いつの頃だったか、道端で弱っている犬を拾ってきた事があった。元々そういう事を見過ごせない性格の竹谷は、犬を抱え、まるで同じように耳を垂らして、玄関先から共に住む相手を遠慮がちに見上げた。 「……駄目?」 「……捨ててこい…」 「…!…さぶろぉ…」 「…つっても、どうせまた連れて帰ってきちまうんだろうが」 彼の、弱っているものに対する情は相当熱いもので、それは勿論、彼のいい所であり、鉢屋もそれを十分に理解していた。 しかし、今月に入ってからこれで何度目だ。 その度に貰い手を探し歩く苦労も相当なものであって、決して嫌な訳ではないが、いい加減控えて欲しいものだ。 「…はぁ、また貰い手探しかよ」 「……いや」 「……ん?」 「…こいつは、うちで飼う」 理解に少々の時間を要した後、本気らしい彼と、話し合いになだれ込んだのは言うまでもない。 しかし今となっては、あれも、一つの出会いの運命と言うやつなのだろう。 そしてその日、二人だけの家に、小さな家族がやって来たのだ。 今の季節は、冬。 冬真っ只中で、外は一面の、銀世界と言うのだろうか。真っ白な雪が、世界を一色に染め上げていた。 綺麗、だと思う。 しかしそんな中で、それを諸ともせずに走り回る生き物を見て、鉢屋は心底理解できない表情を浮かべた。 寒くないのか、手足は冷たくないのか、正気か、と。真剣にそんな事を投げかけてしまう。 しかし、走り回る彼には、心配無用のようだ。 揺れる尻尾が、その喜びを最大限に表していた。 「おお!積もってんなぁ」 「……寒い」 カラカラっと扉をあける彼が、今は頗る憎い。 一気に冷たい空気が部屋を吹き抜け、ぶるっ‥と身体が震えた。 しかし笑顔の彼にも、それは関係ないようだ。 「…ははっ、じゃあこうすれば平気だろ?」 「…おわっ!…ちょっ……はな……せ…」 「……ぷふっ、身体は正直だなぁ」 突然隣から抱き締められ、抵抗をするつもりが、この寒さでは彼の暖かさはある意味反則だ。 これでは、離すに離せない。 「……ふんっ…何とでも言え」 「くくっ、か〜わいい」 「キャンキャンッ!」 「…おっ、サブローは元気だなぁ」 「…おい、だから、サブローはやめろって…」 「キャンッ!」 「ははっ!お前はもうサブローだもんな〜」 「……」 通じ合っているのか、嬉しそうな彼らに鉢屋はそれ以上何かを言う気にもなれなくて、竹谷の腕の中で小さな溜め息を吐いた。 (…八の方がずっとそっくりだと思うけど) 彼の意向でそう呼んでいるが、何だか複雑な気分だ。 犬と一緒って…。 「だってさ、可愛いじゃん」 額に落ちた口付け先から顔が熱くなるのを感じて、鉢屋は急いで彼の腕から逃げた。 心臓が、煩いぐらいに動き出す。 彼の突然の行動には、相変わらずドキドキさせられるばかりだ。 「…あ〜あ、残念」 「……もういいっ、…十分暖まった」 「……よし!んじゃ、雪遊びでもするか!」 「……は?」 思わず、耳を疑った。 雪遊び…? この、クソ寒い日に…? しかし、竹谷はと言うと、鉢屋の言葉も待たずにそのまま小さな庭へと出て行ってしまった。 これでは、どちらが年上なのかわからない。自分よりもずっと、彼の方が若い気がする。 「……ほんとに優秀な大学生かよ」 その反した子供っぷりからは、とてもそうには見えない。しかし、まぁ、将来は有望な、獣医になれるそうだ。 彼の友達から、そう聞かされた。 「……まぁ、ぴったりだ」 サブローと嬉しそうにじゃれ合う竹谷を見て、鉢屋はそう呟いた。 彼の優しさは、活かされるべきだと思う。 「お〜い三郎!早く来いって!」 銀世界の中で手を振る彼の笑顔は、何ものよりもずっと輝いて見えた。 仕方ない。これも、惚れた弱みだ。 「……後でしっかり暖めてもらうからな…」 寒い筈なのに、頬が熱い気がするのは…。きっと、彼のせいなのだ。 冬の冷たい空気が、ほんの少しだけ、心地よかった。 「…わっ!こら!」 「キャンキャンッ!」 「ははっ!三郎も遊ぼうだってさ」 「…ふっ、何だよそれ」 そうして初めて、苦手だった筈の冬空の下で、鉢屋が楽しそうに笑っていた。 ≫ここ数日の寒さと、のっさんの住む街に雪が降ったと聞いて浮かんだ話でした(笑) わんこサブローは丸っこくて元気な柴犬だといいな^^ |