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時計の針は、もうすぐ19時を指そうとしている。

部屋のソファーに背を預け、僕は盛大にため息を吐いた。
どうしよう、泣きたい。
なんでこんなに緊張してるんだろう。
なんて言うんだっけ、マリッジブルー?いや、でも、あれって結婚後も当てはま
るんだっけ?
そもそも僕、男だし。
そんなどうでもいい事を考えながら、また深いため息を吐いた。

部屋の中には絶え間なく、蛇口から流れる水音と、ガチャガチャと少し乱暴に食
器がぶつかり合う音が響いている。
ちらりとそちらに視線をやれば、決して広くない部屋の、やはり広くないキッチ
ンに、狭そうに立つ静雄さんの後ろ姿が目に入った。
いつものバーテン服でなく、ラフな私服姿。だけど格好良い。
格好良い、僕の旦那様。

夕飯はおまえが作ったんだから、片付けくらいはやらせろ。
と、先ほどから、食器洗いに向かっている。
池袋の自動喧嘩人形が洗い物だなんて、みんな知ったらびっくりするだろう。
でも洗い物はあまり得意じゃないらしくて、たまにお皿を割ってしまうけれど。
腕力で。

静雄さんは外で働いてくれているんだから、そんなことしなくて良いのに。
そう思いながら、目を伏せた。
なによりも今日の夕飯は、いろいろと失敗していて、あんまり美味しくなかった
んだから。

朝、静雄さんに夕飯のリクエストを訊いたら、ハンバーグがいいと言われた。
子供っぽいだろ、と気恥ずかしそうに言われたけれど、そんな事ないと思う。む
しろ可愛い。
だから喜んでもらおうと思って、頑張って作った。
けどもともと料理が得意じゃない僕に、急にスキルが上がる訳もなく。
出来上がったのは、少し焦げてしまったハンバーグ(多分)
不揃いなキャベツの千切りのサラダ、心持ち硬いご飯。

美味しくなかっただろうな。

しかも食事中は、会話も無かった。
僕も静雄さんもあまり話す方では無かったけれど、恋人だった時は、無言の時間
も心地よかった。
夫婦、なんて関係の名前が変わって、緊張してるんだとは思う。
静雄さんと結婚してから、なんだか落ち着かない。恥ずかしい。
こんな格好良い人が旦那様なんだと思うと、顔が熱くなる。
僕でいいのかと思うと、なんだか緊張する。

今日だって料理失敗して、でも静雄さんは優しいから「美味しかった」って片付
けまでしてくれて。
そういう所が好きだ。
優しい静雄さんが好きだ。
結婚して改めてそう思ったら、なんだか付き合い始めた頃のように、顔が上手く
見れなくなった。

バキンッ

落として皿が割れるには、些か勢い良過ぎる音が響いた。
静雄さんの手が止まっている。
また腕力で、皿を割ってしまったんだろう。
僕はそんな失敗なんて気にしないけど(僕も割るし)、静雄さんは気にするらし
い。
少しだけ丸まった背中が、うなだれた犬みたいで可愛い。

ふらっ、と立ち上がった。
僕にどう切り出すか悩んでるんだろう、動かない背中のすぐ傍に立つ。
今すぐ、抱きつきたい。

「………帝人」

静雄さんが振り返った。
僕がすぐ真後ろにいた事に驚いたように一瞬目を見開いたけど、すぐにきゅっと
唇を結んだ。
肩越しに、真っ二つになった皿を見せられる。

「…ワリィ………」

「気にしないで下さい。
その、…僕も………夕飯失敗したんで………」

お互い様なんて、おかしいかもしれないけど。
一番最初に浮かんだ慰めの言葉が、それだった。

静雄さんが、申し訳なさそうに眉を下げる。
切れ長の綺麗な目に見つめられて、恥ずかしくなって、すぐに顔を逸らしてしま
った。

「帝人……」

寂しそうに名前を呼ばれる。
可愛い、みんな分かってくれなかったけれど、静雄さんはすごく可愛い。
可愛くて格好良い、僕の好きな人。

腕を伸ばすと、その背中に抱きついた。
顔を埋めたシャツからは、静雄さんのタバコの匂いがする。
顔が熱い。
静雄さんはどんな顔をしてるんだろう、ドキドキしてしまうから見れないけれど
、困っていたらどうしよう。

「帝人、ちょっと」

皿が置かれる音がした。
……そっか、洗い物の途中だから邪魔だよね。
回した腕を緩める、と同時に、静雄さんが体の向きを変えた。
え、と首を傾げる間もなく、今度は僕が、そのたくましい腕に抱き締められてい
た。

「…………あれじゃ、俺が触れねえだろ」

緊張しているのか、少し低い声が呟き、ぎゅっと苦しいくらい抱き締められる。
さっきより静雄さんの体温が強くて、愛しくて、服の裾をつかむと、額に柔らか
くキスをされた。

テレビでは、毎週楽しみにしてるバラエティー番組が始まってる。
けど、どうだっていい。
今、こうして触れてくれている時間が嬉しくて、幸せで好きで好きで堪らない。
いっそこのまま時間が止まれば良いのに。

「静雄さん、」

静雄さんが顔を上げる。
そこにあったのは、いつもの淡々とした雰囲気でなく、真っ赤に染まり、ひどく
困ったような子供っぽい表情だった。
緊張、いや、恥ずかしいのかな?
可愛い。
大好き。

少しだけ背伸びをして、目の前の熱い頬にキスをした。





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