暖かい温度に頭がぼぅっとする。脳が何かに蝕まれているみたいに。横目で見た窓の向こうには雪が舞っていて、あの日捨ててきた場所を思い出してしまう。ぱちぱち、と火のはぜる音が静かに聴覚を満たす。ごうごうと燃えさかる炎よりも、今のようなとてつもなく中途半端な温い温度の火が好きだ。それは多分昔から。

俺は、と隣に座る男が口を開く。俺はそれを遮るように「黒様はね、」と呟いた。

「すごく強いと思うよ」

男は無言だ。俺が何を云いたいのか、真意をはかりかねているのだろう。心配しなくたって、俺にはそんな大したものは無いのに。俺にあるのはあなたへの想いと、それを言い訳にして逃げ続けようとする醜い心くらいだよ。

執着と云うのはとても重い。俺はきっとそれをとてもよく知っているから全て捨てようとしてきたのだろう。そして彼だって執着が枷であることくらいわかりきっている。彼が忠誠を誓うのも命を捧げるのも全てとひきかえにして守るのも、故郷にいるあの小さなお姫様ただ一人。それでいい。
お互いそうやって執着なんて捨てて生きてきた。それ以外の生き方を知らない俺たちはとても脆い。だから無理をすればきっと粉々に壊れて傷を負うだけだ。無理をしてそして全て失ってしまうのならば、これ以上なんて要らない、望まない。だから、ねぇ、せめてお互いこの思い出だけはなくさないで。

「強いから、耐えられるよ。それで全部終わればきっと気付く。あんなのまやかしだったって。ただ少し長く一緒にいすぎただけだって」
「そんなこと無ぇ」
「そんなことがあるんだよ。だって黒様は全部わかってるでしょう。黒様は国に帰らなきゃいけないこと。俺は逃げ続けなきゃいけないこと。終わりがね、見えてるんだよ俺たちは」

時はゆるやかに流れて世界はゆるやかに動いている。とても緩慢で、まるで止まっているようだけど現実はそうじゃない。始まりがある以上終わりは訪れる訳で、例えその間がどんなに穏やかで平和で停滞しているように思えても、永遠には決して辿りつけないのだ。
ましてや俺たちの場合はそれが最初からわかりきっていて夢を見ることすらできないのだから。

「だからさ、仕方がないんだよ」

俺たちが惹かれあっていたのは多分真実なのだろう。一緒にいたいと思うのだって嘘なんかじゃない。それは本当に本当のことだから、それだから俺たちは幸せになれないんだ。
ほんの少しでもこの気持ちに偽りや欺瞞があれば、それを都合良く解釈して理由にして自分を騙してそれなりの幸せを手に入れることだってできたのに。畢竟どんなに切望したところで俺たちはずっと平行線で、どれ程近くに並んでいても未来永劫交わることなんてないのだ。だからこんなにも苦しい。

「ねぇ黒様、もしも、もしも全部終わってそれでもまやかしじゃなかったって、全部本当だったって思ったら」
「当たり前だ」
「俺を探してよ。黒様の世界にいる俺を探してよ。この俺じゃ無理なんだよ。黒様と一緒にいられるのは黒様と同じ世界の人間だけだから」

向こうの俺も今の俺と同じくらいにボロボロだろうから、だから助けてやって、側においてやって、きっと向こうの俺は喜ぶから(だってこの俺が嬉しかったんだから、他の俺だって必ず)それでいつまでも俺のことを忘れないで。

「でもそれはお前じゃねぇだろ」
「そんなことないよ。だから、お願いだから、さ」

全く知らない人を選ぶよりはせめて俺と同じ人間を選んで欲しい。執着は枷で嫌になるほどに重いけれどあなたのためなら別にいい。
それはあなたの心を痛めつけるだけであって、本当は俺なんて忘れて昔と同じように生きるのがあなたにとって一番いいことなのだと知っているのにそれを口に出せない汚い俺をまだ好きと言ってくれるのならば、他には何も要らないからどうかずっと俺のことを覚えていて、どうか綺麗な思い出にして。





***
月光ハピバ!ということで月光さんへの誕生日プレゼントでした。
黒ファイ的ハッピーエンドは「最後は黒様の国にファイが永住」だろうけど結構難しいという話でした。黒ファイだと鬱度が上がる上がる。
ていうかファイの口調微妙ですみません…(撃沈)



2006.10.31


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