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真っ暗な部屋の中に月の光だけが差している。

自室のドアを開け、床に置いてあるクッションを手に取った。
乱れた息はそのままに、それを思い切りベッドへと投げつけた。
ボスンと鈍い音が部屋中に響く。
静寂。もう一度くたりと折れてしまったクッションを拾い上げ、投げつける。
ボスン、ボスン、ボスン。込める力はどんどんと強くなって瞬く間にクッションは変形しくたびれてしまった。
静寂。それでもまだ足りなくてベッドへと倒れ込み、叩く。目一杯叩く。叩いても叩いても衝撃は吸収されてしまう。
挙げ句思いっきり無意味な暴言を吐いてみても、返事はどこからも返ってこない。虚しさだけが、募っていく。
それくらいに今の僕は気持ちの行き場所を失くしていた。


最初はカマをかけてみるつもりだった。
純粋無垢である僕が突然キスを迫ったらサファイアはどうするだろう、それでもししてくれたら万々歳だな、ついでに告白までしてやろうか、もしかしたら意識してくれたりして。なんてパッと出た浅はかな探究心、ちっぽけな期待だけだった。

知っていた。彼女が僕を「弟」ぐらいにしか想っていないことを。「守ってあげたい」という感情しかないということを。
僕がそうさせたのだ。重々承知の上だった。
それでも、それでもと思ってしまう僕がいた。だからだろう、彼女の言葉が思いのほか重くのし掛かる。


『そういう好きじゃいかんとよ。』


知らないでしょう、僕は元々そういう好きじゃないんだよ。


『大人になって本当に好きな人と巡り会えたら、』


そんな人、もうとっくに巡り会ってる。



何一つ言葉を返せない自分に膓が煮えくり返る思いがした。僕は子供。彼女の中で変わることのない認識。どうすることもできない事実。
どんなにいい男になっても、どんなにキャリアを積んでも、埋まることのない距離。
僕が大人になったとき、きみはどうなっているの?
きみは僕を見てくれるの?

彼女の庇護欲に甘えたのは他の誰でもない僕自身。
その反動だろうか、彼女の飾り気のない真っ直ぐな言葉がぐさりと本心に突き刺さる。貫かれる。
何とも思われていないという紛れもない事実を真正面から突きつけられて、面皮も心もズタボロになった、そんな気分。

でも、他にどうすれば良かったの?じゃあどうすればサファイアと同じ目線に立てるの?
たった5年。たった5年の歳月がこんなにも僕の恋心を阻む。
彼女は学生カバン、僕はランドセル。そんな些細な事実がこんなにも僕の焦りを加速させる。

歯痒い、もどかしい、やるせない、届かない。言ったところで埋まらない。
いやだ、いやだよ、先に大人になんかならないでよ。子供扱いしたっていい、本当は嫌だけどでも、お願いだから置いていかないでよ。
僕もきっと大人になるから、僕の恋心に気づいて、よ。

僕を見るサファイアの慈愛の瞳。澄んだ藍色。繋ぐ手の温かさ。

サファイア、サファイア、サファイ、ア。

ぎゅっと目を瞑った真っ暗な世界に映るのは彼女ただ一人。
でも彼女のそれは紛れもなく、幼馴染みの姉の顔をしていた。


ベッドを力無く叩く。ボスンと音を立てて、握っていた僕の手の力は抜けた。
寝心地のいいベッドは簡単に衝撃を吸収する。
まるでサファイアと僕みたいだ、と一人自嘲した。


壊してやろう、この関係を。
築いてやろう、甘い関係を。


起き上がり、ベッドを軽く押さえればギシリと軋んだ音が立つ。
にやりと悪どい笑みを僕は浮かべてみせた。

そう、吹っ切れたのだ。小学生がなんだ。年上がなんだ。幼馴染みがなんだ。
男として見てもらえないと嘆く前に、僕しか見えないようにたっぷりたっぷり愛してやればいいじゃないか。そう、僕しか見えないように。他の誰も見えないように。なんだ、簡単なことじゃないか。

ははっと僕は乾いたように笑った。


きみが好きだ。愛してる。
いつかランドセルを脱ぎ捨ててきみより目線が高くなった、そのときには。








暴れるルビーが書きたくて…!(殴)
そのために話の流れが何だかなァといった感じですが多目に見てやって下さいませ。
お察しの通り、次回からはルビーさんのターンです(笑)


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