みなしの
風紀取り締まり中怪我した志野ちゃん/甘
「ほんといい加減にしてよ!」
「あんたのせいで副会長様は……っ」
「というわけであんたたちやっちゃいなさいよ! 遠慮しなくていいんだから! ついでに二度と風紀委員長様の前に出られないようにしちゃって!」
「えーっと……あの……」
「はあ!? なにまだ言いたいことあるの!?」
「え、はい……」
「おいおいとりあえず俺たちの相手してもらってからにしようかなあ? まずは黙ろうか」
「そうだよお。おまえも可哀想だなあこれから俺たちにいいように遊ばれるんだからなあ」
はい、と頷いて、馬鹿正直に黙り込んだ紘。しかし目線は俯いて下るどころか真っ直ぐに明らかに体育会系のモブ男……の奥にいる俺に向けられている。
やさしい紘はどうやらどうしていいか分からないようだ。
「ああん!? 今度はだんまりか!」
「そうよなにかぼくたちに言わなきゃいけないことあるんじゃないの!? ねえ!?」
「言ってくれたら、まあ、色々考え直してあげなくもないけどね!」
「だってよお? どうするよチビちゃん。まあ俺たちはどうでもいいぜえ?」
さっき黙っとれと言っていたのに今度は喋れか、むちゃくちゃな。そう思っていたのは紘も同じだったようだ。しかたなさそうに「じゃあ」と口を開き始めた紘が、真っ直ぐに前を向いて、おずおずと言った。
前は俯いてしかいなかったというのに、紘も随分とたくましくなった。……というか慣れか。悔しいけれどそれは全部、あのハイスペックな委員長のおかげなのかもしれない。
「じゃあ――、たぶん、あの、訂正した方がいいと思います」
「はあ!? あんた――」
「風紀室で……怒られます」
ようやく紘の視線の先があらぬ方向にあることに気づいた彼らが、俺の方をゆったりと振り返る。ようやく気づいた。
ぽきぽきと指を鳴らしながら、ため息をついた。
最近すくなくなったもののときたま起こる、生徒会親衛隊の残党たちの、こういうみみっちい制裁みたいなもの。それもしょぼい。
「副委員長の真柴だ。詳しい話は風紀室で聞かせてもらおうか」
最近何回言ったか分からない台詞を言いながら、手始めに、一番手前にいた大柄の男の腕を捻り上げた。
ようやく、とんでもなく不利な事態になっていることに気づいたチワワたちが、顔を蒼ざめさせた。
「空き教室での不審な動きを付けたところ、制裁現場を抑えた。容疑者は五。巻き込まれた生徒に怪我はなしだ。……ああ!? 分かったすぐにそっちに向かわせるよ。心配性だなうるせーよ。……だから怪我ないっつってんだろうがしつこい」
そばで困ったように苦笑する紘を横目に、恐らく風紀室の机上でお怒りあそばされているだろう委員長のことを考えてげんなりする。ああ……どうしようか。とりあえず委員長の機嫌取りのために可愛い紘を送るか。
送られてきた風紀ふたりも手伝って五人を立たせる。チワワのふたりは完全に戦意喪失である。おそらく罰則が怖いのだろう。じゃあやらなきゃいいのに。
(未遂だから退学とかにはなんないだろうけど)
大切なものを奪われそうになった風紀委員長の怒りはさぞ恐ろしいことだろう。学習しないなあなんて思う。
だけど、きっと、それほどすきなのだろう。生徒会役員が。……どこがいいのかについては皆目分からないけれど。大切なひとのために誰かを傷つけてしまうほどの、強い感情。
今までそんなことがどうして起こるのかなんて、分からなかったけれど。
――志野ちゃん。
大切なひとを守りたい気持ち、渡したくない気持ち、そんなものなら、最近すこしずつ分かるようになってきた。
「はいはい。後で紘持ってくよ」
片方でモブ男を抑えたままもう片方で通話をしていたから、気づかなかった。
「……っせんぱい! 危ない!」
モブ男が最後の抗いに出たことに気づかなかった。
ポケットから出されたきらりと光るそれを、一瞬で俺の腕から抜け出したモブ男が振りかざしてくる。あ、と思った。
これは、やばい。
「真柴先輩!」
持っていたスマートフォンがかしゃんと音を立てて、次の瞬間、悲鳴のような紘の叫び声が耳に届いた。
*
「報告は以上だ。……なんだその目は」
「おまえが怪我するとは……この学校にはとんだ暴れ猿がいるらしい」
「どういう意味だコラ」
そうだ。初めの頃はほんとうに大変だった。なんで風紀にこんなのがいるのだと、背の小ささをからかわれ、そいつらを実力でねじ伏せてきた。俺をナメていた大概のやつが、校内の小さな暴力沙汰をことごとく潰していくのを見ながら、ゴメンナサイと謝っていった。今じゃ学校で、某武道の有段者である俺に逆らうやつはいない。……と思っていたのだが。
やけにガンガンする頭を撫でながら、久しぶりだなあ、なんて思った。
打ち付けられた額がぐらついているのは、決して傷そのものだけのせいではない。
「紘、他に変なもんに絡まれたりしてないか」
「うん。大丈夫だよ」
「そうか」
頬を染めてもじもじするいじらしい紘……を抱きしめて放さないまま、御影がアホみたいに甘い言葉を吐いているのを、目の前で見せられる俺の気持ちにもなってくれ。
な! あの御影の笑み! なんだあれは!? 俺は見たことないぞあんなの!? キモいキモすぎる! あいつほんとう人格変わるよなあ。
「なにかあったらすぐ呼べよ。真柴を」
って俺かよ!
相変わらず、面倒事はぜんぶ俺に押し付けるらしい。御影は目立つのきらいだからなあ。まあ、風紀室で事務仕事するようになっただけでもだいぶましか。……となりに紘あってこそだが。
紘は可愛いけれど、人格の変わった御影とのイチャイチャ姿を見続けられるほど俺の心臓も強くはないので、さっさと退散しようと踵を返す。
丁度そのとき、ドタドタという慌ただしい足音とともに、ドアが開かれた。
「志野ちゃんっ」
「……っ」
なんで、いやがるんだ……。
この世で、俺を志野ちゃんなんぞとふざけた呼び方をする人物などひとりしかいない。つまり、面倒くさい奴が来たということだ。
息を切らせた水無瀬は、携帯を片手に持っている。後ろに思わず視線をよこすと、悪気の欠片もなさそうな御影が、紘を抱きしめながらもう片方の手で携帯をひらひらさせる。
「まあ、おまえの保護者だしなあ」
なんて。
「だれが」
「その会計」
「俺の方が年上だ!」
「志野ちゃん……」
いつの間にやら近づいてきていた水無瀬の手が、俺の腕を取って、ぐいっと引き寄せる。眼前に心配そうに眉をひそめた水無瀬の顔が広がって、俺の額の傷を、なぞるようにさわる。
「……っ」
「怪我したの?」
どこか怒っているようにも聞こえる、その声色。
「べつに」
ふい、と目を逸らすと、あからさまにむっとしたような空気が漂う。
「あの、真柴せんぱ――」
俺たちの不穏な雲ゆきを感じたのだろうか、おずおずと紘がなにかを呟く。しかしほぼ同時に、目の前のこの男がいつもは決して使わない馬鹿力で、俺を引っ張った。
「委員長、休憩室、借りるね」
その肝心の委員長の答えが帰ってくるまえに、小さな馴染みの休憩室に押し込められる。
「……にす――っ」
「だれが、やったの」
閉められたドアに押し付けられるようにして、俺に水無瀬の体重が乗っかる。息が詰まるほど近い距離のまま、水無瀬が俺の額をつーっと撫でた。
モブ男が振りかざしたものは、カッターだった。咄嗟に避けて額に痛みを感じながらも、今度は完全に拘束する。悲鳴のようなものを上げた紘の丁度横の方まで、カッターが吹っ飛ぶほどに。
後から確認してみると、刃先はほんのすこししか出ていなかったようだ。もっと出ていたら、これだけではすまなかった。
「切り傷だね」
「……」
でも、水無瀬には――。
「どこでやったの。どうして、こんな怪我したの」
水無瀬には、知られたくなかった。
「関係ない。……風紀での、話だ」
刹那、俯いていた顎を持たれて、ぐいっと上に向けられる。視界いっぱいに、苦しそうに顔を歪めた水無瀬が映る。息を飲んだ。
「どうして」
「……み、なせ」
「どうして志野ちゃん、いつもなにも言ってくれないの。俺が、年下だから? せーとかいだから?」
「みなせ……」
さっきまで力任せだった力がだんだん弱くなって、しがみつくように俺を抱きしめる。もはや俺を拘束するなんの力もないけれど、それを振り払うことはできなくて、その背中に腕を回す。すると、すこしだけ強く抱きしめ直された。
「がんばりすぎないでよ。俺のことも頼ってよ」
俺の肩口に、水無瀬の額が擦りつけられる。柔らかい髪の毛が、くすぐったい。
「俺は……」小さな声で、呟く。「俺は、おまえに迷惑かけたくない。我が儘も言いたくない。年上だし。……今回の事故は、ほんとうに俺の不注意だったんだ。……だから、その。かっこわるくて……おまえには知られたくなかった」
そうなのだ。拘束した気になって、すっかりラフモードに入って、御影と呑気に電話していた俺が悪いのだ。たまたま狙われたのが俺だったからよかったけれど、紘だったら――そう思うと、自分のつめの甘さが嫌になるんだ。
「志野ちゃんは、こんなに小さいんだよ」
「……は?」
喧嘩売りに来たのか?
「不器用だし、不用心だし、なんか自分が最強に強いと思ってるし」
「ん、だ、と!?」
肩口にあるその頭を引っ掴んで、体を放そうと暴れる。一発殴ってやる!
そう思って引き離そうと腕を突っ張って、しまいにはめちゃくちゃに「はーなーせこら!」と暴れたが、力を入れているのか、びくともしない。
呼吸が荒くなってきたところで、くぐもった小さな声が、届く。
「ほら」
「ああ?」
「志野ちゃんは、能力は高いけど、力全然ないよ」
「……」
「もっと警戒心持ってよ。もっと俺を頼って」
すこしだけふたりの間に隙間を作るように体を離した水無瀬の、その表情に、「馬鹿か」と目を逸らした。……うぬぼれているわけではないけれど、その、心配でたまらないといった表情が、なんだかくすぐったい。
「志野ちゃん。分かった?」
「……」
不意にほっぺをものすごい力でつねられる。
「いたいいたいいたい!」
「わ、か、った?」
「いたい! 分かった!」
その瞬間にほっぺを離した水無瀬が、「うん、約束」と、さっきまでの表情を消して笑顔になった。いつもみたいな、へらへらとした。
張りつめた空気が解かれて、いつも通り俺を甘やかそうとする水無瀬の手が、つねった俺の頬を撫でて、額の切り傷を撫でる。
「あとで、消毒しようね」
「……いらねー」
「痛いから嫌なんでしょ」
「ちげーよ!」
そうだよ消毒液きらいなんだよ! おまえ分かってんだろう!
すっかり調子を取り戻したらしい水無瀬を睨み上げると、ちっとも怖くないと言うように笑って、顔を近づけてくる。
反射的に、きゅっと目を瞑る。
だけど訪れた感覚は、唇ではなくて――。
「……い、いたい! いたい!」
頬に舌の這う感覚と、痺れるような痛み。まるで消毒の時のような――。
いたずらに成功して満足なのだろう、水無瀬が笑って俺を抱きしめた。
「お約束でしょ」
「なにがだよ! いたい!」
「涙目になってる。かわいい。……他の人に絶対に見せないでね」
「あほか。俺みたいなの好む悪趣味なんてひとりで十分だ」
かわいい、なんて普段言わないのに。こういうときだけずるいやつ。
赤くなった頬を隠すようにふい、と顔を逸らすけれど、逸らしきる前に両頬を掴まれて、また強引に目を合わせられる。
「かわいいよ。だから警戒心持ってって」
「な――」
「さっきのキス顔もかわいかった」
「……っ」
間違いない。俺、今、頭から湯気出てる。沸騰したみたいに、熱いもん。
真っ赤、と言われて、うるさいとだけ返す。それなのに両頬を水無瀬が放してくれないから、顔を隠すこともままならない。
「ねえ」
「……なんだよ」
「もう一回目、つぶってよ」
今度はちゅーしたい。こんなイケメンに耳元でささやかれて、振り払えるやつがいたら顔を拝みたいところだ。
馬鹿みたいに翻弄される。年下の、生徒会の、かつては全然すきじゃなかったやつに。
「……ん」
久しぶりに感じる唇の感触を味わいながら、水無瀬の髪の毛に手を伸ばし、くしゃっと撫でる。
唇を離した水無瀬が、「止まらなくさせる気?」と笑う。しかし濡れるその瞳に、余裕は残っていないみたいで。飢えたまなざしに、体がこわばる。
ちょ、ストップ。なんて言うと思ったのだろう。言わせまいと、無理矢理もう一度唇が重ねられる。半開きになっていた口の中に、水無瀬のそれが無遠慮に侵入する。
「んう……っ」
勝手知ったる様子で口内をかきまわし、やさしくなぞって、また絡ます。
息が……っ。
「み、みな……」
がくがくと震える足はとっくにどうにもならなくなっていて、水無瀬に縋りつくみたいになっている。
(ほんとう、キス、上手い)
そんな風に半ば酔っていた矢先、ふと冷たい手の感触が、背中に――。
「ておい! てめえ!」
唇を離した隙にそうなじるけれど、水無瀬は知らん顔。
「したくなっちゃった」
「ヤメロおい! とりあえず背中に突っ込んだ手をどけやがれ!」
欲情に濡れた水無瀬の双眸が、妖艶に光る。
スイッチはいってる! どうにか止めなきゃ! なんて思っても、入ってしまったスイッチをどうすることもできないことに気づくまで、あと数分。
「こら水無瀬! ここ休憩室! ちょ……ひゃ、こら」
額の消毒が、随分先のことになったのは、言うまでもない。
が ん ば り す ぎ な い で ?
( 委員長も治安維持手伝いなよ。志野ちゃんばっかりにまかせてないで )
( いや別に俺はいいよ )
( 真柴もそう言ってる。メンドクサイし )
( 御影、ぼくからもお願い。……真柴先輩が怪我しそうだったら、その、手伝ってあげてほしいよ )
( …… )
( あ! 別に強制じゃないんだけど、あの )
( わかった )
( この紘ばかめ…… )
――End――
ご指摘感想ひと言等ありましたら
拍手にてお願いします。
←
[グループ][ナビ]
[HPリング]
[管理]
無料HPエムペ!