幸せって何だと思う?そう訊いたのは多分ただの気まぐれだった。が、ミランダは肩をびくりと震わせて怯えるようにラビを見た。
辺りはひどく薄暗い。壁に取りつけられたランプの火がゆらゆら揺れて、周りの全てが幻のようだった。その中で佇む女はラビの問いに頭を振った。


「知らない。知らないわ、そんなの」


まるで責めるようにミランダは呟き、ぎゅう、と音がしそうなぐらいに強く拳を握りしめている。まずい、ラビがそう感じたときには遅かった。彼女の目元には溢れんばかりに透明な液体がたまっている。ミランダはその滴を拭おうともせずに、こちらを見つめる。参った。内心そう思いつつ、人目を気にして周囲を見回した――大丈夫だ。右も左も薄暗い廊下が続いているだけ。人影など無い。
少しだけ気を緩めて再びミランダに向き直ると同時にミランダは目を伏せた。あからさまに目をそらされた事に戸惑いを覚える。ミランダの視線は暫く床をうろうろしていたが、ラビのブーツの辺りでようやく止まった。


「私が幸せなんか知らないって、ずっと不幸なだけだったって、知っているんでしょう。なのにそんなこと訊くんだわ。ひどい」


早口でまくし立てるようにミランダは、そう口にした。ミランダが口をつぐむや否や沈黙がその場を支配する。浸蝕してくる夥しい量の静寂から逃げるようにミランダが身を翻すのを、ラビはただ目を見開いて見ていることしかできなかった。ミランダが廊下を駆ける音だけが響いて、そして霧散して消え去った頃にようやく冷静な思考が戻る。あーあ。呟いて、漆喰で塗り固められた白い廊下の壁にずるずると身をもたれる。
そんなつもりはなかったのに、とぼんやり思う。俺はただミランダに幸せになって欲しかっただけなのに。(だっていつも悲しそうにしてるから。笑ったらとても綺麗なのに。)(幸せになれば、きっと笑ってくれるから。)でもミランダの幸せなんてわからなかったから。
伝えられなかった言い訳ばかりが頭の中を駆け回って、まるで子供だとラビは自嘲した。親に叱られた子供とおんなじだ、と。ただその言い訳は本心でもあったのだけど。


ひとつ、溜め息を落としてさっきのミランダを思い出す。行かなきゃ、いけないよな。格好はつかないだろうけど。今頃泣いてるかもしれないから。
一度背伸びをして、そして思い切り全力で、走った。どうしたらミランダが笑ってくれるかは、彼女に追いついてから考えよう。


(とりあえずは君を目指して!)


fin

2007.1.3 thanks20000hit!






あきゅろす。
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