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高瀬あきのあきは、昼という意味…

穏やかな昼下がりのように、誰かを優しく温かな気持ちにさせるように…と。

「ん〜っ…いい天気ー…」

誰かを…なんて。

「出来ないよ…」



『僕はそれでも歩いていく。【木漏れ日】』




子どもたちの無邪気な笑い声…木のように聳え立つ噴水のオブジェの安らぐ音

大きな木の下にあるベンチに座り、その様子を眺めていた。

――こんな穏やかな日は、心がざわめく。

「…あれ…?…あっ、高瀬さん!」

ふいに後ろから声が聞こえた。

振り返るとそこには以前夏祭りで模擬店を開いていた…

「えっと、たこ焼き屋さんの…」

そう言うと、彼は、

「えっ!マジで覚えててくれたんスか!?ってうわああっ!」

驚きのあまり、手に持っていた飲み物を落としてしまっていた。

「だ、大丈夫!?」

「へ、平気っす!あはは」

シャツを濡らしながらも、ヘラっと笑って答える彼に、思わず吹き出してしまった。

「ふふっ…」

「えっ、何かおかしいですか俺!?」

「いえっ、ごめんなさいつい…ッ」

笑いを堪えつつ言うと、彼も照れくさそうにへへっと笑った。

ただの顔見知りが、

(面白い子…)

そんなボジションに変わった。

「あっ、良かったらこれ使って」

慌てて鞄からハンカチを取り出し、彼に差し出した。

「ええっ!いいっすよこんな綺麗なハンカチ!今日は暑いっすから、水道で洗って自然乾燥しとけば…」

「でも…」

心配で戸惑っている私に、彼はまたヘラっと笑い、

「大丈夫っすよ!見ててくださいね、」

すると彼は噴水の前ではしゃいでいる子どもたちの中に入って行き、頭から噴水の水を浴びた。

「えっ、ちょっと!」

「ひゃあーっ、冷てーッ!」

慌てて噴水の方まで駆け寄ると、彼が一瞬ニヤリと笑ったのが見えた。

次の瞬間

「きゃあああああっ!?」

全身に水を浴び、ヒヤっとする感覚に悲鳴をあげる。

「これで涼しくなるっしょ?」

掴まれた手首を見て、彼に引っ張り込まれたのだと知る。

周りで遊んでいた子どもたちも私の悲鳴にびっくりしたのか、真ん丸い目でこちらを見ている。

あまりのことに呆然としていると、彼が心配したようにこちらを覗き込んだ。

「あの、大丈夫っすか…?」

「え、ええ…びっくりして…」

「あ…すみません、調子に乗りすぎました」

申し訳なさそうに肩をすくめる彼に私は慌てて否定する。

「いえっ、あの、そんなに謝るほどじゃないわ…大丈夫よ」

頬にぴったりとついた髪をかき上げ、安心させるようににっこりと微笑むと、一瞬彼の顔が固まった。

「それ…良い表情っすね…!」

「へぇっ?」

あまりにも直球な言葉に間抜けな声がこぼれた。

「ちょっと待っててください!そのままで!」

彼はパッと手を放し、ベンチの方へと走っていった。

何事かと思いつつも、そのままでと言われたのでぼんやりと立っていると

――カシャ

よく聞く音が鼓膜を揺らした。

「綺麗っす…もう一枚、いいですか…?」

心底嬉しそうな彼の表情。

手に持っているのは、小さなカメラ

「あ!俺、写真部なんです!それでその…撮るのが好きで!」

「そ、そうなの…私もね、モデルをしてるの。ちょっとだけね。だから、びっくりしちゃって…」

(そうか…被写体として…か。)

せり上がってくるような気持ちがふっと冷めたのを感じた。

「あの…どうしました…?」

「…っいえ、なんでもないの!どうする?もう一枚撮る?」

「マジっすか!撮ります撮ります!撮らせてください!」

シャッター音が聞こえる中、だんだんと視界がぼやける。

目に水が…擦ろうと手をかざすと

「お姉さん…泣いてるの…?」

ふいに下から男の子が訊いてきた。

「え…」

「あの、お兄ちゃんのせい…?」

すると今度は別の女の子が心配そうに駆け寄ってきた。

――泣いてる…?私が…?

「ちょ!ごめん君ら!ちょっと撮ってるからどけてくれないかなー!」

遠くから彼の声がすると、子どもたちが彼のほうを向いた。

「何してるのよ!お姉さん泣いてるじゃない!」

「そーよ!そーよ!やめなさいよ!」

「はぁ!?」

いきなり怒りをぶつけられ、彼は拍子抜けしたように声をもらす。

「よし!あいつをやっつけろ!」

途端に一人の男の子が叫び、噴水前で遊んでいた児童が一斉に彼の方へ走り出した。

手には木の棒や、砂場で使うプラスチックのスコップを持っている。

ただならぬ雰囲気を感じ取ったのか、彼は一歩、二歩と後ずさりをし、そして明らかに攻撃対象が自分であることを確信すると、顔を引きつらせ、一目散に逃げた。

当然、青年と児童が走ったら青年の彼の方が足は速い。

しかしながら、公園で遊んでいた他の子どもたちが鬼ごっこか何かと勘違いをして参戦し出すと、四面楚歌状態である。

最終的には一人の子に体当たりされ、転んだ隙に一斉に児童たちが飛び掛った。

「や、やめろ…っ!うわああああ!」

彼のすっかり怯えきった声とは対照的に、子どもたちの「えいっ!」とか「やあ!」などの可愛らしい声が聞こえ、緊迫しているのか可愛らしいのか…

なんだかおかしくて、すっかり引いてしまった涙の代わりに、小さな笑みがこぼれた。

「いででででで!ひっぱんなよ!」

「うるせー!女を泣かしちゃいけないんだぞ!」

どこでそんな言葉を覚えたのか…一丁前に口の悪い男の子が彼の髪を引っ張る。

「悪い奴はこの雄太様が成敗してやるー!」

これまた違う男の子がスコップで頭をコンコン叩いていたり、気の強い女の子たちは腕に噛み付いたりしている。

ベンチで談笑していた母親たちは血相を変えて走り、子どもたちを彼から引き剥がそうと必死だ。

「やめなさい唯ちゃん!お兄ちゃんが痛がってるでしょ!」

「このお兄ちゃん、悪い奴なんだもん!こらしめなきゃ!」

ちょっとした騒ぎであった。

やっと子どもたちの勢いも納まり、宥めるのに必死だった母親たちはもうヘトヘトだ。

一方彼は、芝生の上で屍のように突っ伏している。

「うちの子がご迷惑をおかけしました」という母親たちの声に、片手を挙げ「大丈夫ですよ」と意思表示した。

母親たちの謝罪の波が過ぎると、私は遠慮がちに彼の元へ近づき、「大丈夫?」と訊く。

突っ伏していた彼はごろんを仰向けになり、大きく息を吐いた。

顔には引っかかれたのか小さな引っかき傷が出来ていた。

「な、なんなんだあのガキ共…」

はぁ、と大きな溜息をつき、息を整える彼の隣にしゃがんだ。

「なんだかごめんなさいね…」

彼は腕で両目を覆い、ははっと苦笑する。

「いえ…俺、嫌がってるの分からなくて、あなたを泣かせちゃいました…はぁ…かっこわりぃ…」

「えっ、泣いてたわけじゃないのよ!あれは子どもたちが勘違いして…」

「いえ…泣いてましたよね…俺、気付いてたんです。でも、泣いてるあなたも綺麗で、無心でシャッター切ってました」

「っ…」

なんでこう返答に困るようなことを言うのだろう…じわじわと頬が熱くなっていく。

「もうあの一瞬は戻らない…そう思ったら、あなたに駆け寄る余裕なんてなくて…男としてダメっすね…」

そう言った彼の自傷気味な声に、複雑な気持ちになってしまう。

なんて言葉を返せばいいのだろう…必死に言葉を選ぼうとするが、その前に彼が制止した。
 
「泣いてた理由…今は無理して言わなくてもいいっスよ…。でも、いつか俺に話しても良いって思えるときが来たら、話してくれますか…?」

真っ直ぐに見つめられ、次には安心させるように笑みを浮かべる彼。

――あき、

そう呼んだ、"彼"の笑顔と重なる。

「えぇ…ごめんね…ありがとう…っ」

噴水の水で…とは誤魔化せない涙が、青い芝生にひと粒、落ちた。


fin.


+++++++++++++++++++++
補足:高瀬には昔、彼氏がいました。
そこで色々あり、愛すること、恋することに臆病になっているのです。
時間があれば、そこについても書きたいと思っております。
鳥夜とくっつくのでしょうか?という質問がありましたが、作者自身も考え中です。







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