秋晴れ、という言葉がぴったりな日だった。空から真っ直ぐに落ちる光が地面を焦がして、少し汗ばむぐらいの気温だ。
平和になった世界で、私はステップを踏むように坂を上がる。穏やかな、麗らかな、絵に描いたような美しい午後。




平和な世界を何よりも望んでいた。それが手に入った時、私はこれから何を望んで良いのかわからなかった。あの頃は平和しか見えていなかった。欲しいものはあったし、やりたい事も抱えきれない程にあった。でも多分、平和には敵わなかった。

神様なんてきっとあの頃は信じていなかった。心の何処かで、疑っていた。
けれど平和を手にして、私は神様を少しだけ信じ始めている。でも未だ、本心からではない。本当に信じるには未だ足りないと思う。
だから私は一つの賭けをすることにした。もう一つだけ強く望んでみよう。絶対に、あり得ないようなことだ。もしもそれが叶ったならば、その時は神様を信じよう。二度と疑わないと誓おう、と。



前方に気配を感じて顔を上げる。丁度、一人の男が坂を下って来るところだった。私はあまり驚かなかった。突然いなくなってしまったのだから、突然現れたって不思議ではない気がした。
私は目を細めて彼を見つめる。逆光で表情はわからないが、特徴的な橙色の髪は今もバンダナで括られている。大分古くなっていたけれど、確かにあのバンダナだった。
私はとびきりの笑顔を作って、彼に向き合った。枯れて地に落ちた木の葉が、風でかさかさと音を立てる。

「責任取ろうと思って」
「なんの責任かしら?」
「女の子の顔の傷の責任さ」
「あら、取る気はないんじゃなかったのかしら」

悪戯っぽく微笑むと、すっかり大人びた顔で彼も笑った。
一滴の涙が零れて、彼の姿が蜃気楼のようにぼやけた。けれど彼はここにいる。確実に。

「あれは嘘さ」
「随分な嘘だったわね」
「だから、嘘を終わらせようと思って」

そっと握られた手の温もりに私は平和の意味を知る。きっとこれが幸せなのだ。
唇に温かいものが押し当てられて私は愛しいあの日を思い出した。曇り空、額の傷、広いような狭いようなコンパートメントの沈黙。忘れない。忘れたことは無い。
けれどあの日はもう最後の日なんかじゃない。涙を片手で拭って、私は天に感謝を捧げる。
彼がいなくなった時と同じで、世界は彼が帰ってきても変わらない。変わるのは精々、私の家の家具が一揃い増えて、食事を作る量が二人前になって、それから。


「おかえりなさい、ラビ」
「ただいま、リナリー」


それから、私が神様を信じるようになるという、ただそれだけの話なのだ。


The lie had lasted for a long time,
but the lie came to an end just now.

(その嘘は長い間続き、けれどちょうど今、終わりを迎えた)





2007.8.21








第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[グループ][ナビ]
[管理]

無料HPエムペ!