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手の中の箱も、心の中も

ただひたすら、泣いている気がした…。




『今年は俺、貰わないからさ』

『おまっ…、これだからモテる男は』
『贅沢すぎんぞ…。俺らなんて……貰えなi』
『言うな…虚しくなる』


まだ下駄箱に靴が残っていたのを確認すると、久々知はドキドキする気持ちを何とか抑えながら、竹谷のいる教室まで走った。

全ては、この小さな箱を…渡すため

気持ちと一緒に…、なんてのはまだ少し早いから。せめて、これだけでも渡したかった。


本日は、バレンタイン当日。
放課後になってしまったのは…、単に、なかなか切り出せなかったから。いくら仲の良い間柄でも、こういう事は簡単にはいかない。いや、寧ろ…仲が良いからこそ、難しいのかもしれない。



久々知は、やってきた階の、竹谷の教室を目指して歩く。
ドキドキが止まらない。でも、諦めたくないから。せめて、少しだけの勇気を…



でも…、

一体自分には、どれだけ恋愛運がないのだろう。

勇気も何も出せないまま

彼女は、一番聞いてはいけない会話を…、聞いてしまったのだ。


会話が、廊下にまで漏れていて

久々知の足は、固まったように、それ以上を踏み出せなかった。



「何、もしかして、本命にしか貰わないってやつか」

「んー…、まぁ」

「うわっ、こいつ、かっこいい!」
「でもさ、貰うアテあんの?」

「……ない、な。もう放課後だし…貰えなかった」


聞くからに、その声は落ち込んでいた。



そっか…、そう…だったんだ

…好きな子……


居たんだ



じゃあ、自分は…何も知らずに、受け取って貰えもしないチョコレートを作って…、渡そうとしていたんだ

ははっ…



いくら仲良くても、結局肝心な所で何も知らない。


久々知は、そのまま来た廊下の方を向き直り、そして、走った。ただ、ひたすらに


知らなかった
八に、好きな子が…

何も、知らなかった



知りたく…なかった







++++++


「あむっ……おいし」

薄暗い公園は、昼間の賑やかさが嘘のように静かだった。

ベンチに座り込む久々知は、やや雑に包装紙を破ると、中のチョコレートを一粒、手にした。

せっかく、作ったのに…


「練習だってしたんだぞ」

ぱくんっ、と、一粒を口に放り込む。少し食べ飽きた、手作りの味が広がる。
ボーっと空を見上げては、その度に、竹谷の顔が浮かぶ。

優しい笑顔、呆れた顔
ちょっと怒った顔に、照れた顔…

全てが、自分には愛おしすぎて…手放せない。離れたくない。
でも…、自分が女である以上、そうはいかないのだ。

自分が、彼に恋をしてしまっている以上…

側には…



ポタッ…ポタッ…


仕方、ないのだ

勝手に自分が、好きになってしまっただけの事で…
竹谷が好きな子は…、自分じゃなかったんだ


でも、やっぱり、涙は溢れてしまう。
こんなにも悲しい気持ちを、こんな日に味わうなんて。

一体、この日を…どれだけの女の子が泣いて…笑ったのだろう…。


歪む空には、いつの間にか…星が輝いていた。





++++++



すっかり、遅くなってしまった。一頻り泣いていたら、もう辺りは真っ暗だ。


…ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ、泣いたらすっきりした。当分は、引きずる事は間違いないけれど…。

ハァ…と息を吐くと、寒空の下に白く形が浮かぶ。

久々知は、ひたすら空を見上げた。下を向いたら…、また、涙が零れてしまいそうだから…。






角を曲がり、歩き慣れた道と、見慣れた風景…と




そして


それから……





「……」


一瞬、見間違いかと思った。

もう遅い時間なのに、自分と同じように制服に身を包み、寒そうにマフラーに口を埋めて家の前に立っている人物を…。


でも、見間違えたりは…しない。
だって、大好きな彼は…この世でたった一人、

彼だけなのだから…。




「…っ、兵助!」
「……は…ち」

久々知に、見つけたと言った感じで嬉しそうに手を振る彼は…、竹谷だった。

嬉しい感情、悲しい感情がとにかく入り混じって…久々知は反応できずに立ち竦んだ。
こちらへと走ってくる竹谷を、夢見心地で見ている気分さえ感じた。


「ハァっ…、やっと帰ってきたか」
「…な、何で…」
「つかお前、遅すぎだぞ。心配したろ」
「…あ」

そう言って優しく頭に置かれた手に、久々知は思わず目の奥が熱くなった。

この温もりも…優しさも

自分のものにはならないのだから…。


「…ん、ごめん」

何とか堪えて、震える声を聞かれないよう小さくそう呟いた。



「ま、無事帰ってきたからいいけどさ」

そう言って笑う声も、堪らなく好き。もう、彼の全てが…、好きで堪らない。

だからこそ、優しさが今の自分には酷すぎた。


早く、帰って…
そして、泣かせて…

お願いだから



最後の理性で、久々知は何とか、俯いていた顔をゆっくりとあげた。




しかし…、目に飛び込んできたのは、空白だけの距離…ではなく、竹谷の顔でもなく

それは、小さな、包みだった。


大きくて男らしい手の上に乗った、小さくて可愛らしい包み。
しかし、そのミスマッチさに当然笑う事の出来ない久々知は、ただ目を見開いてた。


「……っ、んなジッと見るなよ!…ほらっ!」
「……えっ」

受け取れ、と言わんばかりに、久々知に差し出す。
本人は、ただもう意味がわからないと言うように、呆然とそれを受け取った。



「…今日、…バッ、バレンタインだろうが。…だから…」
「……」
「べっ、別に、バレンタインに男からは駄目って決まりはないだろ…」

だから、用意したんだ、と…



その言葉に、久々知の思考は完全に、止まってしまった。

嬉しいとか
実は、自分も用意していたんだとか

言葉はいくらでも、あるのに


出てきたのは、涙だけだった。


「おわっ!どっ、どうした!?」
「っ…ふぇっ…」
「へっ、兵助…、もしかして……嫌、だった…とか」
「ちがっ…だって、だって…!八っ、受け取らないって…」
「……え?」


そうして、久々知は全てを、嗚咽に混じりながら話した。

今日の自分は、何だかもうめちゃくちゃだ。




「なっ…、おまっ、聞いてたのか…!」
「…ん」
「ッたー、俺ってば恥ず過ぎ…」


口元を抑え、視線を逸らす彼の顔は、真っ赤だった。



「……、じゃあ…、わかる…よな」
「……え…」
「俺が、渡した意味……わかるだろ」


そして、彼は、そう言って久々知の腕を優しく引くと…ソッと、抱き締めた。

初めての彼の腕の中

温かくて…優しくて
今自分は、ずっと願っていた場所に居る。大好きな彼の、腕の中に

やっと、全てを理解できた。


そう思った瞬間、もう出ないと思っていた涙が、嘘のように次から次へと溢れ出てきた。

喜びの、涙が…


「…また泣く」
「だって…っ」

「……なぁ、兵助。その涙の理由…、俺の良いように解釈しても…いいんだよな」


俺が、お前を好きなように
お前も、俺の事が、好きだってさ




エ〜ン!と、子供のように声をあげて泣く久々知を、竹谷はただ愛おしく思う。


求めていた温もりが


今やっと、理想の形となって

寒空の下、二人を優しく包んでくれた…




バレンタイン


また一つ、小さな恋が、実った日






≫ちょっと早めのバレンタイン竹くくver^^竹谷は、親しみやすさとか安心できる意味で男女に人気だと思います!勿論文食も書きます〜^^







あきゅろす。
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