嫌いな奴がいるかと聞かれたら、 即座に答えられる奴がいる―――。 少し前まで満開だった桜の木は、すでに緑に染まり始め。 青みが増した空に浮かぶ、太陽の陽射しが強くなった連休明け。 唯でさえ憂鬱なそんな日に、階段を登りきった私の視界に、不愉快極まりない行為が入って来る。 あぁ…目を離すとすぐこれだから困る。 教室の前でいかにも馬鹿そうな男子に詰め寄られて、困った顔をする可愛い女子の姿。 私はそんな男子の下へ足早に近付いていくと、そんな私に気付いた彼女が嬉しそうに私を呼んだ。 「リンちゃん!」 その声にそいつが振り向く前に、私のつま先が男子の膝裏を蹴り上げる。 体勢を崩してその場に膝を付いた男子は、眉を寄せて私を睨み付けた。 「いきなり何すんだよ!」 そんな男子を見下ろしながら、私は声を荒げた。 「そっちこそ、うちのレンカに何してんの!」 そう彼女は鏡音レンカ。私の双子の妹。 双子と言えど、二卵性で生まれた私達はまったくと言っていい程似てない。 レンカは少し癖のある長い髪をポニーテールにまとめ、釣り目気味の大きく潤んだ瞳。 虚弱体質で細いくせに、何故か発育の良い胸の膨らみ。 大人しくておっとりしてて、気弱で…。 対する私はと言えば、短い髪を無理やり二つにまとめて、尖った様な釣り目に黒縁眼鏡。 成長を忘れた背と胸の所為で体は幼児体系で、負けん気が強くて打たれ強い。 自分で言うのも何だけど可愛げが無い。 外見も性格も私達は正反対なのだ。 「リンちゃーん!」 今にも泣きだしそうな顔で、レンカは私にしがみ付いて来る。 「もう…だから一人で、出歩くなって言ったでしょ?」 「ごめんなさぁい。」 生まれ持った女の子らしさを持つレンカは、学校一の美少女と言われている。 なので寄って来る男は数知れず…。 困った顔も可愛いなんて理由で、私がいない時を狙ってはこんな風に馬鹿な男子に囲まれている。 特に二年になって私とクラスが別れてしまったから、余計にそういう光景が目に付く。 昔からレンカを守るのは、姉である私の仕事なのだ。 私達のやり取りに、やっと立ち上がった男子は悔しそうに声を上げた。 「ただ話掛けてただけじゃねーか! 可愛い妹がモテてるからって、嫉妬して邪魔してんなよ!」 何とも三枚目役者に相応しい、安い言葉を私は鼻で軽く笑う。 「嫉妬?残念だけど、嫌がられてるのも分からないあんたみたいな馬鹿な男に、好かれたいとも思わないけど?」 皮肉たっぷりに言ってやれば、男子の顔が怒りで真っ赤になった。 「てめぇ!言わせておけば―――」 「そろそろ止めとけば?」 怒りに声を荒げた男子を、諌める様な冷静な声が割って入る。 後ろから聞こえたその声に、私は眉を寄せた。 振り向かなくても誰だかすぐ分かる。 「注目の的だぜ、あんた達。」 こんな嫌味な言い方をする奴を、私は一人しか知らない。 目の前の男子は、その言葉に我に返った様に周りを見る。 確かに、周りの生徒達の視線は私達に集まっていた。 それを把握すると、男子はバツが悪そうに私達に背を向けて去って行く。 私は大きくため息を吐くと、嫌々ながら振り返る。 そこには、私の思っていた通りの奴が立っていた。 ―――鏡音レン。私が大っ嫌いな奴だ。 最悪な事に、私と一文字違いの上に、二年続けて同じクラス。 人を見下す様にちょっと顎を上げて、口元を上げた不敵な笑みが得意顔。 いつもそうやって私を見る冷めた目が、本当に嫌いで見るのも嫌だ。 「相変わらずあんた達、目立ってんね。」 コイツの吐く一つ一つの言葉が、チクチクと小さい棘みたい私に刺さる。 それが余計私を苛立たせて、眉の根をより寄せた。 「困ってる妹を助けて何が悪いの!」 強めの口調でそう言えば、奴は首を軽く傾げて見せる。 「別に。悪いなんて言ってないけど。」 言葉とは裏腹に、少し細めた目が私を攻め立ててる様に思えた。 「今日も騎士(ナイト)様は実に勇ましいですね?」 その言葉に一気に頭に血が上って、大声を上げようと口を開く。 だけどそんな私の制服を、レンカに後ろから引っ張られる。 目を向ければ、レンカが小さく首を横に振ってさっきより困った顔をしている。 その表情を見て、ハッとして、私は言葉を飲み込んだ。 そうだ、ここで声を荒げたらコイツの思うツボだ。 私はもう一度、鏡音レンに視線を向け直す。 「あんたの嫌味な言葉は聞き飽きた!」 そう言うと、レンカの手を引いて私は奴に背を向けて歩き出す。 「あんたの教室ここだろ?」 笑いを含んだその声に、振り向く事も無く私は答える。 「レンカを送って来るの!」 階段の方向へとすでに足を進めた私の耳に、その後の奴の言葉が入ってくる。 「騎士様は大変ですね。」 言い返しそうになる自分の怒りを、歯を食い縛って堪えた。 >>>>本文 26p中 3pでした! [グループ][ナビ] [HPリング] [管理] |