薄暗いダウンタウンの端に立って思い出すのはやはりヴァンのことだった。
普段は気にならない寒さを感じるのは、多分肌を覆う布の面積がいつもより大分狭いからだろう。色っぽいドレスは貧相な自分の身体には合っていない。それは近くに同じようなドレスを着て立つ少女たちにも言えることだ。


ここに立つのは初めてのことだった。こんな夜遅い時間に、こんな服でこの場所に立つ。意味は一つしかなかった。望んだ訳ではないけれど仕方ないことだ。
戦争が終わって、沢山の戦争孤児がうまれた。お金なんて持っていなかった。皆、飢えていた。凌ぐ為には、自分を売るしかなかった。そうすれば少なくとも明日のパンに困ることは無いのだから。とてもとても単純な話だった。単純でそして仕方のないことなのだ。


ひゅうひゅうと風が吹いて、寒さに耐え切れずに肩を抱いた。涙が出てくる。ブーツの爪先を見つめながら必死にこらえた。
足音が聞こえる。誰かが走ってくる。客だろうか。私のところに来なければいいと思った。ここに立ったのは自分の意志だったのに、今になって怖じ気付いている私がいた。
近づかないで、近づかないで。願いも虚しく、足音は私の目の前で止まる。地面を睨み続けている私には相手の爪先しか見えない。顔を、上げなければ。顔を。

「パンネロ」

幼い声に弾かれたように顔を上げると、そこにはよく見知った少年の顔があった。肩で息をしながら「何してるんだ」と詰問する。剥き出しの私の肩にヴァンの手が触れる。冷え切った私の肌に、それはひどく熱かった。

「何も、してない」
「良い加減にしろよ、パンネロ」
「だって、仕方ないじゃないっ」

私たちには何もない。何もない私たちが生きていくには何かをしなければならないのだ。

「パンネロ」
「…………」
「パンネロ、帰るぞ」

無理矢理に私の手を取って歩き出す。ひきずられるように私も前へ進んだ。言うべきことはなかったし彼から言われることもないと思った。
履き慣れない高いヒールに足が痛みを訴え始めたのと同じ頃に、彼は口を開いた。

「俺が頑張るから」
「…………」
「俺が頑張って稼いで来るから、そんな真似すんなよ」
「…………」
「そんな化粧全然似合わないし」
「……似合わない?」
「似合わないから、そんなことするな。俺がなんとかするから、な?」
「……分かった」


何も言わずに、痛いぐらいに握られた手首に安心した。握られていない方の手で唇にひいた紅を拭ったのを見て、ようやく彼は笑う。
私は小さくごめんと呟いて彼の腕にしがみついた。素肌が触れる感覚に私は少しだけ、泣いた。

どくりと鳴ったそれは誰の心臓だったのだろうか




*****
戦争が終わってすぐの頃の話

2007.8.28


あきゅろす。
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