一緒に行きます、ハルはそう呟きました。
半ば押し掛けるかたちになったツナさんの家は妙に広々として見えました。当たり前でした。ものの見事に片付いていたのだから。そして部屋の隅っこには段ボール箱。中にはきっと、必要最低限の洋服なんかが詰め込んであるのでしょう。
部屋はまるで生活感がなくて、私やツナさんや獄寺さんや山本さん、そしてランボちゃんやイーピンちゃんが皆で騒いで、たくさんたくさん笑ったあの部屋とは全く違った。面影なんてなかった。ツナさんの覚悟を思い知って、胸がぎゅうぎゅうと締め付けられました。

しまった、という顔(この人は本当に思考が顔に出やすい)を見る限り、目の前で煙草をふかしていたこの人の部屋も、きっとこのツナさんの部屋とおんなじなのでしょう。並盛でのすべてを捨てる覚悟を、獄寺さんもまた、したのでしょう。それはとても容易に想像できて、私の胸はさらにぎゅうぎゅうと締め付けられる。彼にとって、私はそんなに簡単に捨てることの出来るものだったなんて、信じたくはなかった。

本当は、さよならを言うだけのつもりだった。その代わりに、一緒に行きますだなんて言葉が飛び出したのは、きっと目の前の彼のせいでした(だって、彼は私を見て泣きそうに顔を歪めたのだ)(すべて捨てることを決めたのは、あなただろうに)。
ねぇ、その顔は何ですか?
少しでも、私のことを気にしてくれているのですか?
もしそうなら、とても嬉しい。
(ツナさんよりも、この人に忘れられることの方がよっぽど怖い、だなんておかしな話ではあるけれど)

「ハルも捨てますから、だから、一緒に」

要領を得ない言葉、でも目の前の彼はただでさえ歪んでいた顔を一層歪めたようでした。怒られるな、そう思って反射的にぎゅっと目をつむる。怒られるようなことを言っている自覚もあったから、最悪殴られる覚悟だってしていた。
その覚悟は全くの徒労に終わったのだけれども。

「ごくでら、さん?」

あたたかい温度を感じておそるおそる目を開くと、視界いっぱいに黒が広がっていた。それが彼のシャツだと気付いたのは、煙草の香りがそれに染み付いていたから。ごくでらさん、もう一度呼びかけると、背中に回された腕に力が入った。抱き締める、というよりも すがりつく、という方が正しいような抱擁。

「本っ当に、馬鹿じゃねぇの」

そう言った声は確かに震えていて、でも腕にこもった力は強いままだった。

「そうですよ、馬鹿です、馬鹿でもいいですから」

だから連れて行って下さい。
そう言うと、やっぱり馬鹿だお前、そう苦しそうに呟いて、そのくせに彼は私に抱きついたままでした。
多分、私はいつか今日の選択を後悔する日が来るのでしょう。けれど、彼に私のことを忘れられることの方が、未来の後悔よりも恐ろしい。今の私には、私を包み込む彼の体温、それだけで十分でした。


アクアリウムに閉じ込めて
(傍にいれば、その間だけは忘れないでいてくれるでしょう?)








2008.3.24
サイト再始動記念



お題はニルバーナ様より








あきゅろす。
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