名前を呼ばれたような気がして振り返った。後ろに広がるのは荒れ果てて干からびた大地。生命など何処にも存在しないような錯覚に陥りそうになる。
聞こえる筈がないのだ。こんな荒野で人の声など、ましてやつい数日前に捨てたばかりの俺の昔の名前を呼ぶ声など聞こえる筈が。けれどさっき聞こえた声は気のせいじゃない。
しかも、あの声は――

「リナリー?」

思わず口にして、自嘲した。何を言っているというのか。
捨てたのだ。捨てた筈だ。他の誰でもない、自分が決めたことだ。それなのにまだ心の片隅に彼女がいる。ラビ、と清らかに微笑む彼女が。
目を閉じるとありありと思い出せる。自分がまだ「ラビ」であったあの日を、そして「ラビ」を捨てた、あの日を。




終わったの、と彼女が訊くので、終わったよと簡潔に告げた。辺りにはAKUMAの残骸と瓦礫が転がっている。空はどんよりと曇り、気持ちの良い勝利とはかけ離れたシチュエーションだ。
二人ともボロボロという言葉がぴったりだった。手足は鉛のように重くて、今にも倒れそうだ。口の中は切れて血の味しかしない。
それでもどうにか平静を装って、地べたに座り込むリナリーに「怪我は?」と尋ねる。

「大きいのは無いわ」
「小さいのは?」
「ココ、ちょっと切っちゃった」

額を指しながら、また兄さんが騒ぐわねと彼女は苦笑する。確かにあのシスコン室長サマは大層慌てるだろう。帰ったら大変だろうなと思った。もう、俺には関係のないことだ。
ちり、と肋骨が軋むような痛みが走った。深呼吸をして、何事もなかったかのように笑顔を作る。悟られてはいけない。多分俺がこれからどうするかを知ったら彼女は悲しむだろう。無理矢理引き止めもせずに、一人で泣くだけだ。
それなら、今はまだ泣かせたくない。勝手な独り善がりなのはわかっているけど。


「まあ、女の子の顔だからな」
傷は無い方がいいだろう。そう言うとリナリーは目に少し悪戯っぽい光を宿らせて言う。
「あら、じゃあラビが責任取ってくれるの?」
表情とは裏腹に、ひどく強張った声だった。その響きに一瞬思考が止まる。言葉が見つからずに曖昧に笑うと「冗談よ」と彼女も笑った。


ゆっくりと立ち上がってスカートの埃を払って「帰ろう」とリナリーは手を差し伸べた。
泥まみれで血が滲んだ、けれどとても温かくて綺麗な手。それを掴む資格など俺には無いのだ。
リナリーは何も言わなかった。ただ哀しそうに笑って、その笑顔は全てを物語っていた。薄々勘付いているのだろう。俺がもう教団に帰らないことを。
やはり彼女は責めようとも、引き止めようともしなかった。こちらに差し出していた手を引っ込めて、汽車に遅れるよ、とそれだけ言って俺に背を向けた。


赤々とした夕日が辺りを照らしていた。何処かでカラスが鳴いているのが聞こえる。きっと彼女は一人で泣くのだろう。
俺が、いなくなってから。



***

無理矢理終わらせようとしてるのが見え見えだ



2007.7.5


あきゅろす。
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