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部屋に戻り、頭に覆い被さるタオルでガシガシと濡れた髪を拭き取る。風呂からあがった竹谷は、ベッドの上に座り込んで一息ついた。
何分自分には、手入れと言うものが苦手らしい。そのせいで、髪は可哀想なぐらいに傷んでいた。もっと労ってあげてと言われてはいるのだが、はっきり言って面倒くさいのもあるので仕方がないのだ。



「…ん?」

タオルを肩にかけ、不意に机の上に置いてあった携帯がチカチカと青に光っているのが目に入った。
竹谷は立ち上がって、髪を気持ち程度に拭きながら携帯を開いた。


「…お、兵助」

どうやら、メールの相手は、彼女だったようだ。竹谷は、それだけで頬が緩むのを抑えられない。
ほぼ毎日のように会って、周りからはバカップルとまで言われる程の仲の良さなのだから、メール一つだって堪らなく嬉しい。



「…はちは、今暇?か…」

こんな一言のメールですら、打ってる姿を想像してみると可愛くて仕方がない。
それぐらいに、竹谷は彼女にぞっこんなのだ。



「…兵助の事考えてたから、暇ではないな」

冗談ぽく笑いながらも、そのままの事を打ち込み送信ボタンを押す。
今のこの常に緩んでいる顔を家族に見られでもしたら、絶対に気持ち悪いだとか言われるに違いない。




「…お、きたきた」

すると再び、携帯に返事が送られてきた。



“…もう、ばか”


「……やべ、可愛すぎ」

もうこれだけで、軽く何杯でもご飯が食べられる。

きっと、ちょっとだけ赤くなって唇を尖らせて…
でも、必ず、俺の服をきゅっ‥と掴むんだ


「だあああ可愛い…!可愛すぎるだろ!」

携帯片手に、ジタバタと悶える竹谷。端から見ると、非常に気の毒な子だと誤解されるかもしれないが、それでいいのだ。彼自身は、幸せなのだから。




―――ピロリン♪


「…ん?」

すると、再びメールが送られてきた。
開いてみると、それも彼女からだった。



“…でも、そっか…。はち、暇じゃないんだ…。

わかった”



「……!?いやいやっ…」

この、まるで“じゃあいいよ”と終わらされたようなメールに、思わず起き上がって賺さず彼女の番号を押した。

きっと、自分に用事があったに違いないのに…。




『…もしもし?』
「あっ、兵助!」
『…どうしたの?』
「俺っ、暇だからな!?兵助の事考えてたのは本当だけど、暇だから!」


勢い良く言い切って、息を切らす。何とも、間抜けな姿だ。



『……ぷっ、あははっ』
「…へ、兵助?」
『…そんな、必死に言わなくてもいいのに…あははっ』
「…うるせ」

思わず熱くなる頬に、今更、恥ずかしさが込み上げてきた。
どうも自分は、彼女の事になると余裕と言うものがなくなるらしい。それも、今に始まった事ではないのだが…。



『そんなはちも、好きだけど』
「…う…///」
『ふふ』


何だか、少し馬鹿にされたような気もしないでもない。が、実際にそうなのだから仕方がない。

嬉しい反面、恥ずかしさもあって、竹谷は涼しい風を求めて窓のカーテンに手を掛けた。



「…で、どうした?俺に何か用あったんだろ?」
『ん?あ、そうそう!実はさ…』


カーテンを開け、カラカラカラ‥と窓を開けると涼しい風が身体を通っていった。昼間は温度が高くても、夜の風はとても気持ちが良い。

目を細めて、それを感じた。


そして、不意に視線を下に移して


竹谷は、驚いた。




「……へっ、兵助!?」
『……あ、…えへへ、きちゃった』

何と自宅の門の前には、彼女である久々知の姿があったのだ。
下から見上げる彼女は、手を振って笑っている。

竹谷は、驚きの余りに足を椅子でぶつけたが、そんな事はどうでもいい。痛みに構っている場合ではない。

凄い勢いで階段を降り、母親の声も無視して、辿り着いた玄関のドアを開けた。



「…兵助!」

「…あ、はち……ひゃっ!」

嬉しそうに笑う久々知を、竹谷は勢いに任せて抱き締めた。
竹谷よりも頭一個分背が小さい久々知は、それに驚きながらも腕の中ではやはり嬉しそうに笑っている。


「…はち」
「この馬鹿!…今何時だと思ってるんだ!」
「……だって…」
「危ないだろ!?…もし何かあったら…」
「だって!…だって……会いたくなったんだもん…」


ぎゅ‥と抱きついてくる久々知の髪からは、シャンプーの良い香りが漂っていた。まだ少し湿っている。

降ろされた綺麗な髪に、薄めの生地の白いワンピース。誘うような甘い香り。


本当に、何事もなくて良かった。こんな無防備な姿、夜の街では襲われたって文句は言えない。



「…俺だって、すげぇ会いたかったよ。でも、これからは、俺が会いに行く。来てくれるって言うんなら、迎えに行くから…」
「……心配した?」
「当たり前だろっ」
「……ごめんなさい。…ん、わかった、今度はちゃんと迎えに来てってメールする」


すりすり‥と頬を寄せて甘えてくる彼女に、竹谷も漸くいつもの笑顔を浮かべた。
そして、額に優しく口付けを落とす。


「よしよし、いい子だな」
「ん…」
「…会いに来てくれたのは、すっげぇ嬉しいよ」


そうなのだ。
何だかんだと、実際は嬉しくて仕方がないのだ。



「…ね、はち」
「…ん?」
「……今夜…、泊まってもいい?」


だって、そうだろう。
相手は、愛する彼女なのだから
思いがけない期待は、高まるばかりだ。



「…そんなの、いいに決まってるだろ?」









++++++


後ろから強く抱き締め、こちらを誘うような唇に自分のそれを絡めた。全身から漂う甘い色香は、まるで媚薬のように酔わせてくれる。


「ん……んぅ…っ」

くちゅ‥ちゅ‥

いやらしいその音は、それだけで躯の熱を高めていく。震える細い躯を逃がさないように抱き寄せ、何度もその唇に吸い付いた。


「…はっ…ぁん…」
「…ん、…兵助」
「ん……は‥ち‥」

潤む瞳が、誘うようにこちらを見上げている。暴走しそうな気持ちを何とか抑えて、竹谷は息を落ち着かせた。
しかし、久々知の躯は、お構いなしに誘ってくる。


「…今夜はまた随分と誘うな」
「…‥ふぇ?」

何を?きっと、そんな感じだろう。この場合の「誘う」を彼女はわかっていない。
しかし、実際にそうなのだ。彼女には、そんなつもりはないのだ…きっと。



「…いいや、何も」
「…んっ‥やぁっ…」

首筋に舌を這わせ、ワンピース越しの震える柔らかな胸に優しく触れた。揉まれるだけで、とろけるような表情を見せる。
彼女の弱い部分など、全てわかっている。



だがしかし、その触れた感触のリアルさに…
竹谷は固まった。



「………お前っ……ブラしてないだろ…!」
「……へ?…ぁ…、忘れて…た」


そして、これだ。
彼女の最も悪い所がこの、無防備かつ、全く警戒心の無い所なのだ。
夜、外を歩くだけでも今の世の中十分に危険だと言うのに。その上こんな、下着を付けていない薄い格好で出歩く等、完全に襲ってくださいと言っているようなものだ。


「おまっ…、だから言ってるだろ!もっと気をつけろって…」
「平気だよ!」
「平気じゃない!」
「……大丈夫だもん」
「………」


わかってない。
全然わかってない。

竹谷は、眉を寄せて少しだけ怒りを露わにさせた。


「…じゃあ、いいんだな」
「…え?」
「……こんな風に…っ、…無理矢理、やられてもいいんだな!」

「…!」


ベッドに乱暴に押し倒されて、久々知は驚きのあまりに声を詰まらせた。
竹谷の表情は、いつもとは違った、静かな怒りに満ちている。声も低く、いつもの優しい声とはまるで違う。

久々知は、小さく震えた。



「…やっ‥やだ‥!」
「……」
「はち…!やだってば…!」
「…煩い」
「ーーっ!」



“煩い”

その言葉が、久々知の脳内に響き渡る。

あの、いつも優しい竹谷が。いつだって一番に、自分の事を考えてくれる竹谷が。


煩いと言ったのだ。




「……っ…や…だ‥」
「…兵助」
「…ひっ…く……は‥ち…やだ‥よぉ」

震えて泣き出す久々知を見て、竹谷は漸く手を止めた。
次から次へと流れる涙を、代わりに竹谷の指が拭う。


「…な、嫌だろう?…望んでもいない形でこんな事されるの」
「…ひっ…‥っく…やだっ…」

「な?だから…」
「‥はちぃ」


固定された腕を解いてやれば、縋るように抱きついてくる。
本当は、こんな事はしたくない。自分は、いつだって彼女には優しくしたいと思っている。

しかし、わかってほしい。
危険な目にあってしまった後では、遅いのだから…。


「ちゃんと、気をつけてくれ、な?」
「…ん」



例えば、この幸せな日々が崩れないように。
彼女の笑顔が、消えてしまわないように。


それを守るのは、自分なのだ。



腕の中で震えるあまりにも小さく頼りない、躯。
思わず竹谷は、抱き締める腕にぐっ‥と力を込めた…。


心配で仕方がない。
不安が尽きない。


しかし、こんな自分はやっぱり
過保護過ぎるのだろうか…。



「…ほんとは、はちに抱いて欲しくて…。わざと…外してきたの」





………否、どうやら、そうも言っていられないみたいだ。


そしてどうやら、悩まされる日々はまだまだ終わりそうにない。







≫友達と考えたネタで書いてみました(笑)タイトルも考えて貰っちゃいました
くくちがいつにも増して乙女すぎですね><ほんと気持ち悪いぐらいに乙女になりました…でも、楽しかったです^^






あきゅろす。
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