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心ノ音
著:唯愛様



「悟空さ」


皿を洗う手を止めず、チチは控えめに呼んでみた。


返事はない。



(〜〜、なんなんだべ!!!!!)


返事がないことは予想していたものの、やはり返事がない事実にチチは苛立った。

…いや、チチは気付いていないが、それは苛立ちではない。
不安だった。



ことの発端は今朝のこと。

修行修行に明け暮れる旦那様に、若い新妻はたまらず怒り上げた。

夫は働くものだ、とか
もっと夫婦らしくしたい、とか

それはチチに言わせたら…いや、一般的に見てもごく普通のことで、何も間違ってはいない。

だが、相手は野生児・孫悟空である。
暖簾に腕押し、糠に釘。

それはチチにもわかっていたが、若い新妻は、まだ不満を夫にありのままぶつけるしか術を知らなかった。

悟空はいつもそんなチチに焦ったり困ったりしながら、それでも笑って「わりぃ、チチ」と朝は修行に飛び出していくものの、帰ってきたらチチをたてるように謝って、機嫌をとったものだ。

それが、今日は違った。

修行へ飛び出していった悟空と、怒り心頭のチチ。

それはいつもどおり。

だが、帰ってきた悟空は普段通りじゃなかった。

ただいまを言ったきり話さないし、夕食も無言。
いまこうしてチチが話しかけても何も応えない。

こんなことは初めてで、チチは皿を洗いながらイライラとした気持ちを一人心の中でまとめようとする。


(一体、おらが何をしたっていうだ!!!)

ガチャガチャ…

チチが皿を洗う音だけが響く。

(悟空さのバカ、バカバカ!!!おらの何が気にいらねぇだ?!毎日毎日、バカの一つ覚えみたいに修行修行!!!!
結婚したら、旦那様は働いて家に金をいれるもんだ。それでこそ、家で大黒柱として大事に扱われるんだべ!!!!)

ガチャガチャ……

(大体、まだおらだって若い娘っこだ!!!同じ年頃の娘みてぇに綺麗な服だって着てぇし、オシャレして悟空さと出かけてぇ!!それがそんなに悪いことだべか?!おらは何も間違ったこと、言ってねぇだ…!!!!)

ガチャガチャ…

(悟空さはそんなおらの気持ちなんかちっともわかってくれねぇ…!!!!!)

ガチャガチャ…


………


皿を洗う手が止まり、悟空は振り返った。


「………チチ……?」

悟空はソファから立ちあがり、そっとチチの傍に歩み寄る。


「……チチ?」

呼びかけるも動かない。


「……なあ、チチ。」

覗き込んだ顔。大きな黒い瞳には、涙が浮かんでいた。


「……チチ!?」

慌ててチチの肩を掴んで自分に向き直らせる。たまらずチチは声を上げて泣きだした。

「えっ……うっ……うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁん………」

「チチ、どうしたんだ、落ち着けよ!!!」

「悟空さはっ……おらのこと、もう愛想つかしちまっただぁ!!」

「あ、アイソ?!ってなんだ!?」

「おらが……ひっく、おらが、あんまり、うるさく言うから愛想つかせて、おらのこと嫌になって…ひっく、ひっく……嫌いになっちまっただ、だから、おらと口きいてくれねぇだ…!!!!」

大きく目を見開いて、困ったように眉を下げる。
泣きじゃくるチチを、悟空はため息を吐いて自分の胸に抱き締めた。


「チチぃ、嫌いじゃねえぞ。」

「ひっく……ひっく……だども……」

「オラ、チチのことがでぇ好きだ。でも、チチが喜ぶこと何もしてやれねぇから……。オラが何か言うとチチのこと怒らせちまうし…。クリリンに相談しにいったらよ、『おまえはチチさんが怒ってるときはもう喋るな』って言われちまって…だから、オラ…」

悟空の言葉に、チチは顔を上げる。涙でぐしゃぐしゃの顔に、黒髪が張り付いて、悟空はそっとその髪を払った。

「だから、泣くなよ、チチ。」

「………ううっ………」

「仕事とか、しなくてわりぃ。だけど、オラ、チチのこと大好きだぞ。チチと暮らしていけるなら、それでいいって思ってる。」

抱き締められて、そう言われると

働かないことも
自分を放って修行にいってしまうことも

何もかも許せるぐらい、この人を愛おしいと思ってしまう。

長年の片想いは、本当に厄介だ。
チチは、悟空にぎゅっと抱きついて目を閉じた。

「……っ……くっ……ひっく……」

「チチぃ、頼むよ、泣くなよ〜…」

ぽんぽんと背中を優しく叩かれながら、悟空の困った声を聞く。

若い新妻が不満のぶつけ方をそれしか知らないように

悟空もチチを宥める方法をそれしか知らなかった。

そう考えると、なんだかおかしくなって…


「……悟空さ」

チチは落ち着いた声で呼んでみた。

「チチ、泣いてないか?」

「…んだ。ごめん、悟空さ…。おら、わがままだっただ。」

「なんでだよ?チチはわがままなんかじゃねぇさ。」

目を見開いて悟空がそう言うのに、チチはクスッと笑う。

「……ありがと、悟空さ。」

「……?……お、おう。」

チチは、ぎゅっと夫の胸にしがみついた。今度は泣き止ませる目的がないのだから、悟空はどうしていいかわからず、ちょっと戸惑ったように身体を強張らせたが、とりあえずチチの髪をそっと撫でる。夫の心音がさっきよりドキドキと強く脈打っているのに、チチは微笑った。

(…悟空さ、おら、これから怒るの控えるだよ。)

悟空に聞こえないのに、心の中で話しかける。

(だから……だから、なぁ、悟空さ?

ずっと悟空さの嫁でいさせてけれ。
おらのこと、嫌いにならねぇでけれ。

それだけ守ってくれたら、おら何もいらねぇから………)






……次の日。



「こらぁ、悟空さっ!!!!」

「わりぃ、チチっ!!!!!」

「悟空さってばーーーー!!!!!」

次の日からはもちろん今までどおり。だけど…

筋斗雲に乗った夫の姿が見えなくなると、仕方ないなぁとでも言うようにニッコリ微笑む美しい新妻の姿がありましたとさ。



END



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