あるうららかな日曜の午後、今日は日曜のオッサンライフを決め込もうとリビングでだらだらしていた。大して面白くもないテレビ番組を煎餅をかじりながら、ぼんやり眺める。
眞魔国では何がしら事件が起こるので、こんな時間は限りなく貴重だ。親父は相変わらず接待ゴルフで家を空けていた。おふくろは日曜日におれがいるのが、嬉しいらしく、ニコニコしていた。
大抵日曜日は自分の主宰する草野球チームにかかりきりなのだが、三連休の最終日であまりメンバーが揃わなかったので、思いきって休みにしてしまった。たまにはこういう日も必要だろう。
とにかく渋谷家は一点の曇りもなく平和だった。
だからこれから起きる身に降りかかった出来事を予想出来ずにいた。
ピンポーン
チャイム音が鳴って玄関まで出ていくと、いきなり何の予告もなしに訪ねてきたのは我らのダイケンシャーこと村田健だった。
と言っても村田健という人間はいつもいきなり来る。この高校生の携帯電話の普及率が高いこのご時世におれはケータイを持ってうないからだ。それともう一つはおれの驚かせたいという理由が隠されているらしい。
「し〜ぶやっ!ハローぉ!日曜日をエンジョイしてるかな?」
「むっ村田、いきなりどしたの?」
「やだなぁ〜渋谷。親友に会うのに何か理由がないといけないワケ?」
何故か村田は妙に上機嫌だった。そういう時の村田こそ要注意だ。微妙に顔を引きつらせながら、どう対応しようかと迷っていると……。
「やだっ健ちゃんじゃないの!ほらっゆーちゃん、早く上がってもらって!」
「ああ…。ドウゾ…。」
我が家のヒエラルキーは常におふくろことハマのジェニファーが頂点だった。
ってゆーかなんで村田とおふくろがそんな親しげなわけ?たまにおれに来た電話で村田と長話をしてるのは知ってるけどさ。
「いつもゆーちゃんがお世話になってまーす!」
ニコニコしながらおふくろは村田の手を引っ張り玄関に招きいれた。
「いつも渋谷くんをお世話してまーす!」
ニコニコしながら村田はおふくろはおみやげの茶菓子を渡した。
「おいっ村田、それって普通いつも渋谷君にお世話になってます。とか言うもんなんじゃ…」
「気にしなーい、気にしなーい!おっじゃましまーす!」あとで思えば、何故ここで追い返さなかったのか、後悔が拭えない。
それでもって、村田と母さんと、それから何故かショーリまでもがおれトークを始めてしまった。おふくろったらお気に入りのマイセンのカップまで出しちゃって!
「ねぇ健ちゃん、最近のゆーちゃんってどんなカンジ?」
「いたって元気ですよ、ジェニファーさん」
「そうなのー?でもなんかゆーちゃん雰囲気変ってない?」
俺の存在をほぼ無視したままで話が進められちゃっている。ってかせめて友人がいるときくらい、『ゆーちゃん』って呼ぶのやめてくれないかなー。
「ああ、それは俺も思う」
「ゆーちゃんったら彼女でもできたのかしら?」
ぶはっと紅茶を吹き出しそうになったのはおれ。
家族でこういう話をするのは、思春期真っ只中な野球少年には恥ずかしい。
「何っゆーちゃん、お兄ちゃんに内緒で彼女なんて作ったのか!?」
思いきっり肩を掴まれた。何故かこの兄貴はおれを妹扱いしている節がある。
「何言ってんだよ、ショーリ!彼女なんていーまーせーん。」
自慢じゃないけど俺の彼女いない歴は16年目を突入したばかりだ。
そう、ここまでは良かったんだ。
「渋谷がいるのは彼氏だもんねぇ〜」
この発言さえなければ…。
ガッシャーン!
おふくろお気に入りのマイセンのカップは床にダイブ。破片と飲み残しの紅茶が散らばった。ショーリなんて口に紅茶を詰まらせている。
渋谷家に冷たい空気が流れる。いや、冷たいなんてもんじゃない。雰囲気の温度を測る機械があれば、間違えなく北極圏だ。
おふくろは目を見開いてパチクリしているし、ショーリは震えている。当の本人のおれは硬直したまま、額に脂汗を滲ませていた。
何言ってんだ。このダイケンジャー!このままではまずい…。
アイアムアホモ。
いや、おれの場合はバイかな?とにかく親兄弟にとっては、大打撃だろう。いや、一人息子じゃないだけマシ!?いやいや、まだ日本では世間の風当たりは冷たいのだ。なんかとにかく頭にエラーが発生した。再起動するか強制終了、それともキャンセル?
わけのわからない選択肢だが、おれは一応再起動の道を選んだ。
「なっなにいってんだよぉムラケンくん、笑えない冗談言うなよ〜」
ソファーの隣に座っていた村田の肩に手をポンと置いた。動揺をひた隠し、笑顔で(今は思えば完全に引きつっていた)誤魔化そうと努力したが……。
「僕がウェーラー卿のこと知らないと思ったら大間違いだよ?」
とどめをさされた。
あっちゃーー具体名だしやがりましたよ、この人!
そんなプライベートな情報どこで手に入れたんだよ。大賢者様は侮れない。
というか、本気で人を殴りたいという衝動に駆られたのは、因縁のヴォルフラムに求婚して以来だ。
直情型なおれはヒッヒッフゥーとラマーズ法を繰り返してていた。何故か落ち着くのだ。そうでもしないと震えた拳が村田に飛んでいく。
おれは我慢のスキルを手にいれた。魔王は感情で動いてはいけないのです。と言ったギュンターの言葉が思い出される。聞いた当初はギュンターこそとある感情で動きすぎだと思ったが。
ひたすらまばたきを繰り返していたおふくろの顔色がみるみるうちに変わっていく。
「素敵☆ユーちゃんったら、そんな危ない恋に身を焦がしていたのねv」
何故ーーーー!?
「ゆゆゆゆっゆーちゃん、どこの馬の骨だそいつはっ。お兄ちゃんは許さんぞ」
そっそうこれが普通の反応だ!いや、安心してどうするよおれ!!
「ちがうっだからショーリ、誤解だってば…」
あまりのショックで彼の脳内コンピューターもエラー発生だ。ガタガタ机と一緒にひたすら震えている。
おふくろは身を乗り出して、何故か嬉しそうだ。
「健ちゃん、もっーとくわしく教えてちょうだい」
心なしか、母の目が光り輝いている気がする…。昔のヒロインにありがちな星と湖の瞳だ。…って村田〜これ以上話すのはやめてくれ〜。本当にマジで渋谷家家庭崩壊のピンチだからっ!
おれの心からの願いは彼には届かなかった。もうめっちゃ嬉々としてコンラッドの人物紹介を始めてしまった。
「そーだねぇ。地球的に言えばすっごい美形ですよ。剣士で腕もたってさわやか好青年」
「剣士!?好青年!?ゆーちゃん、ママは嬉しいです!幸せになってね!」
「おふくろ、だから誤解…」
「はあ?!母さん、何言ってんだよ。ゆーちゃんがあやしい道を辿ろうとしてるんだよ。ホモだよ、HOMO!」
「なぁに言ってるのしょーちゃん!恋愛は自由なのよ!誰にも止められないわ」
どこかで聞いたよ、このセリフ。うん、確かおれの彼氏さんのおふくろさんも同じこと言ってた!?
「あああ〜〜〜〜〜だからおふくろも、ショーリも村田がふざけていってるだけだから」
ショーリもおふくろも必死のおれの訴えにも全く聞こえていないようだ。
「…だってだってショーちゃんは、全くフェンシングに興味持たなかったし、ゆーちゃんは、ウマちゃんのせいで野球少年になっちゃうし…ママ一緒にフェンシングしてくれる息子が欲しかったんだもん」
え、もう息子決定!?
結婚前提!?
「渋谷、良かったな。ジェニファーさんの了解は取れたよ」
むーらーたー!!!お前って奴は。いや良くない!良くないからっ。そんな誇らしげに微笑まないで下さい。
「そーよ。ゆーちゃん、ママ許しちゃうから今度連れてきなさい」
ああ、おふくろ寧ろ受け入れないで!!あの人本気でおれと結婚しようとするから!!
「あああああ、やはり原因はあのときのゲイ・パレードなのかぁーー!!」
「ショーリ、ゲイ・パレードって何だよ!?ああっおふくろどこ電話してんの?」
……なんだかおれの日常は地球でも平和ではないようだ。
「さっそくウマちゃんにも報告しなきゃ♪……あ、もしもしウマちゃんv」
「やーめーろーおおおおお!!!」
End?
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