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和室の襖をひらくと、部屋いっぱいにお線香の香りがした。真ん中で、顔に布がかけられた祖母。つるつるとした、お布団に入って。


「やっぱりつらくって」


後ろで母の嗚咽。私はゆっくり正座をする。この和室。生前祖母がつかっていた和室。数えるほどしか入ったことがない。20年も一緒に住んでいたのに。祖母の生活を私は知らない。


「顔、みてあげて」


祖母はいやがるのではないか、とおもった。化粧をしていない顔をみられるのがいやだと、病室でいっていた言葉をおもい出す。最後まで、女だった祖母。死に顔なんて、みられるのは心外だと、言い出しそうだ。でも、私は布をとりはずす。ゆっくり。


「やせたよねえ」
「・・・・うん、そうだね。やせた」


布をとりはずした手が震えだす。祖母の顔がみられない。どんどんにじんでいく。わからなかった。私は祖母をすきではない。きっとすきではないとおもう。でも、なぜか泣けた。がりがりに痩せた腕、こけた頬、眉毛のない顔。こんなの、本意ではないとおもう。冗談じゃないとおもう。祖母は強いのだ。


「おばあちゃ」


声にならなくて、でも、なんで泣いているのかわからなかった。後ろに母の気配、嗚咽、のこされたもの。私、この人にまだ、なにもしてない。

私は祖母の最期をみた。私ひとりで。たまたまお見舞いにいったのに。たまたまなのに。ひどい仕打ちだとおもった。呼吸が乱れ、身体中が痙攣し、目が薄くひらいて、それはそれは苦しそうで、壮絶だった。私はナースコールを押すことしかできず、がたがた震えていた。涙さえでない。


「うそだうそだうそだうそでしょちょっと、うそだよ、ねえ、しぬの!?うそだようそだうそだちょっと、おばあちゃん!おばあちゃん!おばあちゃん!」


医者が扉を開き、ゆっくりと脈をとったり、看護師が機械を動かしたり、していたと思う。私は医者を蹴りたかった。おせえよ馬鹿野郎!おばあちゃんしにそうなのにてめえらはなにをぐずぐずしているんだ!と、いいたかった。でも、いえなかった。祖母は、しんだ。当たり前みたく。


「ご家族に、連絡しますね」


看護師が部屋を出て、普通私が連絡するのだろうけれど、私はしゃがみこんで、がたがた震えていたからたぶんそういったんだろうとおもう。


「まだ、声がきこえますから。なにかいってあげてください」


よろよろと、立ち上がり祖母に近づく。これはひどい仕打ちだ。罰にちがいない。私はおばあちゃんの手をにぎる。命がなくなった、手。


「ねえ、おばあちゃん、私のことすきだった?」


口にだしてから、私は祖母に愛されたかったのだな、と、おもった


「晴れたね」
「ほんとだねえ」


祖母は煙になった。もくもく。立ち上る煙。


「よかったねえ。」
「ほんとだねえ。」


父も、母も、私も、目が真っ赤だった。でも、笑っていた。不思議と。ひとは、ほんとにしぬんだ。強くとも、いくらしにたくなくとも。なんでも、なにがあっても、しぬ。母も、父も、私もしぬ。知っていたはずだった。小さな子どもだってわかる。でも、知らなかった。語弊があるかもしれないけれど、知らなかった。のだ。この前知った。おばあちゃんにおしえてもらった。私はいきる。明日も、きっと明後日も、たぶん、あと何十年か、いきる。

しがない会社のしがない契約社員。貯金は3桁に満たなく、特技はえびぞり。(背筋があるのだ。意外と。)休みの日は部屋で映画をみたり、掃除をしたり、する。買い物にいくときも、ある。恋人はいなくて、友達はいる。家族構成は、平凡な父、母、私。


平凡だけど、でも、私は知っている。
しぬことをしっている。



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