さん、今、この子を落とそうとしただろう?」
「なに言っているの? 隣の子どもと下を覗いていただけですよ」
子どもは足元にしゃがみ込んでいた。

「ねぇ、ぼうや」
咲江が頭を撫でようとすると、子どもはビクンと身を硬くした。
「その子どもは隣の子どもじゃないよ! 違う階の入居者のお子さんです」
「嘘っ! そんなバカな、たしかに隣の子どもさんですよ」
管理人は咲江の顔をマジマジと見て、ぽつりと言った。

「隣に人なんか住んでいないんだ……」

「ええー?」
咲江は笑い出しそうになった。
「なにを言っているの? 隣から壁を蹴る音が聴こえてくるのよ」
「奥さん、隣の部屋はあなたが引越しする前から空室で、だれも住んではいない」
「……そんな」
咲江は絶句した。
「隣の部屋はずーっと空き部屋なんだ」
「だけど……音が……それに隣の奥さんが子どもを……」
頭の中が混乱して、訳が分からなくなってきた。
「隣が空き部屋なんて嘘よ! 絶対に人が住んでいるわ!!」
咲江は大声で叫んだ。
「隣の音で苦情を言いにきた時から、奥さんの様子がおかしかったから……
わたしはそれとなく、あなたを見張っていました」
「…………」
「他の入居者からも奥さんへの苦情があったんです! 
早朝に大声を出す、ゴミの袋を破くなど……いろいろあります」
「管理人さん、ポポちゃんを隣の奥さんが落としたんです!」

「犬はあなたが放り投げたんだ! 上の階の人が見てました」
「そんな! ま、まさか……」
咲江は頭がクラクラして立っていられない。
「架空の住人を作って、みんなの気を引くために事件を起こした」
「…………」
「ミュンヒハウゼン症候群って知ってますか?」
「はぁ?」
「すべて、あなたの自作自演で妄想なんです!」
管理人は咲江の腕を掴み、こう言った。
「警察に連絡します」
その冷静な声に反応するように、咲江は気を失った。


ドンドンドン……
なんの音だろう?

また、隣から聴こえてきたわ。


                        
― おわり ―



   ※ ミュンヒハウゼン症候群(英語: Münchausen syndrome )は、
     虚偽性障害に分類される精神疾患の一種。
     症例として周囲の関心や同情を引くため に病気を装ったり、
     自らの体を傷付けたりするといった行動が見られる。





           


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