お正月のふたり/甘



 冬とはなるほど、やっかいなもので。


「なあなあ、リモコンとって」

「やだ。今みかん剥いてて忙しい。それにおまえの方が近いし」


 やわらかく指の腹でみかんをもんだあと、おそるおそる皮を剥く。ん、さっき食べたのよりも皮が剥きやすいぞ。


 反対側でもぞもぞと動く気配がする。しかし見えない。なぜならここはこたつ。うつぶせのまま胸のあたりまで入り込んで、目の前のテレビに目を向けながらみかんを剥くおれ。反対側でおれと場所をずらすようにしてきっとすっぽりとこたつに入り込んでいるだろう里央。


「だめ、出れない、お願いこーすけ」


 里央の邪魔でうざいくらい大きいのにちょっとも憎めない足が、おれの脇腹をつついてくる。随分長い間そこにあるせいで温かくなった足に、外でみかんを剥いていた片手を突っ込んでやわやわと触ってやる。

 つめた、と、足が距離を取るように引っ込む。


 ぺりぺり、みかんを剥く。


 テレビの向こうは、陽気な司会者とゲストが、今日でなければおそらくなにも面白くない冗談を交わし合っては会場がどっと沸く。幸先のよい、明るい今日のテレビ。

 正月だからと、母さんたちが近所にご挨拶ついでに初詣へ出かけてから数分と経たないうちに、入れ替わるようにコート一枚引っかけた里央がやってきた。


 うちの家族も、初詣。


 そっぽを向きながら脱いだコートを我が物顔でおれのコートの隣にかけた里央は、挨拶もそこそこにこたつに潜り込んだ。

 おれはといえば、おまえの家族も初詣だからってうち来るのかよ、とか、当たり前みたいにコートかけるなよとか憎まれ口がなにも出ないくらい、ちょっと嬉しい。着たままのはんてんの裾を握りしめて、「ばーか」と言いながら反対側のこたつに潜り込んだ。

 きっと顔が赤いから見られたくないと思って、こっち側に来てしまったけれど。


(なんか、顔見れないけど……)


 別に寂しいとか乙女思考になるつもりないけど。


「あーはいはい、分かったよお。俺がリモコンとりますよ」


 そう言って反対側からのそっとこたつを起きあがる音がする。一瞬だけこたつの中に涼しい空気が入って、またなくなる。ほっとかれたリモコンをぴっと変える音がした。変わった先でも、同じくらい明るい正月ムード。

 さっきと、何が変わったんだ。そんなことを思いながら変えられたテレビを見ていると、いつの間に隣に来たのか、伸びてきた手がおれの体をどかすようにして端に避けてくる。


「な、なに」

「あっちだとテレビ見えないのー。晃介だけずるい」

「へいへい……」


 となり、となり。

 やる気のない返事とともに重たい体を起こして端に寄りながらも、ちょっとだけ心臓が浮き上がる心地。やっぱり隣がいい、近くがいいなんて、絶対言わないけれど。


「でかいし……」

「うるへーチビ」


 そう言いながら、みかんを剥き終えたおれの隣にうつ伏せになるようにして里央が入り込んだ。リモコンは、今度こそ手が届く位置にそえるようにして。


「みかん、くれ」

「……」

「そんないらん、それの半分でいい」


 みかんが攫われた。別にまだあるし。そんなことを思いながら、おれもぽい、と口の中にそれを投げ込む。


「なあ里央」

「なに」

「これ面白いわけ」

「……別に」

「だよね。チャンネル変える前と変わんないし。そりゃ、どこのチャンネルも正月ムードだか、」


 気づかなかった。みかんを食べながらうつぶせになっていて、しかも、テレビをぼんやりと見ていて。近すぎる距離にちょっと緊張していたから。

 おれと接するようにしていた腕がいつの間にか背中に回って、逆側の肩をぐいっと掴んで引き寄せてきたとか。不意打ちに焦ってみかんを落としていたとか。



「え、えと、里央」



 ぽかぽかだったこたつの中、さっきのお返しと言わんばかりに足を絡まされる。


 いやだ。お正月のほのぼのとした明るいムードの中、おれだけがこんなに急に心臓がうるさくなるんだから。


「チャンネル変えるっていうか、となりに来たかっただけだし」

「……っ」


 ああいやだ。だれもいないリビングで。こんなせまいこたつの中で。おまえとふたりこうして密着しているのが、悔しいくらい幸せだなんて。

 おそるおそる里央の背中に手を回す。ふっと笑われたように感じて、視線を上げた瞬間、ほんのすこしかすめるように、里央のかさついた唇がおれに触れた。


「……きゅう」


 頬が、赤い。隠すようにして、里央の、さいきんやっと慣れてきた胸の中に額を預けた。


「したかったんだからいいだろ」


 片想いが叶ったら、幸せがいっぱいになって、そこで終わりだと思っていた。


 だけど、ちがう。

 目にするたびに、触れあうたびに、もっともっとすきになる。


「こーすけ」


 こいびと、になる前よりも、すこしだけ甘くなったおれの名前を呼ぶ声。柄にもなく恥ずかしくなって、蚊の鳴くような声で、うん、と答える。


「……あけおめ」

「……あけおめ」


 なんていう、おれと里央の、正月。


冬 と こ た つ と 里 央 と 。


( こーすけ、もっかいちゅーしていい? )

――End――

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