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あの彼が、倒れたらしいと聞いたのは丁度昼を過ぎた頃。
思い返せば、朝からあまり顔色が良くなかったのは、やっぱり気のせいではなかったようだ。
病気なんてものにはあまり縁のないように思っていたから、倒れたと聞いて、正直驚いた。

いや、かなり驚いた。


鉢屋は、買っておいた昼食用のコンビニの袋を鞄の中から取り出して、静かに席を立った。



「…悪い、雷蔵。…俺、ちょっと保健室行ってみる」
「うん、様子見に行ってあげなよ」

「……べっ、別に心配してる訳では…」
「…はいはい」


何となくそう思われるのが嫌でそう言い訳をしてみるが、実際彼が心配をしていない筈がない。

雷蔵には何故かいつも、それを悟られてしまうから厄介だ。

その通り今でも、保健室に向かう足取りが我が身を急かすように早くて、それは、校舎内を走った事のない彼に教師からの注意が飛ぶ程だった。



「…八のせいだし…」


ぶつぶつと子供じみた事を呟きながら辿り着いた保健室は結構遠く、離れた場所にあるそこへ辿り着くと、中から声が聞こえてきた。
どうやら保健医と、竹谷本人のようだった。


ガラッと音をたてて中に入ると、真っ先に白いベッドに横になる竹谷と目が合った。
彼は驚いたように目を見開いて、こちらを見ていた。


「……三…郎」

「…あら、もしかしてお見舞いかしら?」
「…え、あ、…いや」

「…二年生?…彼の後輩かな?」


保健医がそう問うのに対してとりあえず適当に答えていると、竹谷が力無い目でこちらをジッと見ていた。
少し顔も赤いし、何だか熱があるようにも見える。

ざわつく気持ちに心配してる事を自覚して、鉢屋は竹谷の方へ歩み寄った。



「…じゃあ、先生は席外すけど。…竹谷くん?いい?ちゃんと適度に抜い…」
「わあああっ!わかったわかりましたから!!」

「…そう?…じゃあ、ちゃんと寝ておくのよ」


そしてそれだけを言うと、教師は保健室を出ていった。
残された鉢屋は、竹谷の眠るベッドの隣にある椅子に腰を掛けて、昼食用のコンビニ袋を漁り出した。



「…飯は?」
「…食欲ない」

「……何、風邪?」
「……んん、まぁそんなとこ…」


コンビニ袋からサンドイッチを手に取って、パリパリと袋から取り出す。
時間が経ってしまったそれは、萎びていてとてもおいしいとは言えない。具も少ないコンビニのサンドイッチに、期待はしていないけれど…。



「…ふ〜ん、熱は?」
「……ある…かな」

「………、おい」
「……んっ、ん?」


「…お前、嘘ついてるだろ」


睨み落とすように上から覗き込むと、嘘を上手につけない彼の目は、忙しなく左右に動いていた。
竹谷の行動程、わかりやすいものはない。

食していたサンドイッチをコンビニの袋ごと置いて、もう一度彼を覗き込んだ。


「…うっ、嘘じゃねぇし!」

「……、本当の事言わねぇと……キスしてやんねぇ」

「……ごめんなさい嘘です」


その変わり身の早さに一発、デコピンをお見舞いしてやる。痛いと言う彼に、お前が悪いと返してやった。
全く、心配している自分に大して嘘をつくとはどういう事だ。



「…で?…本当の理由は?」
「……」

そうしてもう一度聞いてみても、彼は口を紡ぐばかり。
何をそこまで隠したがるのか、理由がわからない鉢屋には理解できない。

腹を下しただけなら、別にそれでいい。
昨晩ゲームのし過ぎで寝不足だったのなら、授業でもサボって寝ていればいいじゃないか。


何も、隠す事はない。

隠す必要もないのに…






「…彼、溜まりすぎなのよ」




「……は?」
「うわああああ先生っ!」


そこへ突然現れた扉の前に立つ教師の発言に、聞き返す鉢屋と雄叫びをあげる竹谷。
彼女の言った事がどういう事なのか、暫く考えて、そして理解させられた。



「…お年頃なんだから、適度に抜いてあげなきゃ」

じゃないと、悪い毒素まで溜まってしまうわよ、と。
サラッと言えてしまうのは、彼女が保健医だからなのだろうか。



「〜〜っ」
「……」

真っ赤な竹谷に、漸く隠していた理由を見つけて、鉢屋も同じように顔を赤くさせた。
それは確かに、口にもしたくない訳だ。

しかし、その理由を知ったからと言って、同じ男なのだから別に最低とは思わない。

増してや、彼とは
特別な関係にあるのだから…、性的な事にだって、興味がない訳ではない。


しかし、まだそこに一線を引いていた彼らにとって、この話題は正直困る。
竹谷が高三と忙しい時期に出会った為か、まだそういう事には至っていない。

だから、余計に気まずいのだ。



「…鉢屋君からも言ってあげてね」

ふふと笑って、彼女は何かを机の上から手に取って、再び保健室から出ていった。




残された二人の間に、流れる沈黙がとても気まずい。
互いの赤い顔が、益々恥ずかしさを煽って居心地を悪くさせた。

コンビニ袋の中の昼食も、もう食べる気にもならない。
やけに早い鼓動に、胸も腹もいっぱいだ。





「…はっ…はは…、何かすげぇかっこわりぃよな俺…」


そう言って気まずそうに笑う竹谷は、そのまま布団の中へ潜ってしまった。
きっと、彼の恥ずかしさは遥かに大きいのだろう。
それもそうだ。
きっと自分が逆の立場だったなら、同じだった筈だ。



でも…、それでも、鉢屋は納得がいかなかった。




「…お前、…我慢でもしてんの?」
「……」

ピクッと反応した彼に、鉢屋は気になった事を聞いた。



「……抜いたり…してねぇの?」

普通、年頃ならばあって当然の事だ。アダルト雑誌やAVなど、いくらでも欲を満たすものはあるのだから。


「……受験で余裕ない…とか?」

それでも、そんなに切羽詰まっているようには見えなかった。
いつも楽しそうに笑っていたし、何も心配する事はないと思っていた。


しかし、今日みたいに
自分の知らない所で彼が突然倒れたと聞かされて、本当に心配した。
顔を見るまで落ち着かなくて、声を聞くまで安心できなくて。


だから、改めて気付かされたんだ。

自分が如何にどれだけ、彼の事を想っているのかを…





「……、三郎…が」
「……え?」

「……三郎…が……浮かぶんだ」


布団の中から、竹谷の籠もった声が聞こえた。



「……だめ、なんだ俺。…三郎じゃ…ないと」
「……俺?」

「……、エロ本見たってAV見たって…もう全然満たされねぇんだ」



浮かんでくるのは全部、どれも三郎の姿だから…




だから彼は、それを鉢屋に対して申し訳なく思っているのだ。そのせいで、汚してしまうようでそれが怖くて、だから我慢をして。



「………」
「……ごめん。…ごめんな、三郎。……こんな…男で」


必死になって謝る彼の姿を目にして、漸く、はっきりとした。
引いていた一線が、如何に重くて大切なものなのかを。

そしてその線を、きっと二人が共に理解し合わないと無くす事はできないのだ。



馬鹿、みたいだ。
何も、それは嫌な事ではなかったのに…。

二人して、知らないうちに逃げていたなんて。




「……八」
「……」

「…出てこい」
「……」


「……出てこないと、…キスしてやんねーよ?」



耳元でそんな事を言ってやると、やはり素直な彼は、何とも情けない顔をさせて布団の中から出てきた。


「……さぶろぉ‥そんなん言われて俺が我慢できる訳ないだろぉ」


格好悪く、半泣きでも、姿を現す事しかできない彼に鉢屋はクスと笑って、お約束通り彼の唇へと口付けてやった。


「…‥ん」
「……っさぶ‥ろ」

ちゅ‥と音をたてて、情けない彼の頬を撫でてやりながら唇を離した。

まるで甘える子供のような彼を、少し呆れながら、それでも愛しさは次から次へと溢れ出てくる。


全く本当、年上とは思えないけれど。




「……三郎、もっかい」
「……調子のんな、ばか」

だから、頬で我慢しろと、もう一度音をたててそこへ唇を掠めた。
それでも幸せそうな竹谷の事だから、十分なのだろう。






「……なぁ、…八」
「…うん?」


時に人は、気持ちを伝える事にも躊躇ってしまう事がある。大切な事なら尚更、踏み越えなければならない事なら尚更だ。

しかし、そこを踏み越える事で得るものはきっと、二人にとっての幸せに繋がる事だから…。


だから




「……我慢…‥する事…ないし」
「……え?」


例え恥ずかしくて、仕方のない事だとしても



「…だっ‥だから!……我慢する事…ない」
「…三‥郎」


「……俺は、…‥俺は…ちゃんと…‥」



八と、繋がりたいって…思ってる





もう、一人で我慢なんかする必要はない。
一歩一歩が例え大きくても、それを君と、ゆっくり少しずつ歩いていけるのならば…

きっとそれは何も、恐れる事ではないのだから…。





やがてソッと重なり合った手と手
それはお互いを想うように熱を帯びていて…


「…三郎」
「…っん…‥」

「…‥三郎が…、欲しいよ」


そして再び重なる唇はさっきよりもずっと熱く…それはとろける程に、甘い味がした。







≫昔なんかの漫画で、ちゃんと抜いてなかったせいで身体悪くして倒れたって話を読んだんですが…あれ嘘かなぁ(笑)何か忘れられないネタです
しかし何か最近ヘタレ竹谷ばっかですみません(笑)そんな竹谷が好きなんです…
でも次は竹谷男前にしてあげたいな〜








あきゅろす。
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