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ふ‥と目を開けたその先には、見慣れた天井があった。
何も考えられないまま、数回の瞬きを繰り返す。

カーテンから差し込む陽の光が、まだ外は昼を過ぎた頃なのだと教えてくれた。
そんな時間に、しかも平日のこの時間にこうして寝ているのはおかしい。
働かない頭で、何とかそれだけを絞り出す。


しかし、身体が思うように動かないのは何故なのか…。



「…っ、う‥」

何とか重い身体を動かそうと、力を入れた。が、急激に襲った目眩が全身からその力を一気に奪っていく。
口から出た息が、まるで火を帯びたように熱い…。



「…っ、あ‥れ」


何が自分の身に起こったのか。
しかし思い返そうにも、それを嫌がるように頭痛が襲う。



確か、仕事に行って…

それから…、それから…




やはり、その先がどうしても思い出せない。




「……、起きたか?」


すると、気がつかなかったが、ずっとそこに居たらしい彼が隣から静かにそう問い掛けてきた。
驚く気力もなく、何とか少しだけ顔を動かして視線をそちらに向けた。


彼の表情は、珍しく、とても優しいものとは言えなかった。
まさしく、怒っている事がすぐにわかった。



「…は、…ち」
「……気分は」

気分…?
確かに、そう問われると今の気分は最高に悪い。


「…っ、わる…い」

言葉を発する事すら難があったが、何とかそれだけを絞り出す。
すると、隣に座る竹谷が、本人にも聞こえてしまう程の溜め息を吐いた。



「……お前さ、だから今朝休めって言っただろ」
「…っ?」
「…凄い熱。…お前、店先で倒れたんだよ」
「……倒れ…た…?」


そんな記憶は全くない。
…が、確かに今朝の記憶もない。
仕事先に向かった事は覚えているが、朝から体調がもの凄く悪くて…

そして…、それから…



『三郎、今日は休め』
『…いや、大丈夫…だから』
『大丈夫じゃないだろ、しんどいんだろ?』
『…平気だって、…それに、今日は人足んねぇから…』



そうだ



そうして、玄関先から更には門の外でまで竹谷が止めようとしていたのだ。
それを自分は、聞かずに仕事先へと向かったのだ。



「……」
「…だから、休めって言ったのに」
「……それ…は、…っ‥ゲホッ…ゲホッ…」
「…それを聞かなかったせいで、倒れた挙げ句に色んな人にも迷惑かけたんだぞ…」


最もな話だった。
聞けば、店の中で倒れたらしい。スタッフだけではなく、お客にまで迷惑をかけた事になる。

確かに、全てが自分の体調の管理不足と、彼の今朝の言葉を聞き入れなかったせいだ。
そのせいで、余計な迷惑をみんなに掛けてしまった。


何とか起き上がろうと、しかしその身には力すら入らない。
今の自分の状態で、一体何ができると言うのか。だが、寝てはいられない。そんな気持ちにさせられた。


申し訳なくて
いい歳をした自分が、とても情けなくて…



「…はぁ、いいから寝とけ」
「…っ…は‥ち」
「ちゃんとスタッフの子達にも休ませるように言われてるから」



こんな呆れた顔をするのも、十分に納得できた。

一緒に住むようになって、なるべくならば彼には負担を掛けたくない。些細な事でも、彼には…


しかし、この有り様だ。



「…寝とけよ、ちゃんと」
「…は‥っ‥」


それだけを言うと、竹谷は立ち上がって、扉の方へ向かって行った。



違う…、俺は、ただ負担になりたくなくて…
家計に決して余裕がある訳でもなく、少しでも働いて、そしてこの先もずっと…



ただ、ずっと一緒に居たいから…





カチャリと静かに扉を開け、もう一度だけベッドの方に視線を戻した。
辛そうな鉢屋が、眉を潜めてこちらを見ていた。



そして…、竹谷はその足を止めた。



「……三郎」
「……っ」


久しぶりに、それを見た気がする。
辛そうな彼の、虚ろな目元から零れた一筋のそれは、竹谷を驚かせるには十分だった。


竹谷は、ふぅ‥と息を吐いた後、少しだけ表情を和らげて、元居た位置に戻った。




枕元に座り、大きな手でその涙をソッと拭ってやる。
前髪を優しく撫でてやれば、少し彼も安心したように息を吐いた。

そして竹谷は、漸くいつもの顔で困ったように笑った。



「なぁ、三郎。…俺はさ、人に迷惑掛けた事を怒ってるんじゃない。…お前の身体が心配だから、無理をした事に怒ってるんだ」
「……」
「例え風邪の一つでも、大事な相手の事なら心配して当然だろ?」


また、ポロリと涙が零れた。
言葉でなくとも、その涙が教えてくれた。


ごめん、そして


ありがとう、と




病は、こうも人を弱く、素直にさせるものなのだ。




「…ふ、三郎ってさ、結構子供なとこあるよな」


小さく笑ってそう言うと、少しだけ拗ねたような表情がこちらを見上げてきた。
そんな子供みたいなとこが、可愛くて仕方ないのだから…もっと、素直に甘えてくれていい。

竹谷は、そう思う。



「…何か、食うか?」
「…いらな‥い」
「じゃあ、何かして欲しい事は?」


「……」


「……ぷっ、わかったよ」


竹谷の手に、重ねるようにして置かれた手に込められた意志を理解して、竹谷はゆっくりと身体を沈ませた。



「側に居てるから、ゆっくり寝ろ」



そうして口付けた彼の額は、いつもよりもずっと、熱かった。







≫久々の竹鉢は定番の風邪ネタでした^^皆さん風邪(インフル)には気をつけて…!








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