仕事の帰り道にあるスーパーで、鉢屋はいつも買い物をする。安く良質であると、近所の主婦の間でも評判だからだ。
彼も気に入って、毎日のように利用していた。
何食べたいって言ってたっけな、と、一つ屋根で一緒に暮らす相手の、朝方の言っていた事を思い出す。
確か…
よし、と、決まれば慣れたもので、あっという間に買い物は終わる。
これが、仕事帰りのいつものパターンなのだ。
スーパーの袋を片手に相手の待つ家へと帰る鉢屋の心の中は、何時しからか、とても満たされていた。
そう、もう、ずっと前から…
そんな事、あいつにはまだ言ってやらないけど
…とりあえず、顔が仄かに赤くなっていた事は、空に浮かぶ夕日のせいにしておこう。
家に辿り着いて一番、扉を開けて鉢屋はギョッとした。錯覚で、本当にそう見えてしまった程に。
「……お前は犬か」
「へへっ、おかえり、三郎」
まるで留守番させられていた犬のように、玄関で嬉しそうに出迎えてくれた。彼の耳は、それこそ動物並ではないだろうか。僅かな足音や、鍵の音もキャッチしてしまうのだと自分で言っていた。
鉢屋は、若干呆れながらも、それが本意ではなく、本当はもの凄く嬉しいのだと自覚している。ただ、それを素直に言い表せられないだけで。
「お疲れ」
「…ん」
二人の間には、いつも言葉が少ない。竹谷はそうでもないが、鉢屋があまり話すタイプではないからだ。
しかし、竹谷はこの静かな一定のリズムが好きだった。気を張らないで、全部を許せる相手だからこそ、今もこうやって一緒に居られるのだ。
「…何」
「ん?鞄」
「……嫁さんかよ」
それでも、持っていた鞄を渡す。甲斐甲斐しいまでの彼に、何だか全身がくすぐったくなりそうだ。
「…嫁さん…か」
「……」
「…でもさ、俺らの場合だったら、嫁はお前だろ?」
「……ばっ…、例えだ例え!」
言った後で、それが恥ずかしい事だったと気付く。
にやにやと笑う竹谷からわざと顔を背けるが、その頬や耳は赤い。
男同士である以上結婚はできないが、それでも今のお互いの関係上、意識してしまうのは当然だ。特に鉢屋の方は、そういう事に対しての意識も大きい。
生まれ持った性癖のせいで、恋愛では辛く痛い思いばかりをしていた彼にとって、竹谷は初めて自分を心から受け入れてくれた相手だった。
手を繋ぎ、抱き合ったり口付けを交わしたり…、そんな、些細な事も欲しいだけいつも与えてくれた。乱暴にでも、嫌々にでもない。
それはいつも、優しさと愛で溢れていた。
鉢屋は、それこそ泣いてしまいそうな程に…、今の日常を嬉しく思っているのだ。
「…三郎」
「…何」
「……俺は、例えだとは思ってないから」
靴を脱いで玄関に上がって、自分よりも少し高い彼と向き合う。
その彼の目が、あまりにも優しく微笑むものだから…反らせなかった。
「…もっと俺が、一人前の男になったら…さ」
「……」
「……三郎、貰うから」
今よりもっと、ちゃんとお前との関係を持ちたい
結婚、できないのであれば、できる場所を探そう。周りが、誰も祝福してくれなくたって構わない。
俺の幸せは、いつだって隣に、三郎が居てくれる事なのだから…
身体が動かないまま、何故か心臓はやたらと煩いぐらいに鳴っていた。
そして、何故だか…目の奥が、もの凄く熱い。
ああ、こういう時、何も言えない自分が本当に嫌だ。
幾らでも、言いたい事はある筈なのに…。
「……ば……ば‥か…、じゃ、ねぇ…の」
そんな事しか言えない自分が、本当に本当に嫌だ。
こんなにも、やっと、自分を受け入れてくれる人が現れたと言うのに…
何だって自分は…
「……ふ、三郎」
泣くな、
触れられた目元に、彼に言われてから初めて気がついた。今にも零れ落ちそうに、涙が溢れていた事を。
彼と出会い、日を追う毎に涙腺が弱くなる一方だと…言ってやりたかった。
昔は、こんな風になんて泣いた事なかったのに…。
髪をくしゃりと撫でられて、その反動で涙が頬を伝った。
もう隠す気にもなれなくて、そのまま拭ってくれる指に甘えた。どうせ暫くは、止まりそうにないのだから、と。
「…、可愛い」
「……もの‥好き…っ」
「…そう?…、」
額を付け合わせて微笑むと、涙に濡れた目が恥ずかしそうにこちらを睨みあげていた。
引き寄せられるように口付けを交わし、何度もそれを味わって。
そして、おかえり、と、囁いて。
もう一度、愛しい唇にそれを優しく重ねた。
「 」
伝えたい言葉を、今はソッと飲み込んで…。
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