窓の外を眺めていた。この部屋からは空しか見えない。窓を開けて桟から身を乗り出して漸く、数10メートル下に植物が生えているのを見つけられる、ここはそんな場所だ。
幼い頃から厭だった。せめて木や花が見られれば、この生活の中でも四季の移りかわりを感じることが出来たのに、空しかないこの部屋に居ると時間など存在しないように感じてしまう。だからおかしな錯覚まで起こしてしまうのだ。例えば、目を閉じたら昔に戻れるような、そんな錯覚を。そうしてそんな私を見て空は嘲笑する。昔の私を。今の私を。


そろりと手を伸ばして机の上に置かれたマグカップを取った。先刻、兄さんが持ってきたものだ。その時はまだ湯気が立っていたのに、一度も口をつけない内に何時の間にかすっかり冷めきってしまった。
マグカップの縁の部分を人差し指の腹でなぞりながら、兄さんが云っていたことを頭の中で反芻する。ラビと連絡が取れない。行方を追っているが未だ見つからない。もしかしたらもう帰って来ないかも知れない。
私を気遣ってか、兄さんはこれらの事柄を、ひどく遠回しな言葉ばかりを使って説明した。最後の「帰って来ないかも知れない」という可能性については、特に。そんなことは分かり切ったことなのに、それでも兄さんは優しいから私のことを迚も心配して気遣ってくれている。そのことに気がつく度に、私は申し訳無い気持ちでいっぱいになるのだ。
だって私は、そんなに優しい兄さんのことよりも、今はいないラビのことばかり考えている。


闇色の飾り気の無いマグカップを唇に押し当てて、すっかり冷たくなった液体を嚥下した。ココアの甘さが口いっぱいに拡がる。
私はその甘さを噛み締めるように、ひっそりと目を閉じた。こうすれば戻れる。こうしている間は戻れたような気になれる。だから今はラビがいる。ラビがいる昔に、私は戻っている。

「ラビ、」

返る筈の無い返事を心のどこかで期待した。数日前の、多分あれが最後になってしまったラビと一緒の任務の日のことを思い出しながら、私はもう一度名を呼んだ。返事は返ってこなかった。返る筈が、なかった。



***

何がしたいのか自分で自分がわからない


2007.3.16


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