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耳元で流れる静かな音楽は、満腹になったこの午後の時間にはうってつけのBGMだ。最近彼のお気に入りでもある、とある洋楽アーティストの歌。
空一面に広がる青空の元で、誰にも邪魔をされずに口ずさめるこの時間が鉢屋は好きだった。


「…ふわぁ」

眠いな。
欠伸を漏らすと、うっすらと目に涙の膜が張った。
日頃からやる気のない目元は、もう半分すら開いていない。


「…あと…20分か」

顔の横にあった携帯を開き、この時間の終了時刻までを計算してまた再び携帯を閉じる。



敢えてアラームを設定しないのは当然、次の授業には出る気がないからだ。


確か、数学だ。だったら、問題はないだろう。


鉢屋は、寝転がった状態のまま、徐々に狭くなっていく青色を最後にゆっくりと目を閉じた。





「…あ、やっぱりここか」

汚れた立ち入り禁止の文字を素通りして、錆び付いた重い扉をギィィ‥と押し開ける。
途端に視界が明るくなり、竹谷は手で影を作って顔をしかめた。

今は、生徒を立ち入り禁止にさせている屋上。
数歩進んで、ゆっくりと空を見上げる。雲一つない晴天を拝めたのは、結構久しぶりな気がする。やはり、気持ちがいいものだと竹谷は小さく笑った。




昼の終了時刻に起きる気がない事など、すぐにわかった。鳴らないアラーム音と、チャイムの音を聞く気がない両耳を塞ぐイヤホン。彼の事だ。音量を最大にしているのだろう。


「…ったく」

気持ち良さそうに眠る身体の横へしゃがみ込み、少しクセのある茶色い髪の上に手を乗せた。

「…おい、三郎」
「……」
「おーい、三郎くーん」
「……ん、…ンだよ…」

心地良い睡魔を邪魔されて、鉢屋は目を閉じたままのし掛かる手を払いのけようとした。
この手を、彼はすぐに誰のものかが理解できた。

だって、いつもすぐにこうやって、クセのように髪を撫でるのだから。

馬鹿みたいに温かい手で。


「…このサボリ魔」
「……も…はな…せっ…て」
「……いてっ…」
「……」


「………おい、お前…そんな態度してっとちゅーすんぞ」


今のも、眠る彼の耳には届いていないはずだ。イヤホンから漏れる、最大音量で本当に眠る気があるのだろうか。
ペチンと払いのけられた手を宙に浮かせながら、竹谷は若干つまらなそうに眉を寄せた。
自分だとわかっているはずなのに、目すら開けようしないその態度が何だか気にくわない。


「…こんにゃろ」

小さく、呟いた。
眠る彼の、綺麗な首筋や、シャツたった一枚の間から覗く肌には微かに汗が滲んでいた。

ムッとしたその苛立ちは、視界に広がるそれらによってやがてそのまま悪戯心へと変わっていく。



「……ほんとに、するからな…」

胴体を被せるようにして顔を覗き込む。影となった顔は、それに気付きもしないで目を閉じていた。


半開きの唇に、竹谷は誘われるようにして自分のそれを遠慮なしに重ねた。


「………っン…!」

大袈裟に反応を見せた身体は、途端にジタバタと暴れ始める。ぐっと力を込めて竹谷の肩を押しやろうとしても、全く動かない。

この力の差は、一体何なんだ。


「……ンー!…っは…」
「……、ごち」
「……おまっ…、今…舌入れた!」
「だって、唇が誘ってたから」

ニヤリと歯を見せて笑う。
作戦通り。彼の見開いた両目には、笑う彼の姿が写っていた。



「さっ……、はぁ、…何だよその笑顔」
「…ん?」
「……むかつく、超むかつく」


上半身を起こし、体制を立て直す。
何だか、無性に仕掛けられた事が気にくわない。


八のクセに…



「お前が寝てんのが悪い」
「……何、構ってほしかったって?」
「……さぁな」

目を伏せて一つ小さく笑った竹谷は、よっと立ち上がって少し進んだ先のフェンスに手を掛けた。

空を見上げると、その先は、どこまでも続く広さだ。
不安も、軽蔑も、汚い感情を全て消し去ってくれる。そんな気がした。


俺たちを、きっと笑って受け入れてくれる…

そんな…




「…うぉっ!……三郎?」
「…何だよ、こうしてほしかったんだろ?」
「……不意打ちすぎやしませんか」

ドンっと背中に当たった衝撃へと顔を向ける。
抱きつくと言うか、しがみつくと言うか。

あまり色気のある行動ではなかった。



「…ん、…八…お前、暑い」
「……うるせ。体温たけーの俺は。…暑いなら離れたらどうよ」


「……いやだ」

しかし、何だってこんなにも可愛いと思ってしまうのかは、きっと…、否、確実に自分にしかわからない事なのだろう。

この、シャツをぎゅっと掴む鉢屋の手は、竹谷が最大級の愛を彼に注いでいる証だ。


他の誰にも許されない、そういうものだ。



「…くくっ、可愛いねー」
「……もっと可愛がれよ」

「……当然だろ」


後ろを向くと、心底嬉しく楽しそうな顔が、こちらを見上げていた。
まだかと、誘いをかけるように。



だから


生意気な奴め、と。

汗で滲む首筋に一つ、噛みついてやった。







≫竹鉢現パでした(*^▽^)==3こっそりN師へ(笑)







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