ガタン、と音をあげて汽車がカーブを曲がった。その衝撃で、斜め前で眠る少女の黒髪がさらりとこぼれた。前髪の隙間から、まだ新しい傷がのぞく。白い肌によく映える赤。
ごめん、そう謝るとリナリーは困ったように笑って「ラビのせいじゃないわ」と弁解するように言った、あれはほんの数時間前の出来事だ。
「ごめん」
守ってあげられなくて。
「ごめんな」
家族にもなりきれなくて。
「本当にごめん」
ましてや、恋人にもなりきれなかった。
懺悔をして許されるとも救われるとも思っていない。この地獄みたいな世界を作った神が救いなんて与える筈がない、そんなことはわかっているのに。
それでも許されたいんだろうか救われたいんだろうか、他でもない、この少女にだけは。



「ごめん、リナリー」
責任取って頂戴ね、と冗談めかして口にしたあの言葉が本気であったのと同じに、当たり前と嘯くことも出来なかった俺も本当。
そして何よりも、笑って誤魔化した俺にひどく悲しそうに諦めた顔を浮かべた彼女もどこまでも真実で。


一際大きな音をたてて汽車は止まった。教団とは遠く離れた駅。少女はまだ目を開けない。けれど彼女は既に起きているのだろう。別れの言葉すら与えてくれないのはきっと彼女の優しさだ。それがどんなに苦しいことだとしても。
「俺は、いくよ」
最後にそれだけ言って、コンパートメントのドアを開けた。背後から視線を感じた気がしたので、右手を頭の横でひらひらとふった。
そのまま振り返らずに、後ろ手てドアを閉める。なんだか、やけに大きな音が響いた。


コンパートメントを出て少し進むと、右手に開いたままのドアが見えた。いつの間に夜明けを迎えたのか、そこからは昨日と同じどんよりした光が差していた。旅立ちには相応しくない空だが、自分にはお似合いだろう。

何も考えないようにして、ドアをくぐる。次の瞬間には足はホームの無骨なコンクリートを踏んでいた。振り向くと、丁度ドアが閉まるところだった。
ゆっくり横にスライドして、汽車と俺のいるホームとを切り離してゆく。閉まり切る直前に長い黒髪が見えたように思ったが、確かめる前にドアは閉まった。これで良いと思った。唸り声をあげて汽車が走り出す。
去っていく汽車に手を振ると、鼻の頭で何かが弾けた。水滴。続けて左頬に雫が当たって、雨だと認識する。雨粒が次から次へと、音もなくコンクリートに染み込んで消えてゆく。頬に落ちた雫が重量に従って顎に伝う。泣いているようで厭だと思った。悲しくなんてない。自分で選んだ道だ。


汽車はもう見えなくなって、残されたのは俺と湿った空気だけだ。
耳の奥でリナリーの心配そうな声が甦った。大丈夫だよ。俺はちゃんとやっていけるし、何も忘れやしないさ。それだけが取り柄だから。
どこまでも続く線路を見ながら、あの少女が家族のもとに着く頃には雨が止んでいますようにと、信じてもいない神に小さな祈りを捧げて俺はコンクリートの地面を踏みしめた。




***


なんだか長くなってしまった…計画性は大事ですね。
リナリーちゃんは初期のロングヘアー設定。あっちのが好きです。
あと一話で終わる!はず!



2007.7.5


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