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書きなぐり novel


5 イチョウ

冬はさながら酩酊をもたらし、おれは銀杏並木の下を、舌打ちをしながら歩いたりしていた。

横にいる奈奈は上司に恋をしたという話をおれが聞いていないのを知っているのにつづけた。
そもそも奈奈は他人に興味がない。

腐臭のする品川駅から、御殿山ガーデンに向かう坂道を登る、
その相手がいればいいだけだった。

おれはもううんざりしていた。


ビアンキのピストバイク(色がミラノの空の色だった)が、歩道を結構なスピードで走ってくる。
奈奈はマルボロをレスポートサックから取り出し、ライターの頭を親指で押した。

そんな奈奈の手を見ていたから、ピストに気づくわけもなかった。

おれはうんざりしているこの女の手に、どうして釘付けになるのだろう。
と、考えながら、ピストに轢かれる


どこを打ったんだか、鼻が変になった。


気づくとイチョウの汚い黄色がみえた。
奈奈がおれの体を起こし、ティッシュで鼻を拭いてくれた。

ティッシュは真っ赤だった。


マルボロの煙が目に入った。
とたんに涙が出た。片目だけ。


奈奈は涙を流すおれをみて微笑み、マルボロを咥えながら、
痛かったのか、と言った。

痛かったと答えた。



鼻血は止まらないが、ピストはもういなかった。



でも、奈奈はそこにいる。



6 パーティピープル


夜が怖い。

おれには帰り道に変なやつに追いかけられた経験はないが、
夜が怖かった。

何で怖いのか。
わからねえな。
夜が怖いんじゃなく、明日が来るのが怖いのかもしれない。

夜じゃなくて早朝が怖いのかもしれないな。


新木場の駅を降りて、セブンイレブンの横の橋を渡る途中に、
煌々と光る、セックスアンドシティの看板が見えてくる。

資本主義の象徴。

工場や倉庫が立ち並ぶ奇妙な深夜の空間に、
ある人間にとってはオアシスのように、その場所は輝いていた。


そしておれはなぜか、そんなところでアメリカンフランクを持って
クールを吸うはめになった。

メインフロアからは、神経質で規則的な音楽が聞こえてくる。

セキュリティチェックの先にあるラウンジでは、ガキたちが銘々に、
黒く、胸のはだけた服で闊歩しながら、プラスチックのグラスでカクテルを飲んでいた。


おれはラム酒を飲みたかったが、手はタバコとフランクでふさがっている。


首に何かの動物を巻いた女が、おれをみてにこりと笑ったが、
次の瞬間には人ごみに消えてしまった。

おれは少しの悲しみを覚えたが、次の瞬間にはクールを吸っていた。


テーブルにおいてあったプラスティックグラスの中に吸殻を突っ込み、
バーへ向かう。

途中で騒いでいる、オジーオズボーンのシャツを着たやつに、フランクをあげた。
なんか悪いっす、なんていってたけど。



今、誰がまわしてるんですか。


おれがやっとラム酒を飲んでいると、さっきの女とは違う動物を首にまいた女が
声をかけてきた。

おれが普段話せないような女。
テクノは偉大だ。


さあ、エレンかな。
フランクを食べていたからわかんないです。

フランクってなに?

知らないの?ちょっと長めのウィンナーみたいなやつ。
ローソンとかに売ってるでしょ。あと、お祭りとか。


おれはいったい何の話をしているのだろう。


知ってるよ。
棒に刺さってるやつでしょ。


動物が首から落ちた。
おれはそれを拾って、飲みますか、とたずねてみた。


おごってくれるんですか。

そのつもりですよ。


女は黄色の飲み物を頼んだ。
おれは何気に女とグラスを合わせた。


お仕事は何をしているんですか。


女はおれの煙草に勝手に火をつけながら言った。


さあね。
ちょっとした会社員。

ちょっとしてない会社員って何?

普通の会社員のことだな。


女は動物をまきなおした。
もうおれに飽きているようだ。


一人ですか。


おれは女に尋ねてみた。


いいえ。
あっちらへんに友達がいます。


そうなんだ。
早く行ってあげなよ。待ってると思うよ。


はい。
ご馳走様でした。また、どこかで。


おれはにこりとしてやった。

次に会ったら、食事にでも誘おうか。
どうせ、麻布や渋谷で会えるさ。


でも、もうあの女には会えない。
おれは勝負に負けたから。


敗北は怖い。

日常も明日も怖いが、今、この場所も怖かった。


おれはこんなだから、愛してくれる人もいないし、
休日に遊びに誘ってくれる人もいない。


長い思春期を続けていくしかないのだよ。










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