【しのぶれど】
「忍ぶれど 色に出でにけりわが恋は 物や思ふと 人の問ふまで ……か」
今の心境にベストマッチしている百人一首の一首だ。平兼盛が忠見と忍ぶ恋をテーマに歌の詠み合わせで争ったことでも有名だ。思わず口ずさんでしまった。
まさか渋谷に気付かれるとはね。ポーカフェイスって得意だった筈なのにな。クシャッと猫っ毛な髪をかきあげて、机の上に体を預ける。自然と自嘲的な笑みがこぼれる。
してやられた。
自分でも秘めた想いに気付かれていたなんて。
『なあもしかして村田、好きなひといる?』
ああいるよ。
『その好きなひとって…ひょっとして…』
そう、僕は…グリエ・ヨザックが好きなんだ。
渋谷に気付かれるくらい溢れだしたこの想い。
明るいオレンジの髪に空色の瞳。
…手が届きそうでなかなか届かない。
聞き慣れた調子のノックが耳に飛込んできた。誰だかわかる。僕はこの音をいつでも心待ちにしていたのだから。
「猊下、どうなされました。具合でも悪いんですか?」
「…大丈夫だよ。そうだ、ヨザック…いや、何でもない」
そこまで振り向かずに言うと、ヨザックは、机の上に手をついて、僕の顔をのぞきこんできた。
「最近、猊下は少し様子がおかしいですよ?恋でもしているんですか」
言葉に疑問符がついていないところが腹が立つね。
くやしい。
とてもくやしいけれど、ニヤリと確信犯的に笑う君には敵わない。
しのぶれど いろにいでにけり わがこひは ものやおもふとひとのとふまで
あの人を恋しく思う気持ちを人に知られないように、じっと胸に忍んで秘めてきましたが、とうとう隠しきれずに顔色に出てしまったようです。「きみは誰かに恋をしているんじゃないか」と人に問われる程に
End
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