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静かに開けた扉の向こう側で、優しい春の日差しに誘われるようにコクコクと頭を踊らせる彼の周りには、たたみかけの洗濯物が散らかっていた。
どうやらまだ、半分も片付いていない様子だ。

しかしそんな光景を見ても、彼の事を心底愛してしまっている自分では、やっぱり心擽られずには居られない。
見てみると、一定の間隔で頭を踊らせる彼の目の前には、フカフカに干されたばかりの白い布団がある。きっとすぐにでもそこに身を預けたい筈なのに、それをしないでいるのは、僅かな理性が働いているからなのだろう。



「…ははっ」


卒業間近の課題で張り詰めていた筈の気も、面白いぐらいに緩んでしまった。
くすくすと笑いながら竹谷は、揺れ動く彼へと歩み寄る。


もうすっかり、世間は春に移り変わっていた。




「…三郎」


隣に腰を下ろして、覗き込んでみる。

寒い冬を越え、漸く訪れた春。鉢屋の好きな、季節だ。



「ん〜…」
「…ふ、凄く眠そうな」


と言うか、それではもう殆ど夢の住人ではないか。
ふわふわとしている茶色い癖っ毛を、優しく撫でて笑った。


「…三郎の毛、ふわふわ、暖かいな〜」

春の日差しを沢山浴びて、それはとても心地が良い。
擦り寄ってくる猫のように、竹谷の大きな手を受け入れる仕草が、彼の口元を緩ませた。

こういう瞬間が、何よりも、自分に癒やしを与えてくれる。



何だか急に、全てを投げ出したい気分になった。
散らかった洗濯物達を見渡して、どうせ、このまま頑張ったって、これらもなかなか片付きはしないだろうから…。


だったら、このまま

それもたまには、いいじゃないか




「…三郎、おいで」
「…んわっ……ん〜…」


眠気を含んだ鉢屋程、素直で扱い易いものはない。
竹谷の体温を好む彼にとって、今のこの状況は幸せ以外の何物でもない筈だ。
珍しく腕の中で静かな彼は、竹谷の体温に誘われるように、半分も開いてなかった目をゆっくりと閉じた。

ならばと、せっかくの干したての布団がすぐ目の前にあるのだから…このまま、身を預けちゃうのも良いだろう。

色々しなくちゃいけない事も、たまには全部忘れて。



「布団にダ〜イブ!」


驚いて一瞬パチリと目を開いたが、結局体温と、暖かい布団のせいで、意識は浮上する事なく落ちていった。


「…ヤバい……まじ…寝…る」
「…うん?…いいじゃん、このまま…」
「…でも……洗濯物…と……あと…」
「…いいから、ほら、おやすみ」


前髪を掻き分け、そこに優しく口付ける。そこで、もっとなんて事を彼が口にする筈はなかったが、こういう時の彼には、愛情を与えれば与える程素直にそれを受け入れてくれる。
例えば、何度も頭を撫でていると、まるでそれに喜ぶ猫のように、スリスリと身を擦り寄せてくる。

竹谷には、そんな一つ一つの彼の仕草が本当に愛おしくてたまらない。


幸せだ。
春の日差しに照らされて、竹谷は心からこの瞬間をそう思った。


やがて彼の瞼も、すっかり眠りについてしまった恋人に遅れて、次第に重くなっていく。


「…おやすみ」

眠る彼にそう囁いて、ゆっくりと流れる午後の休日に意識を預けた。












明るかった日差しは、やがて薄暗く、夕闇に変わる。
ゆっくりと目を開けた時には、部屋の様子はすっかりと変わっていた。

かれこれ、三時間は寝てしまっていたようだ。

鉢屋を起こさないよう、ぐっと伸びを一つして時計を見あげた。



「…やべ、夕飯……材料何かあったっけ…」

寝てしまってから気づいたが、そういえば冷蔵庫に何もなかった気がする。
竹谷は、やっちまったと言った顔で、それでもまぁ仕方ないと笑いながら腕の中の恋人を覗き込んだ。


本当に、良く眠っている。
そんな彼を起こしてしまうのはちょっと可哀想と思われるかもしれないが、このまま寝続ける訳にもいかない。



「…三郎」
「……」
「お〜い、三郎〜」
「……ん〜…」


ムニッと頬をつねる手を、その表情は不機嫌そうに応えた。
閉じていた瞼を重苦しそうに開けて、何度か泳がせた視線でやがてこちらを見上げてくる。何だよ、と。



「…おはよう」
「……」
「…あ、かわいくないな〜」
「……ん〜…るさい」


眠る前と起きた後では、こうも態度に差が出る。甘える事を全くしようとはせずに、睡魔を邪魔しようとする存在を押し退けようと、グイグイと竹谷の身体から離れようとする。何かと言えば、不機嫌になる一方なのはよく知っている。
しかし、そこで折れないのが竹谷でもあるのだ。かわいくないという鉢屋を、こんなにもかわいいと思ってしまっている彼なのだから。

完全にソッポ向いてしまった背中が、やがてウズウズと悪戯心を生んだ。
まるで仕掛ける子供のように、一人楽しそうに笑う竹谷の事を、一体誰が優秀な大学生だと思うだろうか。


否、きっと大学生なんて、まだまだ中身は子供なのだろう。




「…三郎〜」
「……」
「……起 き な い と…」
「…ん〜」


「こうだぞっ!」



まだまだ楽しい事が好きで、小学生みたいな事で喜んで、笑って。




「っ!?ちょっ…うははははっ!やめっ!」


その笑った顔が、たまらなく愛おしくて。
馬鹿みたいにじゃれ合っては、その瞬間を心から楽しんでいる。

大人になんか、ならなくてもいい。
ずっと君と、子供みたいに心から笑い合っていたい。

そう、思う。




「参ったか!」
「はぁ…、もっ、お前…」
「ははっ、起きる気になったか?」
「……ガキ」
「……あ、そういう事言う奴には…」



もう一回擽るぞ!何てニヤリと笑うものだから、鉢屋は直ぐ様逃げるように起き上がった。
しかし一歩相手の方が早かったと気付いた時には、動きを封じられていた。
嬉しそうに笑う彼が、心底憎たらしい。

その上まんまと裏を返されるのだから。



「わ〜!やめろっ」
「…へっへっへ〜、…覚悟しろ!」


「ちょっ…、…っ!」


そう言って覆い被さってきた彼の唇は、息のあがった彼のそれに容赦なく重なった。


「……はぁっ、…おまっ…いきな…り…っん」

待ち構えていたものと違って、まだ脳がうまく働かない彼にはそれをされるがまま受け入れる事しかできない。
しかし何度も柔らかな唇が触れ合う度、強張っていた筈の力は次第に抜けていく。


子供でありたいと、しかし彼らの知っている事は、もう子供と一緒ではない。
こうして触れ合う喜びを、愉しみを、快楽を、どこかでいつも求めている。

人は、ずっと子供のままでは居られない。
欲しいと思う、その欲を知ってしまったら。




「んっ…、はぁ……このアホっ…」
「…ごちそーさん」


ヘラッと笑う彼の頬をつねり、鉢屋は身体を起こした。変な起こされ方したせいか、やけに身体が重い。
相変わらず撫でてくる手を、一々払い退ける気にもならず、彼の方を見た。


「…ん?どうした?」
「…いや、別に」

「……何、続き、してほしくなった?」



思いっきり竹谷の頭を叩き、そのまま立ち上がる。彼の嘆く声と、散らかった洗濯物はそのままに。

しかし、鉢屋の性格は、彼と一緒に住む事で変わったのだ。


「…出掛けてくるから洗濯物よろしく」
「へ!?どこに!」

「……食材買い足し!どこぞのバカがいっぱい食うから!」


だから冷蔵庫空っぽだろうが。
そう言って何故か真っ赤な彼を、竹谷は緩みきった顔で笑った。


ならば言う通り、彼の帰りを待つ事にしようか。
きっと喜ぶ物を、作ってくれるに違いないから。


出掛ける彼を見送ろうと、立ち上がる。
きっと、その頃には、この散らかった洗濯物も片付いている事だろう。



寝ぐせのついた後姿に、少しだけ笑って


「…できた嫁さんだよ」


そんな事を呟きながら、後ろを追い掛ける足取りは弾むように軽かった。







≫またもや締まりのないまったり〜な甘甘になりました(*'ω`*)
そして最終的に嫁さん発言をさせたかったんです(笑)







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