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四月馬鹿にご用心!様寄稿



「ここが陽花戸、か…」

こじんまりとした電車から降りると、なんだか懐かしい匂いがした。ここへ来るのはもちろん生まれて初めてだけど、多分こういう匂いがするやつを一人、オレが知ってるからだと思う。

(…立向居がいるんだ、ここに)


―一回しか言わねぇからな―


事の起こりは一週間前に遡る。
休日の日課であるサーフィンを終えた昼下がり、帰宅したオレの携帯が震えた。ウィンドウには数ヶ月前に離れたあいつの名前が光っていて、オレがコンマ数秒で通話ボタンを押したのは言うまでもないだろう。

『…もしもし。綱海さん、ですか?』

無機質な媒体越しに聞こえてくる柔らかなテノールは、紛れもなくあいつのもので。

『あの…もしもし?えっと…聞こえてますか…?』

ずっと連絡を寄越さずじまいだったすえのいきなりの電話に、オレは軽く思考が停止した。っていうか、あいつの声聞いて胸がいっぱいになった、っていうのが近いか。

「…あ、や、オレ。っはは、わりぃわりぃ」

久々すぎてびっくりしちまってさ、とオレは当たり障りのない言い訳をして笑って、どうしたんだと問い返した。


あの別れの日、オレは遠回しな告白をした。
「好きだ」とは言えなかった。
立向居はまだ多分そういうことには気付いていないのだろうし、ただ別れ際にオレが後悔したくなかっただけで、今はそれ以上を望むべきじゃないと思ったから。

…なんて言えば聞こえはいいが、想いを吐露するのが怖かったってのももちろんある。この気持ち全部言ったらあいつはどう思うんだろ、とか。

だからオレはあの後も敢えて、こちらから連絡することをしなかった。オレから電話なんてしたらきっと、ヨコシマな未練が見えてしまうに決まってる。逃げていると言われたらそれまでだけど、もしあいつがオレのことを少しでもいい、思い出してくれたなら、連絡してくれることを期待して。

でもあいつは、いつまでたっても音沙汰なしだった。

嫌われた、と思った。

まあ十中八九抱き締めたこととかで引かれて、近づかないようにしてんだろうなと感じてはいたけれど。予想にすぎないにしろ、多分これが一番濃厚だろうと半ば諦めてたのは事実だ。

だから今日のこの連絡は、願ってもないビッグウェーブなわけで。

『あ…っと…』

「ん?」

躊躇するような素振りをみせる立向居を焦らせない程度に、オレは相づちを返した。
この際用事がなんだって別にいい。ただせっかく電話をくれた立向居とちょっとでも長く話せたら。声が聞けたら。そんな一心だった。

『できたら、でいいんですけど』

決意したように紡がれた声は、出だしが裏返って。以前と変わらない立向居らしさに頬がゆるむ。
誰に見られているわけでもないしと、にやける顔を隠しもせず、なんだろななんて軽く考えていたオレは。

『…今度の週末、会えませんか』

その言葉に驚くあまり、手から携帯をぽとりと落下させた。



あれから一週間後の今日、オレは福岡にいる。
結局、立向居が何のために会いたいなんて言ったのかは、電話では分からず仕舞いだった。新入生を迎えた部活のことで悩んでいるとか、その辺かもしれないと勝手に推測をたてる。
まぁオレは、会えればいいんだけど。

(…つか、面と向かって普通に出来るのかよ、オレ)

なんたって、あの別れがあっての今日なんだ。

降り立ったここは沖縄よりも、少し湿気があるような気がした。…もしかしたら緊張のせいで、汗がつっと背筋を流れているのかもしれない。


「つなみさーんっ!!」

そんなことを考えながら改札を抜けると、聞こえてきたオレの名前。同時に、歩道橋の上から駆けてくる学ラン。
間違いない。立向居だ。

とたとたと階段を駆け降りる姿の危なっかしさに、心配なのと可愛らしいのと。オレのために急いでいるのが嬉しくて、声も出さずに見つめてしまった。

「…っは!お久しぶりですっ!綱海さんっ」

息を切らしてやってきた可愛い後輩が、オレの目の前でにこりとはにかむ。
あの日何事もなかったかのように、無邪気な笑顔をオレに向けて。

「たち、むかい……」

その姿に、またあの時のように、自然と両手が伸びそうだった。

元気にしてたか、会いたかった、好きだ、お前を抱き締めたい。

そう逸る心を抑えて、オレは

「……よっ、久しぶり!」

それだけ言うと出来るだけいつものように笑って、わしわしと頭を撫でた。


***


「綱海さんは、高校でもサッカー続けてるんですか?」

立向居の案内の下、ぐるぐると町内を回る。もう陽も暮れはじめた空き地でサッカーをする小学生たちをちらと見ながら、立向居がオレに問い掛けた。

「ああ、やってるぜ。相変わらずDFで」

入学早々レギュラーを取ることが出来たと明かすと、こいつは自分の事のように飛び跳ねて喜んだ。
…お前と会うために今日の練習サボった、なんて言ったら、怒られそうだからやめておくけど。

「……あの、綱海さん」

喜びように照れて頭をかいていると、隣でオレを見上げていた立向居が突然くるりと向きを変え、大股で一歩前に出る。

「……?」

よく分からない仕草に、何だろうとオレは軽く首を捻った。立向居の大股一歩くらいすぐ詰められるけど、なんとなく、そのままにして。

(…いつもと逆、だな)

GKのこいつの背中をオレが見ている、というのは少しヘンな感じがする。これまではオレが背中を預けてたし。
でも決して嫌なんじゃない。嬉しい。
こんな小さな背中を、本当はずっと守ってやりたいと思ってきたんだから。

「…どした?」

声を掛けると、いくらか遠くにある上体が上下に軽く動いた。深呼吸なんかしちゃって、特別伝えたいことでもあるんだろうかと首をかしげる。
『好きです』なーんて告白だったらどんなにか嬉しいだろうとは思うけど、まずそんなのはあり得ない。…期待するだけ、無駄で苦しい。
ふっと鼻で自嘲して、腰に置いた両手で衣服を握り締めた。
手の平が、じわりと汗をかいた。

「…楽しいですか?部活」

「…へ?」

でもオレの内心の葛藤や緊張をよそに、尋ねられたのはそんなことで。

「…や、まあ……はは!そりゃーもちろん!みんなノリいいしさぁ、すっげー楽しいぜ!」

…こんな単純な質問だったなんて、考えすぎた自分が恥ずいったらない。

気の抜けた肩をがくりと落としながらも笑顔でそう言うと、立向居はなぜだか納得のいかないように顔をしかめた。そのまま俯いて、拳をきゅっと握りしめている。

言いたいことは他にある、みたいだ。

「…なんだ?陽花戸の部活に問題でも…」

「…俺がいなくても、楽しいですか?」


口を開いたオレの質問に被って聞こえたのは、蚊の鳴くようなか細い声だった。


「な……」

「俺は、綱海さんがいなくて寂しいです」

下を向いていた立向居のまんまるな双眸が、オレを捕える。強い意思を携えたそれが、視線を外すことはない。
思いもよらない事態に言葉を失ったオレを畳み掛けるように、ちいさな唇がかすかに動いた。

「…綱海さんは、違いますか」

紡ぎ終われば、真一文字。きっと精一杯の勇気を振り絞って言ったんだろう。足も拳も震えて、すごく緊張しているのが分かる。

だんだん潤んでいく瞳に耐えきれなくなったように、立向居がまた俯いた。雫がひとつだけ、地面に落ちる。

それを見たオレの胸が、ぎゅっと苦しくなって。

「…違うわけねぇだろ、バカ」

「――…っ!」

バカだなんて言いながら、両の腕が立向居の身体に伸びた。

さっきまで抱いていた『立向居はオレを好いていない』論はもういらない。オレはこいつが好きで、こいつも同じ想いだった。本能で身体が動く以外、何があるだろう。
背中に回して抱き寄せて、これ以上ないくらいに力を込める。

「…ごめん、勝手に抱き締めた」

「いい、です…っ」

「お前泣いてっけどいいのかよ。…苦しい?」

あの日は、抱きしめたら拒絶されたんだ。
そう思い起こし顔を覗き込めば、涙をはらはら流す立向居は柔らかく首を振って。

「っま、またこうして、抱き締めっ、もら、たかっ…!!」

「立向居…」

オレの胸に顔を埋め、Tシャツをきゅっと握り締める。しみ込んだ涙がオレの肌に触れて、あたたかい。愛しくて、離れたくなくて、出来るだけぴとりとくっついた。

薄暗くなる路地裏。『みなさんお家に帰りましょう』なんて町内放送を流す電柱のスピーカー。それに合わせて、ぞろぞろ広場から出てくる子どもたち。

オレは姿が見えないように、自販機の影にそっと隠れた。
零れ出そうな嗚咽を飲み込みびくつく頭を撫でてやれば、腕の中の立向居が洟を啜る。

「…俺、さよならしたあとに、綱海さんが大切な存在だって気付いたんです」

「…うん」

「綱海さんがこっちに電話してこない理由は、なんとなく察してました。…だから俺から、連絡、取ろ、思…思った、のにっ、勇気、なくて……!」

「…おいおい、泣くなって」

「ごめ、なさい」

「謝んなくてもいーの」

そう笑って背中をぽんぽんと叩くと、立向居が手の甲で涙を拭った。ごしごしと数度動いて一息ついた後、避けられた手から覗いた顔はいつの間にやら涙まじりの微笑みで。

「…綱海さんにぽんぽんされると、安心しますね」

「そうか?ならいっぱいしてやるよ。ほぉら、よーしよし。勇気くん、泣いちゃだめでしゅよ〜」

「っもう!俺は赤ちゃんですかっ!」

そんな憎まれ口をききながらも、表情はすっかり和んでいる。心中ほっと胸を撫で下ろして、オレもようやく笑顔になった。
ふわふわしていた心も、もとの位置に戻ってくる。現実味、というやつだろう。それがこんなに幸福感をもたらすものだとは知らなかったけれど。

満たされた気分のまま夕陽に透き通る茶の髪の毛を撫でていると、立向居の顔がすっと上げられた。

「…俺、綱海さんが好きです」

屈託のない笑顔でぶつけられたそれは、真正面から心に響く。

立向居からの『好きです』は、どんなに待ち望んだ言葉だっただろう。叶わないと何度覚悟しただろう。
想いが去来して、胸がきゅんと苦しくなる。嬉しいだとか幸せだとかって、こういう時のための言葉なのかもしれないなんて馬鹿みたいに思った。

「…俺もだぜ、立向居」

これで晴れて両想いになれる。
だから笑い掛けたのに、どうしてか立向居は笑顔から一転、唇を尖らせて。

「…好きって言ってください」

「…え?」

「沖縄でも好きとは言ってくれなかったじゃないですか!…もし早くにそう言ってくれれば、お、俺だってちゃんと気付いたかもしれないんですからね!」

立向居はそっぽを向いて、ご機嫌ななめなご様子だ。
多分そう見せてるんだろう。ほっぺが赤いところを見ると、期待しているんだ、きっと。オレと同じように、オレから『好き』と言われることを。
からかいたくなるほど、こんなところが可愛くてたまらない。

「ったく、わーったわーった。……けど、一回だけな」

「え…?なんでいっか……っ!!」

オレに不服を申し立てるために振り向いた顔を、顎に指を宛てて固定する。
一瞬の出来事に固まる立向居の唇数センチ先まで迫って、ちいさく囁いた。

「たくさん言ってほしいなら、これから毎日いくらでも言ってやる。…でもオレの好きは、言葉じゃ何回言ったって足りないから」

「つなみ、さん……」

『だからお前が満足するように一回。それからオレが満足するように、行動でも示させてくれよ』

そう続けて、ぱちぱちと瞬きを繰り返すせいで涙の溜まった眦を拭う。
片手は柔らかな頬、もう一方は密着した腰の上。唇を親指でなぞれば、立向居は僅かにひくっとさざめいて。それでも嫌がらないのが、恋人の証。こんなにも、うれしい。

「…好きだ、勇気」

改めてそう告白して、オレはゆっくりと唇を落とした。








四月馬鹿にご用心!様に寄稿させていただきました。

こんにちは、ぶたこです^^
お題をふたつお願いしたので、同じく寄稿させていただいたあなたがいない、夏がくるの続編として、こちらを書いてみました!どうでしたかね…。勇気好き好き大好きな条介は付き合うまではごく一般の悩める思春期男子だけど、想いが通じあったら心に余裕が出来て、ちょっぴりオトナに勇気を可愛がってくれたら萌えます。私が。
まあでもそんな感じに書こうとしてこれっていう(^ω^)へへ……喘ぎないとだめみたいですぜ……^^^^

それでは、読んで下さった皆様がちょっとでも楽しんでくださったら幸いです。
ななさん、素敵企画に参加させていただきありがとうございましたー!!

20100223
ぶたこ(HP)





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