「あいしてる」
「俺のがあいしてる」
「ねえ、あたしのことどれくらいすき」
「なんだよ、それ」
「たとえていうならどんなかんじ」
繰り返し繰り返し正気かと疑われるような台詞が自分の口から音になる。恋愛は人を馬鹿にさせるのだ。
この人を失ったらいきていけない。でも私は今日もいきている。元気に。毎日ご飯をたべて。
「花ちゃん、小池さん来たよ」
「まじ、やった」
「今月調子いいねえ」
私は後ろを振り向く。グラフが貼ってあるから。棒グラフ。月間売り上げ、時間内売り上げ。このグラフはいつみても素晴らしい。位置がわかるから。自分の。女としての。
「いらっしゃいませ、きてくれたんだね小池さん」
水商売が悪いこととはおもえないけれど、いいともおもえない。誇りはもっていない。でも、昼間に会社にいっている人たちよりも劣っているとも上だともおもわない。
つまり、私は私に嘘つきで、私は私を信用していなく、今、あいしてる男がいなくなったとしてもきっと次にまた、すきな人ができるし、それはすごく悲しいことだった。
「シャワー浴びるね」
「花ちゃん、いいの」
「なにが」
「いや、こんな、なんていうか」
小池さんはたぶん50歳。46とかいってるけどぜったい50歳。ベッドにちょこん、と座っている。だらしねえ身体、と顔をしかめていいたくなる。悦朗とはちがう。いうけれど、水商売の女は客と滅多に寝ない。そんな必要はない。漫画とかでよく、枕営業だのなんだのいうシーンがあるけれど、あんなものは滅多にない。逆に客が減る。できる女は客と寝ないし、色恋でつなぐ必要もないのだ。でも、私は客と寝る。まんべんなく。確かめるため。自分の位置を。まるで中学生だ。
「ただい、まあ」
悦朗は上半身裸でゲームをしていた。私が帰ってきてもふりむかない悦朗がすきだった。
「おかえり」
温度の低い声もすきだった。
明日も私はちゃんと悦朗をすきでいられるかな、とおもって鼻の奥がつん、とした。
「花ちゃん、江藤さんから場内」
「だれそれ」
グロスを塗っているときに、黒服がロッカールームへ入ってきた。私の客に江藤はいない。
「襟さんの客だよ。ほら、あの、小池さんの会社の人」
「なんで私が場内なの」
「知らない。一回襟さんはずすから、ついて」
首を傾げる。ぽきり、音がなった。
「いらっしゃいませ」
江藤とかいう男の顔をみる。笑顔で。やっぱり知らない。男は厳しい顔をしていた。いやなら場内なんかいれるんじゃねえよ、と、おもう。
「花ちゃん」
「はい」
「まあ、飲んで。なんでもいいよ」
「ありがとうございます。いただきます。」
私は頭の中で考える。小池さんときたのかな、初回で。団体できたときにいたのかな。わからない。でもケチではないらしい。私はこの人とも寝るのだろうか。
「君、小池と寝た」
「は」
予想外。
「寝たか」
「寝たっていうのはつまり、セックスのことですか」
江藤は鼻に皺をよせた。
「どうして寝たの」
「必要ですか、理由」
こいつ、説教しにきやがった。
「小池は結婚しているんだ」
「指輪してますもんね」
「どうして寝た」
「なんなんですか」
「小池、奥さんと別れるかもしれない」
「なんで」
「君と寝たことが奥さんにばれたから」
「…」
馬鹿らしい。馬鹿な奥さん、馬鹿な江藤に馬鹿な小池。
「なに、私、奥さんに訴えられるの」
そんな話、同業の嬢できいたことがない
「いや、ただ、小池が今、行方不明なんだ」
「は」
「明日には警察も動く」
「けいさつ」
「知らないかな、行方」
知るわけなかった。
「ただい、まあ」
今日も私は悦朗の後ろ姿にしがみつく。振り向かない悦朗、温度の低い声、顔のない悦朗。
夢をみた。小池さんが首をつって足がぶらぶら、している夢。小池さんは、真面目だから。小池さんは、小池さんは
起きると、ないていた。 私は水商売を嫌悪していたしあいする男は人生で一人しかいなかった。でももういない。自分の位置なんて知りたくないし小池さんにいきててほしかった。小池さんの奥さんに謝りたいし江藤さんという友達がうらやましかった。
ぜんぶぜんぶうそだ。私の人生も存在も悦朗も。
「つうか悦朗てだれだよちょううける」
今日も私は店にいく。この仕事が自分に向いているとはおもえないし、悦朗も小池さんもいないけど。なんのためかはわからない。ただ自分の位置を知りたかった。病的に。
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