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しがない会社のしがない契約社員。貯金は3桁に満たなく、特技はえびぞり。(背筋があるのだ。意外と。)休みの日は部屋で映画をみたり、掃除をしたり、する。買い物にいくときも、ある。恋人はいなくて、友達はいる。家族構成は、平凡な父、母、妹。

これがあたしのすべてだった。
かたることはなにもない。


「忌引き、ねえ。誰」
「え」
「誰が亡くなったの」
「あの、祖母です」
「そう」
「すいません、忙しいのに」
「はい、はんこ、押したから、」
「ありがとうございます」


上司は面倒そうに欠勤届けを私に返した。誰がしのうと、関係のないことだ。この人には。この世の9割は他人事。私はなぜ謝ったのだろう。この時期、会社が忙しいことだって、いわば他人事なのに。


「小清水さん」


席に戻ろうとすると、マグカップを持った男に声をかけられ、私は目を細める。眼鏡は席においてきた。


「榊くん」
「あの、聞きました。その、ご愁傷さま、です。」
「ああ、ありがとう」


ありがとうというのは変だな、とおもった。


「休むんですか」
「うん、3日ほど。」
「ゆっくり、休んでください」
「うん、うん」


なきそうになった。

家に帰って、コーヒーの木に水をやる。これは日課だ。ぼけてもやるとおもう。身体がおぼえているから。私は頭とか、気持ちだとかよりも、身体を信用している。頭や、気持ちだとかは時々自分を裏切るのだ。最近知った。グラスに入った水をゆらし、口にはこぶ。コーヒーの木と一緒の水をのむ。植物は健やかだ。
お風呂に入り、ご飯をたべた。冷凍したご飯を解凍し、昨晩つくったお味噌汁を温め、もくもくと、たべる。いつからだったか、コンビニ弁当がたべられなくなり、弁当屋なら、とおもって買ってはみたものの半分以上残すという無残な結果におわった。趣向をかえて、ファーストフードを購入したものの、やはり無残な結果に。ピザも、天丼もだめで、ここまできて、自分は歳をとったのかなあ、とおもった。ちがうかもしれないけれど、なんだか切ない気持ちになり、その日から自炊をはじめたのだ。切ない気持ちになるのは純粋にいやだった。それと、孤独。

携帯電話がなり、ディスプレイをみると、母の名前が表示されていた。無論、出る。


「もしもし」
「香都子」
「はいはい」
「休めたの、会社」
「うん。休めたよ」
「そう」
「うん」
「・・・明日だね」
「うん。明日だね」
「あんたはあまりおばあちゃんと仲がよくなかったけど」
「そうだね」
「でも、うん。見送ってあげてね」
「そりゃあ、そうだよ」


祖母は学歴主義だった。一流がすきで、子どもが嫌いだった。本当のところはわからないけれど、少なくとも私にはそうみえた。子どものころ、遊んでもらった記憶はないし、ましてや抱きしめられたこともない。私が大学に進まないと知った日、祖母はこの世の終わりのような顔をした。それから軽蔑した目をし、そのたび、いちいち、私は傷ついた。ちいさなころから。家をでたのは、離れたかったから。祖母から。悲しいことだし、それこそ軽蔑されるかもしれないけれど。

朝。カーテンをあけると雪がふっていた。雪。たしか祖母は雪がきらいだ。

クローゼットを開き、喪服を取り出す。喪服は祖母が亡くなる1ヶ月前に買った。祖母の担当医に「もう長くありません」といわれた日に。まだ、いきているのに。まだ、呼吸をしている祖母のために喪服をかった。財布がにじんだ覚えがある。残酷だから。自分が。


「ただいま」
「おかえり」


久しぶりに嗅ぐ実家のにおい。母の顔。母の目は赤かった。


「おばあちゃん、和室にいるから」
「うん」
「まだ、時間あるし、誰もきてないから、」
「うん。会うよ」


靴を脱ぎ、そろえる。母の後ろについて居間を通ると、父が、いた。ソファに座って。


「ただいま」
「香都子か」
「うん」
「おかえり」


父はやんわり笑って、その姿はとても小さくて、私はみないように目を伏せる。悲しいものはみたくない。悲しい思いをしたくない。
遺された人々。





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