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これは夢?

それとも、現実?




―サヨウナラ



囁いたのは、キミのコエ



その背に、手を伸ばして
両足を力強く動かしてみても

失われていくのは、二人の育んできた距離だけ



やがて訪れる人の死と同じように
これが、やがて訪れる二人の運命だったと言うのだろうか





嫌だ



そんなのは…、


――絶対に嫌だ!!






「……っ!」


暗闇の中で、宙に行き場なくさまよう右手が、彼の背を追いかけていた筈の目に映った。
脳を状況に追いつかせるのが少し困難で、竹谷はパチパチと瞬きをしてその右手を落ち着かせた。


「……夢?」

シン‥と静まり返った部屋の中を、微かに聞こえる時計の針。
見慣れたいつもの天井に、あれは夢だったのだと気付かされた。


何て、夢見の悪い事だろう。
竹谷は、汗だくになった身体を重々しく起きあがらせて、暗闇の中で隣を見た。



「…あ‥れ」

そうして不意に伝った温かい滴が、自分は泣いているのだと気付かされる。
拭っても拭っても、それは蓋が外れたビンの中の水のように流れ出てくる。


「‥あれ、ははっ…」

途轍もない孤独に包まれて、容赦ない暗闇はただその心を重くさせるばかり。
救いの光を求めて隣を見ても、そこに光はなかった。


「……三郎?」

真っ暗闇の中でも、人の存在の有無はわかる。
目を凝らして漸く見えた布団の中に、共に眠りについた筈の彼の姿は…

なかった。





「…‥っ」


不意に、子供の頃を思い出した。
誰も居なくなって、一人孤独に泣いた日の事を。


こうやって、どれだけ見た目が大人になっていったとしても、それは、この世界で生きて行く為に作り出さなければならない姿。

本当はまだ、寂しさをぶちまけて、泣いて、こんなにも孤独を恐れる子供だと言うのに…。


何故人は、大人にならなければいけないのだろう。





「……あれ、八?」


やがて静かな部屋に、声がした。しかし、顔を上げる事ができない。
溢れ出る涙を拭っては拭っては、それを繰り返す。



「…‥」


「…どうした…って、何…‥お前、泣いてんの?」


拭っても拭っても、拭いきれない涙に気付いた彼は、驚いたように隣に座った。

その姿を確かめる為に、見上げた彼の姿は暗闇の中、それでも滲む姿がはっきりと目に映った。



何も考えられず、何も言葉が出ないまま、孤独に押し潰されそうな身体は一心にしてその存在に身を預けた。
驚いた彼は、声をあげていたけれど、決して離そうとはしないでいてくれた。
ぐすぐすと鼻を啜る子供みたいな自分を、きっと呆れている事だろう。

彼の事だから。



「…デカい子供」
「……るぜぇ‥」

「…‥眠いんだけど」


恋人が泣いてる隣で、こんな一言を吐いてしまえる彼に、思えば何度不安を感じさせられた事だろう。

本当に俺の事、好き?
ちゃんと、好き?


なかなか聞けないそれらは、また、煙のように心の中に消えていく。
好きになればなる程、決して良い事だけが待っている訳ではない。それでも、どうしようもなく好きなんだ。



「…‥三郎‥が」
「…うん?」

「…‥っ俺に、‥さよ…なら…って…」


今すぐにでも忘れたいのに、それは何度も頭の中で再生される。

冷えきった彼の表情
遠くなる彼の背中


恐怖にも似たそれらは、何度思い返しても、愛する彼でしか…なかった。




「……で、ガキみたいに泣いてんの」
「…‥うるぜえぇ…」


そうしてどこまでも、まるで興味の無さそうな鉢屋に、竹谷の焦るような気持ちは大きくなるばかりだ。

結局、そういう事、なのだろう。
どう考えたって、好きの値は等しくない。


それが、二人を取り巻く現実だ。




「…‥あ〜あ、汚ねぇな」
「……ぐすっ」


「…ぷっ、ひでぇ顔」



そう、思っていた。






「…このヘタレ」


でも…、彼の手が、声が、眼差しが、どれも言葉とは違って優しいものだから…思わず縋ってしまうんだ。


袖でぐしぐしと涙を拭われて、目と目が合った瞬間の彼の表情にまた、自分はどうしようもなく惹かれていく。

どうしたって離す事のできない手を、もう、自分は十分に理解できていた。




「…三郎が…好き」
「…うん」

「…好き…で…好き…‥で」
「…うん、知ってる」


「…‥俺はっ…、お前を…っ」




――離したくない―…









「…っ!いでででで!」

すると突然、頬をつねられ、竹谷の目からはまた涙が滲み出していた。何事かと思えば、鉢屋は怒ったような呆れたような、そんな表情をさせている。
頬をさすりながら、竹谷からは情けない悲鳴があがった。



「…お前さぁ、毎日俺の、何を見てる訳」
「……え?」

「……一緒に暮らして毎日仕事行って毎日飯作って…何の為に俺がそこまでやってると思ってんだよ」


義理でしてやってるとでも思ってんのか

うまく、返す言葉が見つからなくて。
竹谷は、彼の言葉を聞く事しかできなかった。

しかし、また何だか、涙腺が崩れてきそうだ。



「……大して想ってもない奴に、そこまでするかよこのアホ」


少なくとも俺は、そういう男じゃない。





やけに男らしい彼の、少し赤くなった顔が滲んで見えた。



「…うん、知ってる」


そんな器用な奴じゃないとこも、本当は優しいとこも、全部。

でも、たったそれだけで、彼のその言葉だけで、今はどうしようもなく救われている自分がいた…。



「……だったら下らない事で泣いてんな」


そしてそう言った彼が珍しく、自分から手を引いて腕の中に招き入れてくれた。

何だか自分が物凄く子供みたいで、格好悪くて、でも、それをこうして受け入れてくれた彼に、今は素直に甘えていようと思う。

そしたらきっと、今度はいい夢が見れるようなそんな…、そんな気が、するから。


暖かい彼の腕の中、そう願って竹谷はゆっくりと目を閉じた。






「……ったく、俺がどんだけお前の事…。…この鈍感駄目男」


暗闇の中でそう呟いた鉢屋の言葉が、眠りについた後の竹谷の耳に届いたかどうかは…わからない。







≫久しぶりの竹鉢は、気分が最悪な時に書き始めたやつでした(笑)
大事な物を、手離したくないのに襲いかかる恐怖や不安とか、何か色々な自分の辛さを竹谷に代弁してもらいました^w^
ヘタレ攻めは好きですか…?








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