彼が部屋に入ってきたのはハルがここを飛び出してすぐのことだった。先ほど開いたばかりの読みかけの本を閉じて、デスクの上に置く。ドアが完全に閉まっても彼は中々用件を言わない。まあ大方、目を真っ赤にした彼女とすれ違うなりしたのだろう。まったく、そんなに気になるなら早く行動を起こせばいいのに。

「10代目、あのバカ女のことですが」
「うん」
「また何か、粗相を」

ライターを手の中で遊ばせながら彼は明後日の方向を見つめている。彼がこの仕草をみせるのは、大抵、何かが気にかかっているとき。そして彼がこの仕草をみせる原因はいつも必ずと言っていいほどハル絡みなのだ。
日本にいた頃から少しも進歩していない。マフィアならもっとポーカーフェイスも身につけて欲しいものだ、と溜め息をつくと、彼は何を誤解したのか「すみませんでした!」と頭を下げた。

「あの女、今度は一体何を」
「ん?ハルは何もしてないよ、今回はね。ちょっと話してただけだよ」
「……そう、ですか?」

納得がいかない、と思っている顔。本当に、そこまでハルが大事ならさっさと行動に移して欲しい。この分だときっと彼は多大なる誤解を重ねている。ハルが懲りずにまた俺に告白して、俺が断ってハルを泣かせた――おそらくそんな筋書きを想像しているのだろう。そんな中学生みたいなすれ違いは微笑ましくはあるが、俺を悪役扱いされてはたまらない。
大体、ハルが泣いた理由だって本当は。

「俺が泣かせた訳じゃないよ」
「なっ、」
「まあちょっと恋愛相談に乗っててさ、話してる内に泣き出しちゃって。そういえば獄寺くん」
「な、何スか」
「昨日は随分綺麗なブロンド美女と歩いていたんだって?」
「……!それは仕事で」
「知ってるよ。情報提供者だろ?でもハルにはいい雰囲気に見えたみたいだよ」
「何であのバカ女の名前が、」
「わからない?」
「……!」

ようやく獄寺くんはハルが泣いた原因を悟ったようで、まさか、そんなバカな、嘘だ、とぶつぶつ呟いている。誤解解いた方がいいんじゃない?と尋ねると彼は顔を上げた。心なしか、赤い。

「いや、だってアイツは10代目のことを」
「ああ、それはずっと前の話だよ。日本を発つ前の話」
「嘘でしょう!」
「本当だって。でもハルはついて来たんだよ、イタリアの、しかもマフィアのアジトに。誰の為だろうね?」

普通は来ないよ、マフィアの所なんて。頭をぶんぶん振っている彼にそう言うと、俺は皮張りのソファから身を起こした。そして彼の耳元で「ハルが待ってるよ」と。
回れ右してものすごい勢いで部屋を後にした彼を見送って、俺はまたソファに身を沈める。明日になったら存分に彼をからかってやろうと心に決めて、読みかけの本に目を落とした。



fin


みんな20歳くらいの設定。ツナくんは正式にボスなのでもう敬語は使わないのです。ボスなので。
高校卒業と同時にイタリアに渡ったという裏設定があります。

2006.12.19.


あきゅろす。
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