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付き合ってほしい所があると言われて放課後、久々知に手を引かれやって来たその場所に竹谷は暫し唖然とした。
自分は今、あの扉を開けるだけの勇気は流石に持ち合わせていない。


「…兵助?…ここは…」
「……一人は、恥ずかしくて」
「……」

だから、俺に頼んだと、そう言う訳だ。

しかし、そこがまずおかしい。
こんな店、恥ずかしいのであれば真っ先に同じ女友達に同行を頼む等、それが普通ではないのか…。


堂々と掲げられた看板には、【ランジェリーショップ】と書かれていた。
可愛らしい外観のその店は、最近出来たらしい。幅広い女性に人気で、彼女曰く雑誌にも取り上げられたとか。

しかし、そんな事は男の自分にはよくわからない。



「…恥ずかしいって…俺の方が何倍も恥ずかしいっつの」
「だ、だって、頼めるの八しかいなかったんだもん」
「他にいるだろ!女友達とか!」
「だから恥ずかしいんだってば!」
「そこがおかしいっつの!」

何故同じ女に対してはそうで、彼氏である男の自分にはそうでないのか…。
真っ赤な顔でそう言う彼女は、どうやら本気でそう思っているらしい。

流石は、究極の天然だけの事はある。



「…はぁ、わかったよ。待っててやるから…ゆっくり見てこい」
「……八も」
「……は?」
「…八も一緒に、中に入って」
「……いやいやいや!」

手を離すまいと握られ、引かれる。流石に焦った。
前で待つぐらいならば、我慢はできる。しかし、いくら何でも中へは入る勇気はない。ウィンドウからうっすらと見える中には、当然ながら女性しか見当たらない。

俺に、あの中へ飛び込めと言うのか



「俺に恥をかかせる気か!」
「だって!」
「…んぁ?」
「…八にもっと…、かわいいって思ってもらいたい…から」
「……」

だから、下着だって八の好みのを着たいのだと、真っ赤になりながら言う。
大きな瞳が、少し潤みながら必死にそう訴えてくる。


ああ、何て、可愛い事を…
極上の、口説き文句ではないか。
上目遣いで、甘えるように少し首を傾げる仕草がどれだけ男を誘うものなのか、本人は全く理解していないのだから厄介だ。彼女の行動はどれも、無意識だから困る。


これはもう、腹を括るしかないのだろう。


「…わかったよ」
「…へへ、ありがとう」
「…っ、あーもう!少しは自分に自覚持て!」


その可愛さ、他の男に見せたらマジで許さねぇぞ…


こうして、久々知に手を引かれるまま、後ろ向きな気分で二人は中へと入っていった。







見られてる…
何人かに、確実に見られてる…!

絶対に久々知から離れないよう、自分は彼女に連れられて来ているのだと言うことをアピールする。そうすれば、納得はしてもらえるのか視線は元に戻っていく。

しかし、困った。

目のやり場に、非常に困る。どこを見ても、下着下着、下着。その光景に、自分は喜べない。寧ろ、居心地が悪い。
きっと、世の中にはこの中でデレデレと喜ぶオヤジもいるのだろうが、自分は全くそうではなかった。

自分にとって、下着一つにおいてもそのやらしさを感じられるのは、やはり久々知だけなのだ。
彼女が着てこそ、その魅力が良くわかった。


「…八」
「…なっ、何だよ」
「…どんなのが…いい?」
「……」

見て、決めろと言うのか…!
下心は全くないが、やはり直視できないのは竹谷も年頃の男子だからだろう。性にも興味が湧く年頃ではあるが、恥ずかしさの方が遥か上をいく。

あー、うー、としか言葉が出てこない。



すると…、困って、何と言ってやればいいのだろうと悩んでいるその時だった。



「何を、お探しですか?」

一人の店員が、営業スマイルを浮かべて久々知にそう声を掛けてきた。しかも、何と、それは男性だったのだ。
いかにも、女受けの良さそうな笑顔を浮かべている。

軽く見渡してみれば、顔を赤くさせてこちらをチラチラと見る女性客も何人かいた。
どうやら…、店の人気の秘密は、この店員にもあったようだ。竹谷は、納得する。


しかし…


「えっ…あ…」
「…高校生…かな?若い子のコーナーはあっちだよ」
「はっ、はい」
「君みたいな可愛い子なら、こっちも選び甲斐があるな」
「…へっ?」
「さ、あちらへどうぞ」

すると、その店員は慣れたように久々知の肩に手を添えて、コーナーへと案内をし出した。

それはもう、下心丸見えではないか。

こんなにも女性客がいる中で、久々知だけを贔屓に扱う店員。そんなの確実に、見ていて気に入ったからに決まっているだろう。
彼氏として、久々知に行為を寄せる者は見てすぐにわかった。


こいつ…、俺が見えてないのかよ



「ちゃんと、自分のカップはわかってる?」
「…あっ、あの……えっと」
「高校生は成長期だからね、ちゃんと計らないと」
「…は…はい…」

久々知の困っている顔は、少しずつ赤みを増していく。


竹谷は、その瞬間に自分の中の何かが切れた気がした。



「あっちに、計ってくれる店員がいるから…。あ、勿論女性だからね」
「…や、いっ、いいです」
「そう言わずに、さ」




「結構です」




思いの他、その声は大きかったようだ。
ピタリと手を止めた店員は、少し表情を変えて竹谷に向く。少し、驚いているようにも見えた。


今更、驚いたような顔してんじゃねぇよ




そして竹谷は、グイッと店員から久々知を奪い返して自分の腕の中へと抱き寄せた。



「こいつの事は、俺が一番わかってるんで」

沸々と怒りすら覚え、店員を睨み上げる。近くにいた女性客数名も驚いてはいたが、もうどうでも良かった。
恥ずかしさなど、既に消えていた。



「…触れていいのも、俺だけなんで」
「…はっ…は‥ち」

見上げてくる久々知の顔は、赤みが更に増していた。こんな、公衆の面前なのだから当然だろう。

しかし、その表情は、とてもうっとりとしていた。
そして、竹谷の服をきゅ‥と掴んでゆっくりと顔を伏せた。


「…行くぞ」
「…ん」

強く手を握り、店員に背を向けて言われたコーナーへと振り返りもせずに二人は向かって行ったのだった。






「…あーあ、せっかくの久々の上玉だったんだけどなー」

そう小さく呟いた男の顔には、笑みが浮かんでいた…。










外は既に、夕焼けが街を染めていた。無事に買い物を済ませた久々知は、嬉しそうに竹谷と手を繋ぎながら帰り道を歩いていた。


「…あの店員、思い出しても腹が立つ」
「でも、人気の店員さんみたいだよ?」
「あのなぁ、俺は男の良し悪しに興味はないの。お前に触れた男は全員敵」
「……へへ、八、大好き」

寄り添うようにすれば、八の握る手にも力が籠った。その大きな手が、とっても愛おしく、そしてとっても逞しく感じる。

心の底から、好きで堪らないのだと、実感した。




「なぁ、兵助」
「…ん?」

「…今晩、早速それ付けた姿…見せてくれよな」
「……もう、八のエッチ」
「今更、だろ?」



じゃれ合うようにして、クスクスと笑い合う。

そして、啄むような口づけを夕焼け空の下、朱に染まる帰り道でソッと交わした…。






≫ちょっと男らしい竹谷を目指したつもり…です







あきゅろす。
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