宇:01)──暖かい笑顔、その横顔は、いつもひっそりと影が落ちている。
『僕はそれでも歩いていく。【飛行機】』
直:02)「ツっちゃん、そこのスパナとってくれる?」
SE【直、創りながらも指差し】
宇:03)「あーはいはい…っと、どうぞ」
直:04)「ありがとう」
宇:05)「あと何日ぐらいで完成しそう?」
直:06)「んー、長くて3日と5時間くらいかな…」
宇:07)「そっか…あんまり根つめんなよ」
直:08)「うん」
宇:09)──物を作ってる時の姉貴は、すごく真剣な顔になる。
喋ることもなく、ただ黙々と作業を続けている。
まるで、姉貴だけがどこか遠くにいるようだった…
【SE:ドアをたたく音】
宇:10)「ん?」
SE【宇蒼、ドアを一瞥】
湊:11)「こんにちはー!」
SE【湊太、元気に手をあげ】
宇:12)──元気な一声に、"またあいつらか"と苦笑する。
宇:13)「姉貴、ちょっと出てくるな」
直:14)「うん、お願い」
楓:15)「直先生いますか?」
宇:16)「悪いけど、今は作業中だ。邪魔しない程度なら、いてもいいぞ」
湊:17)「だってさ!行こうぜ楓!」
SE【湊太、楓の腕を引っ張り】
楓:18)「静かにしろ湊太、先生の邪魔になるだろ!?」
湊:19)「そうだった!シーっ…だな」
SE【湊太、焦りながら】
楓:20)「お邪魔します」
SE【楓、一礼】
宇:21)「あぁ、どうぞ」
──こいつらは、たまたま姉貴が開いている「モノづくり教室」で仲良くなった
んだぞうだ。
休日、暇があれば家に押しかけ、姉貴の発明を物珍しそうに眺めていく。
直:22)「あら、誰かと思ったら、湊太くんに楓くん」
SE【直、微笑し】
宇:23)「姉貴っ!作業は良いのか?」
直:24)「うん、ちょっと休憩。それにお客さんも来てるしね」
湊:25)「直先生!今日も来ちゃいました!」
SE【湊太、ふざけて敬礼】
直:26)「湊太くん、いらっしゃい」
楓:27)「すみません、お邪魔してしまって…」
直:28)「いいのよ〜、好きに見てって。あ、お茶にでもしましょうか」
宇:29)「俺も手伝うよ」
直:30)「ありがとう、ツっちゃん。じゃあそこの棚からティーバッグ出してくれ
る?」
宇:31)「おお」
湊:32)「うわー、見ろよ楓!これすげーかっこいい!」
SE【湊太、目を輝かせ】
楓:33)「ほんとだ、何に使うんだろう…」
SE【楓、興味深そうに】
直:34)「それはね、スプリンクラーの補助装置よ。頼まれて今、開発中なの。は
い、クッキーどうぞ」
楓:35)「へー!すごいですね!頼まれるなんて、さすが先生です!」
SE【楓、直に向き直りきらきら】
湊:36)「そうだなー…(もぐもぐ)…にしても、このクッキーうめぇー!」
楓:37)「お前なぁ…」
直:38)「ふふ、良かったわぁ…それ私の手作りなの。庭の野菜を練り込んである
のよ」
湊:39)「げっ!や、野菜…」
SE【湊太、クッキーを睨み】
楓:40)「湊太は野菜嫌いだもんな〜?」
SE【楓、ニヤニヤ】
湊:41)「でもっ、これなら食える!全然野菜の味しねーもん!」
直:42)「あら、じゃあ野菜嫌い克服ね」
SE【直、にっこり】
宇:43)「ほれ、茶だぞチビッ子」
楓:44)「ありがとうございます」
湊:45)「あちっ、…ふーっ、ふーっ」
直:46)「ふふ…ゆっくり飲みなさい」
宇:47)──姉貴は、こいつらが来ると嬉しそうに笑う。
唯一、こっちに戻ってくるように思えた。
直:48)「そうそう、あとで何か一緒に作りましょうか」
湊:49)「ほんとかっ!?作る作る!」
SE【湊太、きらきら】
楓:50)「いいんですか…?お仕事中なんじゃあ…」
直:51)「いいのよー、ちょうど見本が出来たのがあったし、良かったら一緒に作
りましょ?」
楓:52)「わぁ…はいっ!」
***
宇:53)──空になったカップと皿。
俺が後片付けをしていると、外から笑い声が聞こえた。
そちらに視線を向け、眩しさに思わず目を細める。
湊:54)「それーっ!」
直:55)「すごいすごい!湊太くん、上手ね!」
楓:56)「僕も負けないぞー!そーっれ!」
直:57)「楓くんも上手ー!」
宇:58)──窓から見える、2つの飛行機。
プラスティックのプロペラがくるくると回りながら空を飛ぶ姿は、自由を求めて
いるように見えた。
(姉貴みたいだ…)
そう思った。
直:59)「あら…ツっちゃん、お皿洗ってくれたの?ありがとう」
SE【直、にっこり】
宇:60)「いや、どうせ洗わなくちゃいけなかったし、大丈夫だよ」
直:61)「そう…あ、ツっちゃん、これ裕桧ちゃんにも渡しておいてくれない?私
が作った分なんだけど…」
宇:62)「あぁ、いいよ。ちょっと出掛けてくるから、そのついでに渡しておくよ
」
直:63)「ありがとう…」
宇:64)「…姉貴、あのさ…」
直:65)「ん、何?」
宇:66)「姉貴、そんなに子どもが好きなら…その…やっぱちゃんとした家庭とか
…持ったほうが良いんじゃないかな〜って…」
SE【宇蒼、少し云いにくそうに】
直:67)「……」
宇:68)「いや、あの…分かってるんだけどさ…なんていうかその…」
SE【宇蒼、どもりながら】
直:69)「…。もーっ!ツっちゃんってば!自分も彼女いないくせにそんなこと人
に言えるの?」
宇:70)「おっ、俺このとは置いておいて、今は姉貴の話…」
直:71)「ダメよ、私には春くんがいるもの…」
SE【直、しんみりと微笑し】
宇:72)「ッ…」
直:73)「ここに、ずっといる…それだけで幸せよ…」
宇:74)──胸に手をあてて、微笑む姉貴。
まだ忘れていなかった…いや、忘れるはずないのかもしれない…
直:75)「春くんの約束、守らなくちゃいけないもの」
宇:76)「そ…っか…」
直:77)「ほらツっちゃん、早くしないと夕方になるわよ!それ、ちゃんと渡して
きてよね!」
SE【直、今までの雰囲気を無くすように明るく】
宇:78)「分かってるよ、じゃあ…いってきます」
直:79)「いってらっしゃい」
宇:80)「おぅ。あ、そうだ…おーい!チビっこ!あんまり遅くならない内に帰れ
よー!」
湊&楓:81)「はーい!」
宇:82)──無邪気な笑顔に苦笑しながら家を出る。
小さな飛行機を抱えて。
そっとプロペラに指を当てて、くるくると回す。
ゴムがねじれて、指を離すとプロペラを回しながら戻っていく。
姉貴はこの飛行機に、どんな思いを乗せたんだろう…
あの人に、"帰ってきて欲しい"と願ったのだろうか…
ないものを求めて、この先ずっと、偽りの笑顔でいるのだろうか…
自分には何もできないもどかしさと、腹立たしさが混じって、どうしようもなく
なる。
またプロペラをくるくると回す。
"姉貴が…帰ってきますように"と、願いを込めて。
願うことしか出来ない…それでも、願わずにはいられなかった。
直:83)──春くん
宇:84)そう言った、姉貴の顔が眩しくて、
直:85)──ここにいるから…
宇:86)そう言った、姉貴の顔が悲しくて
くすんでしまった瞳を、俺は…見つめ返すことが出来なかったんだ…
「もういいだろ…姉貴」
指を離して、飛行機は空へと飛んでいった。
儚い想いを乗せて、いずれ終わりが来るのを知りながら、
くるくると、くるくると…
SE【(82、84、86)宇蒼、ぽつりぽつりと寂しそうに語り】
fin.