「眠れない‥」
横ではグースカとフォンビーレフェルト卿ヴォルフラムこと自称婚約者が不自然な寝息をたてて眠っている。寝ているときは天使だが、こう気持ち良く熟睡していると頬をつねりたい衝動にかられる。
「本当によく寝てるよなぁヴォルフ」
昔っから何か心配ごとや考えごとがあると、眠る前に頭を駆け巡って寝不足になることが多かった。普段はとても寝付きがいいのでこれは親でも知らない。
変なところでデリケートだ。
厄介な自分の性質に頭を抱えたくなる。本当にヴォルフが羨ましい。
時間を確認しようと、ふと視線を落とすとおれのGーショックは午前2時を回っていた。草木も眠る丑三つ時って奴だろうか。体は睡眠を求めてるのに、頭は冴えていてどうしても寝付けない。
「ちょっと散歩でもしてくるか」
眠れないときは無理に眠ろうとするより、他のことで気を紛らわせる方がいいのだ。ここには漫画もゲームも無い。
ギュンター渡した教科書はあるんけど、無論読む気になれるはずがない。おれの残された選択肢は散歩しかなかった。
深夜の城内は底冷えがするように寒い。今更ながら上着を着てこなかったことを後悔した。地球と違って科学があまり発達してないので、淡いランプが灯っているだけで辺りは真っ暗だ。
…なんか幽霊とか出てきそう。
無い無い無い!!そんな非科学的なことは起こらない。
必死に頭で否定しようとしても、ここが剣と魔法のファンタジー要素バッチリの国に来ていることに気づく。幽霊は出てこなくても魔物は出てくるかもしれない。
冷たい風がひゅーっと吹き付けて、途端に静かになる。遠くからはかすかな足音が聞こえてくる。
しかも足音がどんどん大きくなり近づいてきた。今日ギュンターから聞いた血盟城七不思議が頭によぎる。
ひょっとして本当に魔物が登場!?
そう思った瞬間背後から何者かの手がおれの肩に置かれた。
「ぎゃあああああ〜〜!!」
思わず目を瞑って耳を塞いで屈み込んだ。
「大丈夫ですか?」
聞き慣れた声にびっくりして、ゆっくり目を開くとにこやかに手を差し出したのは、コンラッドだった。
ほっとしたのと情けないので涙が出てきた。
「…んも〜ほんとっ何してんだよ。こんな真夜中に」
腰が抜けたらしく、コンラッドに抱き起こしてもらった。
「ユーリこそどうしたんですか?」
いたずらを見つけた保護者みたいに顔をしかめている。
「…おれはちょっと眠れなくて…」
「やっぱり。俺はユーリの様子を見に来たんですよ。最近寝不足みたいだから」
コンラッドがおれの薄着を見かねて着ていた上着をおれに掛けてくれた。こういう紳士的なところには本当感心する。
「このことはどうかギュンターには内密に!おれまた、ギュンターに泣かれちゃうよ」
いつも言い聞かされてることだ。護衛を付けずに一人で行動するなと。昼間だったら、なるべく一人にならないように気をつけているけれど…。
「言いませんよ。しかし俺としても、ユーリが夜中に歩き回るのは好ましくない」
「ごめんなサイ…」
「とりあえず今日のところは部屋に戻ろう。部屋まで送りますから」
「はーい」
素直に返事したものの、これからどうやって夜を過ごそう…。
やはり古典的に羊を数える方法にするか?でもあれって途中で数がわかんなくなってイライラするんだよなぁ。おれが苦悩していると、いつもの温かい笑顔でおれ頭をクシャっと撫でた。
「眠れない夜は俺を起こしてください。もっとも俺には一緒に時間を潰すことぐらいしかできないけどね」
「でもっ、眠れないだけの理由で起こせないよ。コンラッドだって疲れてるだろ?」
コンラッドは護衛のほかにも、色々雑務をこなしていて、おれの数倍は疲れているはずだ。
「ユーリが夜中に部屋を抜け出す方が心配ですよ」
「うっ…わかった。なるべくちゃんと眠るようにする…ケド、本当に寝付けなくなったら、起こしに行くかも…」
「いいですよ。ユーリなら大歓迎です」
「とりあえず今日はもう寝るよ!心配してくれてありがとう!」
ちょうどおれの自室に着いたときだった。
「ユーリ、ちょっと目をつぶってくれませんか?」
「いいケド…」
目をつぶった瞬間におれの額に温かいものが降ってきた。
「良く眠れるおまじないですよ。いい夢を…おやすみなさい」
そう言ってコンラッドは爽やかに去っていった。
額に触れたものが唇だと気付く頃には、動悸と心臓の音が高鳴り、耳まで聞こえきた。
床にへたり込むと、額に手を当てる。熱まで急上昇。ほんと困る。
「何が眠れるおまじないだよ…更に眠れなくなっちゃったじゃないか〜」
そんなおれの呟きが彼に伝わったかどうかは定かではない。
眠れない夜はまだまだ続きそうだ…。
End
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