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手の震えがどうしても止まらない。その事実をついさっき知らされて、自分の事なのにそれをうまく受け止める事ができないでいる。
喜びや不安、驚きが一気に押し寄せてきていた。


「…は、は‥ち…早く…」

早く、帰って来て欲しい。

この事を彼が知ったら、一体どう思うのだろう。
喜んでくれる?それとも…。


一緒に住むようになって、もうかれこれ2年近くになる。
久々知は、今年短大を卒業したてだった。そして竹谷は、現在大学に通いながらバイトに励む日々を送っている。

彼が卒業したら、勿論結婚の約束だってしている仲だったので、久々知はその日を待つだけだった。


その筈だった、のだ。

しかし、その予定は大きく変わろうとしていた。






「ただいまー」

本日は、バイトがない日だったので竹谷の帰宅は何時もより早かった。
ガチャリと鍵を閉めて、靴を脱ぐ。


しかし、何時もならばここで直ぐに玄関先まで出迎えてくれる筈の久々知の姿が、今日はない。
少し疑問に思いながらも、まぁそんな日もあるだろうと、竹谷は家の中へ入っていった。



「…あれ、兵助…?」

リビングのドアを開けるが、直ぐには姿が見つからなかった。
所詮はまだ学生の身なので、安いマンションでしか暮らす事ができない。なので、部屋も寝室とリビング、キッチンのみだった。


どうやらここには居ないようだ。
だとすると、後は寝室しかない。


「…寝てるのか?」

だが、それも珍しい。
普段にはない静けさと、彼女の何時もとは違う行動に、竹谷は眉を微かに寄せた。察しのいい竹谷には、久々知の身に何かしらあったのだろう事が直ぐにわかった。


静かに扉を開ける。寝室は基本的に閉め切っているので、昼間でも薄暗い。


すると、そんな薄暗い中のベッドに、横になる姿を見つけた。横になると言うよりは、不安そうに身を縮めているように見えた。
竹谷だから、見ただけでわかる事だろう。


「…兵助?」

ゆっくりとベッドに近付いて、小さくその名を呼びかける。顔が見えなかったので、どんな表情なのかがわからない。
体調が優れないのか。それとも、何か嫌な事があったのか。
竹谷自身も、自然と表情が曇ってしまう



すると、小さくピクンと久々知の身体が反応した。
竹谷は、もう一度優しくその名を呼んだ。そして、ベッド際に座り込んで頭を優しく撫でる。


「…兵助、ただいま」

言葉は返ってこないが、撫でる事に抵抗はなかった。


「…どうした、何があった?」

こんな久々知を見るのは、久しぶりだった。
ここ最近はずっと、悩んでいるような様子もなかったし、無事卒業もできた事から本人はずっと落ち着いていた筈だ。



「…兵助、顔、見せてくれ」

やはり、久々知がこうなってしまうと竹谷自身も不安になってしまう。
彼女には、何時も笑顔で居て欲しい。一人で不安そうにはしないで欲しい。何時だって、自分が側に居て救ってやりたい。
愛する相手ならば、誰だってそう思うだろう。



「兵助」

近付いて囁くと、漸く、ゆっくりとシーツとの隙間から瞳がこちらを見上げてきた。

その瞳は、涙のせいか微かに潤んでいた。


「…兵助」
「……は…ち…」

怯える子猫のように、弱々しい声が名を呼ぶ。
竹谷は、優しく笑いかけると、濡れた瞳に小さく口付けを落とした。

視線は何かを伝えたそうに、でも、戸惑っているように思えた。


竹谷は、なるべくその不安を拭わせるように笑顔を向けた。そして、両手を久々知に向けて広げた。

おいで、と。

こんな時は、言葉よりもこの方がいい。彼女は、竹谷の前でだけは異常に甘えを見せる。なので、不安になっている時には全身で包み込んでやるのが一番なのだ。

案の定一瞬戸惑ったものの、久々知はゆっくりと身体を起き上がらせて、そのままぎゅう‥と竹谷に抱きついた。
ぐいぐいと額を胸元に押し付けて、甘えてくる。




「…どうした」
「……」
「……俺にも、言い憎いことなのか?」
「……八、だから………」
「うん?」
「…八、だから…言い憎い」


当然だろう。
一番喜んで欲しい相手だからこそ、もし困られたらそのショックは計り知れない。
言って、果たして本当に大丈夫なのか。

先程から、もし…と、悪い選択を考える度に不安が押し寄せてきてとうとう寝込むとこまでいってしまったのだから。



「…俺が、困ること?」
「……わからない」

困るのか、それとも、喜んでくれるのか。
今の彼には、どちらに当てはまるのかわからない。



「…じゃあ、言ってみ?」
「…でも……っ、でもっ…っく」
「へっ、兵助!?」


もう、怖くて仕方がない。
どうしたらいいのかわからない。

再び、涙が溢れてきた。
嘗てない不安が、久々知を襲う。


「……兵助、泣くな」
「……だっ‥て…」
「…ほら、涙拭け」

ぐしぐしと袖で涙を拭ってやる。濡れた長い睫が、微かに震えていた。

これだけの不安と戦っている彼女を、何があっても放っておけるわけがない。笑顔に戻す事ができるのは、自分しか居ないのだ。
彼女にとって、自分が絶対的な存在であると言う自信が彼にはあった。


頬を優しく撫で、間近から瞳を覗き込む。



「…困らないよ」
「……そんなのっ、わから…ない」
「…わかるよ。だって俺は、兵助の言う事なら何だって受け入れられる自信があるんだから。な?」



何年、お前を好きでいると思っているんだ




「…っ、八」
「…ん、どうした。何があった?」


ああ、どうしよう、凄く怖い
でも、本当は、幸せなんだ

だって、このお腹の中には…さ…




「……でき…た」
「…え?」



最愛の人との…結晶が宿っているのだから…。



「……できた…の。……赤ちゃん…が」


そう、もうこの身体には、もう一つの命が眠っているのだ。
まだ、姿すら見る事のできない小さな小さな命だけれど…。愛する人との、何よりも大切な宝物。

いつかは、二人の…と何度も夢を見た、二人の赤ちゃんが…居るのだ。




「……」
「……は…ち‥?」


反応がない。


やはり、予想外だったのだろう。告げられた本人は、それこそ、ポカーンとした顔で固まっていた。



瞬時に、久々知の心に大きな不安が押し寄せた。
もう、押し潰されてしまいそうだ。


最早この沈黙にも耐えられない。

ぎゅ‥と目を閉じて、顔を伏せた。




…お願い…

どうか、どうか……!









しかし、次の瞬間…



「うおぉーーーー!!!」
「ひゃっ…!」


大声が耳元に響き、そしてそのまま強く、痛いぐらいに抱き締められた。
その不安をも簡単に拭ってしまうように。


突然すぎて、驚いたまま今度は久々知が固まる。



「……は…ち」
「うわあぁまじかよ!!えっ、嘘じゃないよな!?本当だよな!?」
「…う…ん、今日、産婦人科行ってきた…から」


薄々変化に気付いていたので、意を決して足を運んだのだ。



「すげえぇ!!まじかよまじかよ!!…うわやべっ、どうしよう俺泣きそうだ…!」
「……何…で?…困る…から…?」
「バカ!そんな訳ないだろ!何でそうなるんだ!」
「……じゃあ…」

「嬉しいに決まってるだろ!すっげぇ嬉しいっつの!…あー…わり、まじ涙出てきた」


ぐす‥と、鼻を啜る音が聞こえた。


泣いている。
彼が、泣いている。

困っているのではなく、喜びのあまり、泣いている。



そう、理解した瞬間、



「…っく、ひっ‥く」



再び自分の瞳からも、涙が溢れ出てきていた…。


こんな風に、彼も喜んでくれるなんて。

自分はきっと、世界一の幸せ者に…違いないだろう。




ありがとう
ありがとう


大好き

ありがとう










「…この腹に、俺たちの子供が居るんだよな…」
「…ん、居るよ」

久々知の膝に頭を乗せ、目の前のお腹に頬を寄せた。

まだ何の変化もないけれど…、確かに、命は宿っている。



夢見た、最愛の人と自分との子供。
堪らない喜びと幸せが、込み上げてくる。


ああ、これからが、楽しみだ。




ありがとう
幸せを、喜びを、

本当にありがとう






「…兵助」





愛してる







涙で濡れたその笑顔は、本当に綺麗だった…。






≫浮かんだ妊娠ネタでした







あきゅろす。
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