ここへ来るのは随分と久しぶりだ。吹き抜けのロビーには燦々と太陽光が降りそそぐ。大きな病院は広くて明るくて、けれどやっぱり、どこかに死の気配が漂っていた。
病院は嫌いだ。多分、好きな人の方が少ないのだろうけど。

手がけていた大きな仕事がやっと終わって、日本に帰ってきたのは昨日の夜。その間に彼と連絡は取っていない。私と彼の関係はそんなものだ。けして仲が悪いとか、疎遠な訳じゃあない。ただ、電話で話が盛り上がるような人ではないのだ、彼は。
だから今日の訪問も知らせていない。容態が悪化したという報告もないし、そもそも彼は外出が好きな質ではないから十中八九会えるだろう。



それに。今日は彼を驚かせてやろうと決めたのだ。
一体、どんな顔をするだろう? きっと驚いて、少し怒って、そして呆れながらもちいさく笑ってくれるだろう。そうであればいいな、と思う。


「なるみさん」と呼びかけると、ううん、と唸って彼は目をあけた。
窓際に飾られた黄色い造花は、私が以前に彼に贈ったものだ。生花なら鳴海さんは枯らしてしまいそうですから、なんて嘘を添えて渡したそれ。
彼が花を枯らすなんて思っていない。私が、花が枯れる前に帰ってこれないから。だから造花にした。
そのことをきっと鳴海さんはわかっていた。わかった上で飾ってくれていたことを、純粋に嬉しく思う。

こんな昼間から寝てるんですか。数ヶ月ぶりの再会には似つかわしくない言葉。でも彼が理屈っぽく昼寝を正当化してくるのを聞いて、思う。
きっと私たちにはこれがお似合いなんだ。


けれど今日はそんな世間話をしに来た訳ではない。それはさておき、と本題に入る。
「鳴海さん、聞いてくださいよ。私、結婚を申し込まれちゃいました」
「……はあ?」
呆けた顔も随分久しぶりに見る。本当ですよ、外国人ってどうしてあんなにオープンなんでしょう。そう言うと、彼は少し眉をひそめる。それは嫉妬と取っていいんですか?

「まあ丁重にお断りしましたけど」
「なんでだよ、もうあんたもいい年だろ」
そろそろ身を固めた方がいいんじゃないか、そんなことを冷静ぶって言うものだから笑ってしまう。だから私も冷静ぶって、「そのつもりです」と。

「いや、あんた断ったって」
「アンドレさんからの申し出を断っただけで、他の人と結婚しないなんて言ってませんよ?」
「誰だよアンドレって」
「私に熱い愛の言葉をくれた男性です」

にっこりと微笑めば、彼は寂しそうな顔を浮かべる。ここまでは計画通り。心臓が煩い、けれど表に出してはならない。
大丈夫だ、きっと彼は驚いて、少し怒って、そして呆れながらもちいさく笑ってくれる。

そして、私はいつも通りの笑顔で、なんでもないように告げる。


「だから鳴海さん、私と結婚しましょうか」


かつてないほどに目を見開いた彼の顔を、私は一生忘れないだろう。




聖なるチャペルは響かない

(彼はやっぱり少し怒って、けれど私だって鳴海さんが回復しないことくらいわかっていて、それでも一緒にいたいというのは許さないのでしょうか)
(そう告げると、彼は呆れて、でもやっぱり最後にはちいさく笑ってくれました)





初、ひよのさん視点!
難しいよう…歩くんはなんだかんだでひよのさん溺愛です。

お題はニルバーナ様より
2008/09/10







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