[通常モード] [URL送信]
見付けてしまいましたか、微妙にゴミ部屋。否、中毒な芥滓部屋です。詰まり電波ってます。いや、それでも読むよな方、君は勇者だ!どぞ^^


逸脱 生きた eclips

































































通俗から低俗への逸脱
――――――

世界の綻びを見つける。
…否、世界には綻びが見えぬ所で存在する、と言った方が正しいか。

人の綻びとは、人に因っては様々な意味合いを兼ねた。
綻びは、人の外敵で合ったり、人が発する矛盾だったり、人の不完全さだったりする。
人は、綻びを見付ける事が此の上無く困難で有り、良くて生前――死ぬ直前若しくは死ぬ迄の期間で識る事が出来、悪ければ死後にでも見付けられぬ――そんなモノだ。
綻びとは則ち、闇、でも有った。

「何故、なんだろう…」

目の前の人間は何故、怒って居るのかが分からないと言った様な、眼差しで。然して、一微塵も怒って居る理由を察そうともせず、只、青年は問いを口にする。

「…何故、だろうね」

ふっと、微笑む其れは、宛ら、何人をも赦す神で有る様だ。序でに同意の様な問いを、相手に掛けた。

「知らない」

相手は応じた。
煌りと光る鈍い金属を、青年の目に押し付けて。見せ開かす様に、其れを持っていた。

「だから、聞いてる」

動もせず、静の道を這い蹲ってでも進む様だった。

「闇への道。天上への途。扠――?」

だから、何だと云うのだ。と、でも言いたそうな顔を、しなかった。只、脈絡の無く語られる其の、言葉が如何も不可解だった様だ。逆に苦い顔をしていた。
然し、青年には其れが見えなかった。

「綻びを消すには如何すれば良いと思う?」

脈絡の無い此の言葉が、次に続いたのは、独白の終点で、連鎖の打ち切りで、呆気無かった。
彼は、矢張り、動ともしなかったが、口を開き掛ける傾向を見せた。が。若し開いて居たのなら、青年が十分な答えを得ずとも、応えは聞けただろう。

「満たすか、取り去るか、だけだよ」

連鎖は、続く様だった。
彼の開かれて居ただろう言葉は、先制をされ行き場を失った。只、其の伝わらずに終わった言葉は、何処へへも行けず、何をも為さず、無空間へと投げられた。

「でも、満たす場合だとすれば、溢れ出すんだろうね。其れも与えた倍以上を吐き出して。…其処に食べ物を入れたとしてもお腹一杯に為れる訳じゃない。満足感を得られる訳じゃない。人間じゃ無いんだからね」

青年は仰々しく動作をする訳では無かった。
只、同様に動かず、常、彼の目を見て、唯、語って居るだけの様だった。

「では、人が食べない、物ならば如何だ…?例えば、機械だとか未だ食べた事の無い菌や動物――…人間ならば……?」

「茶番だ」

次は即答と言える間合いで返した。
行き成りの割り込みに対して、青年は別段嫌そうな顔はしなかった。独白の連鎖は本当に終わった。
すると、次は仰々しく溜息を盛大に吐く様な仕種をした。肩を上げ、手を天秤の皿の様に平坦にしたのだ。
彼の眉がぴくりと一瞬だけ引き攣った。

「ええ。満足か如何かなんて、誰にも分からない。…人の綻びも含めてね」

不敵に笑った。
一瞬だけ、彼の動きが止まった。其の動きを気にもせず、青年は元の体勢に戻った。何事も無かったかの様に。

「では、取り出す場合では?本当に取り出せるのか――」

「不適切だ」

ん?と、青年は彼を見た。
彼は、青年を射殺す様に睨んで居た。

「取り除く、じゃないの」

「違うよ」

意趣返しの心算か、即答で否定した。
彼は多少眉を顰めた。

「取り除くと其れは大きな穴に成る。更なる暗渠の底に突き落とされるのが常だ。まぁ、命知らずは穴を広げても良いんじゃないかな…但し、覚悟が有るなら」

刹那、此の優男を絵にした様な青年からは想像も付かない鋭い眼光が彼を刺した。
彼は、…彼も、負けずに睨み返した。けれど、そう持つ事は無かった。最初に其処を離脱したのは青年だった。
何事も無かったかの様に、青年は語り続けた。

「扠、取り出せるか。答えは明白。無理だ」

青年の第二の独白が始まる雰囲気だった。彼は、黙った儘だからだ。

「無理に摘出しようものなら、綻びは綻びで無くなる。其れは役割で有り、意味で有り、自己同一性を失うと言った選択をも孕んで居るからだ。文脈は崩れる。其れは只の置物――或いは無に帰る事になる」

文脈依存からの追放。喪失。
青年は、揚々と、然し、一面では淡々と、語って居た。

「全てを失って仕舞った其れと云う存在は、無くなって終う。其れに、無理に摘出出来て其の綻びを滅した事に成功したとしても、其の後の――此れ拠りも、然して、此れに因り、大きい勢力を連れて来るだろうね。例えれば、組の下っ端を熨たとしても、組なんだから背後が居る。組長とか――其れを引き寄せるみたいな。何事にも、代償が必要だからね」

青年は其れを語って居る間も彼を見て居た。
彼も、青年から目を離す事も、手を下げる事も、無かった。

「扠、其んな方法しか無いとして――。でも、不可能さを著して居るのに、其れでも、と、綻びを消したい時は――?」

又問う。
然しもう、彼は口を開く動作も其の準備さえも、しなかった。分かって居たからだ。
然して、其の彼に呼応した様に。

「…其れは人の業なのかも知れないし、宿命なのかも知れないし、でも、傲慢だ。全ての綻びを、背負う必要が有る」

其れこそ驕って居るだろうに。

「否、…其の、系統に属するだろう凡ゆる綻びを、略同時に滅する事だ。其処には、決して無く為らぬ過程も有るのだが…」

言葉を濁す其れは、初めてだった。

「其処には大きな業が連なって居たり、かと言って、全てが全て繋がって居る訳でも無い。…散り嵌められた綻びを、一つ一つ潰したのじゃ意味が無い…。虱潰しの様には行かないんだ」

「…だから、集約すると?」

「そう、目的の達成率が上昇する為には、新たな綻びを生む事の無い様に、早目に悪い芽を摘むと云う行為を怠って、集約する必要が在った」

第二の独白は途絶えた。
其れでも全く気にせぬ青年は、丸で操って居る様だった。…彼はそうは思わないだろうが。

「…で」

「でも、集約後に滅し、其れから生まれるだろう渦は、予想しただろう。然し、本当には如何為るのかが、度し難い。其れに、達成率が上昇しただけで、決して成功する訳でも無い」

遮り、彼の言いたい事を掻っ攫った。包括されたのだ。
未だ代償が必要だと、明白に語って居た。

「扠、此処で予想されるのは自由だ。俺は二つ挙げて居る。調和、か、崩壊、か」

又、独白が始まろうとして居る。

「凡ゆる物は、見ないだけで、認識しないと云うだけで、然し、二面性を孕んで居る。例を挙げるなら――そう、大地の様な」

大地とは、生と死の二面性を持つ。大地は生を産み育み与えた、一方では死者を受け入れる母胎だった。
誰に対しても、何に対しても。
平等に。

「平等と云う言葉を掲げて居る所拠り、其の言葉に近い。…皮肉かな?」

くすくすと笑う其れは、人を小馬鹿にした其れと一緒で、神経を逆撫でにする性質を持って居るだろう。

「…無神教だと思ってた」

「的外れな弁護だよ」

即座に返した言葉は、悪意を孕んだ言葉拠りも鋭利だった。

「でも、結果的に俺は神に為るのかもね」

「悪名高い、ね」

彼は初めて嗤った。
青年は、けれど、確かにと同意した。自覚は、有る。

「でも知るのは当事者達と研究者だけ――詰まり、識る者だけ」

ねぇ知ってる、と青年は先制を取った。彼は黙った。

「日本って国はね、経済大国って言われてんの。世界に良い影響与えてる国の五本指内に入ってる発展国なんだよ」

だから何だと、目で言い、先を催促した。

「なのに、報道の自由度では十位は疎か三十にすら入ってない。…情報って云うのは、大事、だなんて疾うの昔からの言葉だよ。けれど、広告媒体が、飛び交う情報が決して、真実だってのは無い。実際、報道が同じ内容。本当では無いとは、誰だって思うかも知れない。けれど、…其れ故に真実じゃないと思わずとも、真実に為る。何故か、…力だよ」

微笑を湛えた。
彼は青年曰くに白い目、で有った。

「良く云うでしょ?誰其れがこう言ってた、誰彼がそう言った…其れと同じ事。世間は流れを作れる、逆に、世間でしか流れは作れない。人一人だけでは、造れない。名も知らない一般庶民が何をほざいた所で相手なんてして貰えないなんて今更だ。けれど、気っ掛けならば作れる。其れが大きな既存の組織ならば尚更だ」

津波だと言った。
ならば気っ掛けは地震なのか?

「本当に知る意志の無い者は、何が本当かなんて分からない。何が偽物だったのかなんて分からない。其の儘だから。如何でも良いから。…疑って、無いから」

然し、平和ってのが幸いしてるんだろう、と自棄に為って居る訳でも無いのに、自棄に、彼は聞こえた。

「其の国の教育過程の御蔭だね。教育と云う綺麗に聞こえる指導所で、今の平和が保たれて居るんだよ。然して、其れと同時に多大な代償を支払って」

「…ねぇ」

「嗚呼、判り易い様に言おうか?其の国の教育は、囚人に教えてる事と概ね一緒だって事。其の国は巨大な囚人収集場…更正場と喩えても変わり無いんだ。だって人間だから」

彼の問いを流して話した。語った。
蔑む様な目を、して。人間は同じだと平然と言った。

「多大な代償ってのはね。…人間が本来持つ猜疑心が大きい代償かな。…何でもかんでも疑って掛かれ、なんてのは、本当は理解って無いんだ。言う程、語る程」

青年は、無意識の犠牲が、多大な代償だと、言って居た。
然して、正義を語る奴に正義は居ない、と。
彼は、沈黙と化した。

「表現の自由と謳われては居るが、此れでさえ掲げる程、…だ。現に、今世界の何処かで俺と貴方の為す業を、知りはしない」

「…業?」

今度こそ、彼ははっと嘲笑った。
青年を、蔑んで。
其れでも、青年は無感情だった。

「そう、結果は分からない。如何為るかが分からない。…では、其処で立ち止まって居て良いのか?…真逆。毒矢は抜かなければ為らなかった」

又、独白が始まる。

「変化とは、必ずしも進歩を意味するのでは無い。…俺の好きな変人と天才の二面性を持った、男の言葉だよ」

変人と天才が同じ銀貨の裏表なのは、常識人には理解為難い、困難だからだ。

変化も、二面性を孕む。進むか。退くか。行くか戻るか。
人は常に変化をして居る。無意識下で。

「で、退化を恐れて留まると言う事は停滞を招くと言う事で有る。結果では無く、過程を選ぶ者は既に停滞する前から停滞して居る様に。…彼の国は、後者だ。だから、奥ゆかしいんだよ」

甘酸っぱそうな顔をして言い放った。

「某と云う青年が、釈迦――敬意を表そうか、釈尊を訪ねた時、釈尊が渡した喩え話を受け取った時に。某の物語は停滞からの脱出を果たした様に。…まぁ、後付けは問題じゃないけどね」

独擅場だった。
好き勝手に、連続的変形を楽しんで居た。
彼は置いてけぼりでも喰らった男の様だった。

だから、一変した。

「先ず、毒矢は抜かなければ無かった」

先刻と同じ言葉で、口調で、抑揚で、言った。
寄り道をして、買い食いをして、拾い食いをして、でも、其れは唐突に本筋に戻った。

「狂ってるかな?だろうね。でも、絶望してられない。蹌踉めいてもられない。立ち止まるなんて、最、有り得無い」

自己肯定をする。
確立する為だ。
自分を、自分が、立たせて遣らなくて、誰が青年の世界で、助けてなんてくれるのだろうか。
彼は知った、青年に取って、其れは屈辱で、最低で、偽善だと。

「けれど、同情の方が最も屈辱で、侮辱にしか為らない」

外方を向いてるのは何方だ?
科学者と顕微鏡の向こうの細菌、観察されて居るのは何方?
無言と優言、優しいのは何方?
答えは。

「何で俺が、綻びを纏め滅したのか、分かる?」

彼は睨んだ儘。一言も発さず。
分かって居る事だった。今は、優しさからでは無いと。

「…俺が為したかっただけ。霊的な善の為……と、云う訳じゃないけどね、もう、飽きたんだよ、少年少女が期待する様な感傷的な理由からなんて」

一は全、全は一。一人は皆の為に、皆は一人の為に。
一人は皆を拒絶した。排斥したのだ、本来の自己中心的の性を取り戻す為に。自分を守る為に。

自分が知覚した、自分に成る為に。自分を取り戻す為に。

「足枷を無くした罪人は、復讐を決めた。然して此れは世界の裏に居るから出来た事。然して、力が在ってこそ為し得た事だ」

青年は、世界を否定した。
足枷は既に外されて居て、子供に成り切れ無い大人拠りも滑稽だったかも知れない。自由の刑に処されたのだ。然し、青年の仮面は既に壊されて居た。けど、理性の箍は外れて居ない。

「為し得た俺は、背負う事になった。さぁ、為した後の、報酬は、何だったと思う…?」

受け入れなければ為らなかった、其の判決に。其の天命に。

不敵に笑った其れは、前拠り強く鮮明で無かった。
少なくとも彼は、青年に不思議と苛立つ事は無かった。

「……調和。けど、崩壊」

「そう、矛盾だらけの此の世界に終止符を」

為した。其れで――其れだけの事が、青年に満足感を与えたのだ。
自己満足だと、彼は思った。然し、先刻の事を思い出し、舌打ちした。
けど青年は合わせたみたいに、感傷的なのはだから嫌いなんだよ、と、諭す様に、然して、揶う様に、言った。

一時に遣って来る季節風は、次には台風を連れて来るのだろう。晴れた日に光る雷は軈て豪雨を連れて来るのだろう。其れに至る可き道が、必要だった。
全ては偶然では無く、必然。青年が顕現したのも、した事も、彼が青年に会うのも。

「神は居ない」

自分勝手に、自分の都合しか考えない其れは、だからこそ、問いなのだろう。

「…君は何処の超神様なの?」

「俺は人の子。究極な存在なんて無い」

飽くまでも淡々に。蒼然と。
俺は生きてるか死んでるか曖昧に為る程の場所で、生きてるのだろうか、と。
幻なのか、白昼夢なのか。
答えなんて、既に知って居るだろうに。人は何故、他人に求めたがる。…拒絶する癖に。
絶対は無い。

「人に絶対を求める、人こそが、俺には分からない。…神も、良くもそんな分からない生物を生み出した物だ」

何故、理解しないのか、と。
何故、自分を助けれるのは自分だけだと解らないのか。

「君もそうだろ?其れに矢張り偶像崇拝主義だったんだ」

お前こそ、何故、他人に身を任せる。
皮肉に皮肉を重ねるのは、泥試合だ。無駄な事。然し、此の世に無駄と云う事は無い、寧ろ、無駄と云う言葉其の物が無駄だと、…共通した持論だった。

「夜明け前が最も、暗い。此れも又、彼の者の言葉だ。…少なくとも、俺は其処から学んだ。辞彙が全てじゃないんだ。辞彙で辞意を識るだけじゃ足りなかった。思惟為なければ成ら無いんだ。讒言や誣言許りしか無い場所で真実を見付けるしか無かった」

其れは砂漠の中で一つの真珠を見付ける様な物だった。然して其の真珠の真贋を、見極める事も為なければ為らない事になった。
其れは、天女が降りて来る迄の一劫拠り、菩薩が如来と成る為に必要な時間拠りも、長い事だろう、然して、短い事だろう。

「頽廃的…でも?」

「そう、其れが如何れ程賎しく低劣で、諦念の欠けた事でも在っても。…典型的で居てはいけなかった。始めはそうで有るしか無かった。けれど、在ってはいけなかった。打ち毀すしか無かった。例え、誰にも望まれぬ生き方をしてでも、達成させるしか無かった」

「…」

彼のその目は軽蔑では無く、侮蔑でも無かった。只、憐憫と、していた。
噫、何て可哀相だと。

青年に其れは、どれだけの侮辱の念を与えたか、等と、思考する迄も無かった。

「…大日如来の胎蔵界は俺に微笑ま無かった。大悲者と謳われる観世音菩薩でさえ、俺を救う事は出来無かった」

だから俺には逆に、寿ぎを与えてくれと。唱えた。咎めるも無く、憤るも無く、只、女神の微笑みが欲しいと言った。
女神の言葉は要らない、頌徳碑は要らないから只微笑みだけを、と。…ならば、人の言葉など、更々必要が無かった。

「…母を与え。父を与え。大人びた言葉を幾つか与え、育て、守り、母を亡くし、野獣の蔓延る世界に丸裸儘の放り込み、弑さす。…其れが、一連の動作だった」

「………何、其れ」

勝手過ぎだと、咎めた。
すると、嗤った。青年は、彼を、嗤った。露骨な程に。

彼がむっとしたのは、道理だった。
馬鹿にされたのだ。

「人は見たい様にしか見ない。知覚と感情、然して情動する」

又、勝手に語る。
彼は、既に諦めて居た。絶望は、していない。道理と非道は、青年には伝わらない。

「――唱導が如来の言葉ならば、予言は誰の言葉だ?」

又問いを掛けた。
誰が応えようか、其の愚問を。

「此の世界での俺は、英雄でも何でも無い、只の、簒奪者だ。…貴方は?……地上で最も綺麗な存在なのか?」

「…、…思われたくもない」

分からなかった。然して、分かった。だから、応えた。嫌だ、と。青年の比喩癖は如何も難解だった。

「男の仮面は直ぐに壊れる事なんて無い。鋼鉄に鋼鐵で塗り固められた自尊心も、何ににも替え難い人生哲学も、命拠りも意地を守る事の方が、大切で強固な仮面。だから…男は仕方無い」

馬鹿だ、と言いたいのだろうか。…否、呆れて居るだけ。

然し、青年は、現実の――今の男は侮辱も軽蔑もして居る。
通過儀礼。…其れを行う事すら無いのだろうから、子供だ。子供でしかない。例え、社会的には大人に成り得たとしても。…其れが青年の概念だった。

「扠、そんな男の仮面を打ち砕くのは、…とても身近な物で、近寄り難さも滲み出る、然し、全てを包括し受け留める、…女の元型だ」

意地悪く嘲笑う其れは紛う事無き、当て付けだった。誰かに、向けて。

彼は黙した。

「女――魂は、段階的に分類される。性欲のはけ口の魂――雑誌偶像とかのね」

指を楽しそうに折り始める。
丸で、計算問題を解いて居る様な。

「空想的の魂――理想の恋人像かな。トロイのヘレネだったり、シェイクスピアのジュリエットだったり…凡ゆる物語の女主人公が此れに該当する」

一旦、置いた。
彼は疲れたかの様に、首を回した。ごきっと、気の所為か、遥か遠くの方で聞いた様な音だった。

「次いで、霊的な母性。聖母、然して叡智とか……要するにだけど、魂は男が女に夢見る幻想なんだよ」

漫画や作り話に登場する女主人公で在っても、現実に、本当に現実に存在して居るので在っても、空想だった。
夢見る少女じゃ居られないのだろうが、少年には如何だろうか。愚問だ、子供では何時迄も居られない。

「狂ってんだ」

「何を今更?」

青年は彼の苦い顔を粉砕したが、彼の仮面迄は崩せ無い様に。

「扠、実在論は何処に有る?境界線か?現実か?宇宙か?」

彼は応えない。及ばない。
青年は、噫、と言って、打ち切った。読者が居ないのだ。

「…人智学は?」

「さぁ、…分かるのは、希臘語。認識。道」

「位相幾何学」

「数学。位相的不変量――例えば穴、一つの穴を残した儘連続的変形が可能な二つの異なる形の図形は、位相幾何学では同じ。文脈依存性…崩れると、元に戻る」

彼は模範的だった。
然して、文脈を失う、と云う意味は知っていた。

「うん導入。じゃあ、ポアンカレ予想は?『単連的な三次元――』」

「それが?」

彼は行間を抜いて――否、読んで、最後の言葉を、言った。

「――人の想像力は、人が過信する程自由じゃない」

向こうも、意趣返しの心算か。
行間を速読し、然して主導権を握った。

「人が遍く霊的世界を語るとすると、古今東西の神話伝承の元型からは逃れる事は如何足掻こうと無理なんだよ」

材料が被る、偶然の一致だと提唱した。

「…若し同じ本を――全く、同じ本を僕等が読んだとするなら――」

「そう、違う。同じなのに、違う」

くすりと青年が笑ったのは、嬉しかったからなのだろうか。やっと及んだのだと、認めたからなのだろうか。誰を、彼を。

「本物か如何かでは無い、信じたいか如何か…。若しも今、『新約聖書』の原文が発見されたとして、イエスの肉声が発見されたとして、…公表するかな?」

何処が、とは述べ無かった。
詰まり、真実が如何で在れ、結局、情報に操作されてると云う事だ。情報に、支配されている、と云う可きか。
けれど彼には、分かった。

「ニーチェは、…知性の斧で、西洋文明の1000年の樹を伐り倒そうとし、奮い続けたと云う。ニーチェは説いた、小利口な若者が自分の無能を隠す方便――否、現状否定じゃない、自我を肯定し対抗する為の人間讃歌を」

悪魔に扉を大きく叩かれ、魂の精算を迫られた時の為の対抗策。
怨嗟からの脱却。…は、其処に在ったのかも知れない。然し、何処迄有れば人だ?

「――人が、自分の絶対だと思って居た何か、を。…絶対の真理をソトに求めた時、其れは生まれ死ぬ。…生まれる事は生まれるんだ。チルチルとミチルの青い鳥の様に」

美しく有る可きか、奇跡は、然して至る迄の軌跡は。

「…貴方の受け入れ難い物って、何?」

又勝手に、唱える青年を、彼はほとほと呆れた様だった。

「コギト・エルゴ・スム」

彼の言葉を青年は、自らの言葉で打ち消した。

「…自分と違う事を叫ぶ者が居ると人は、むかつく以前に、安心を得る。其れは…好敵手だと云う者も居れば、相容れぬと云う者も居るだろう。でも其れが――幸せな、どんなに幸せな事なんだろうね」

人は、人が思うより、当たり前だと思って居る事は、当たり前じゃない。

「永遠なんて、無い」

生老病死。愛別離苦、怨憎会苦、求不得苦、五蘊盛苦。
四苦と八苦。
――輪廻。

「…輪廻?」

「そうだよ」

彼の顔に青年は又、無表情で接した。

「唯識思想には良く知られる五感に、無意識の為す我執に、第七感の末那識の上にあるらしく、我痴、我見、我慢、我愛――」

「無知、妄信、慢心、利己主義の煩悩は…?」

青年は少し笑う。
其れだけ。

「仏教は、絶対真理から来て如来となる為に五十二段の階段を用意された教えの道――」

「五十二段とは限らない」

「噫、限らない」

笑った。

仏教とは無我だった。諸行無常、諸法無我、一切皆苦。
万物は常に消滅流転し、万物は、森羅万象で有らんとする連続的変形の断片だったろう。輪廻は又、我が有る事をも含め苦しみだった。

「涅槃静穏。…扠迷いなんて消せる事は容易いか?」

嫌な問い掛けだろう。
彼は隠しもせずに、嫌な顔をした。青年は其れに肩を竦める動きを返した。

「三阿僧祇劫――釈迦入滅後凡そ五十六億七千万年後、弥勒菩薩は、如来――新たな仏陀として、我々を救済する。…唯識は、悟りを、救いを求める、然し、救世の道とは流転で、唯識無我なんだよ」

…凡ゆる艱難辛苦。前世の中の僅かな記憶しか見えない事だ。又は、もう、覚えて居ないのかもしれない。――輪廻に絶望して。
六道輪廻に揉まれ、苦しめられ、無くなる事も出来ず、其れでも尚、こうやって生まれ落ちた。苦行を、忘れて。

「逃げ、だよ」

「…自由な癖に」

青年が何を唱えた所で皮肉にしか聞こえないのは、西洋思想の魔法か。
彼が返す物は何時も皮肉混じりなのは、東洋思想の恩恵なのだろうか。

「言ったろ?人は、人が過信する程自由じゃないんだよ」

二度唱える。だから、古今東西の霊的世界の語りは、元型から逃れられない。

然して、矛盾は溢れ出す。

「――月を指せば指を認む」

語り出す。
彼は、又怪訝な顔をする。

「又、だけど…」

断りを、入れた。
分かる。遅過ぎだ。…其れとも、此処でしか必要が無いのか。

「指が月を示すとき愚かなる者指先を見ん」

彼は、もう、何も表さなかった。
けれど、言葉は塞がってはいなかった。

「倫理に悖るの?」

好い加減其の預言は飽きたと言った。青年はふっと笑って返した。然して、流した。

「洒落た話をしようか…Et tu,Brute?」

「…それなら倒れるがよい、シーザー」

「ブルータスは有名だったか…」

「…やっぱり貴方がわからない」

ふっと、青年が笑って言った。

「シーザーを理解するためにシーザーである必要はない」


彼はむっとした。言いたかっただけだろ、と。訴えた目をした。

「まぁ、そう怒る事は無いよ」

一服だと言っただろ、と。

「その思念の総計はいかに多きかな。我これを算えんとすれどもその数は沙よりも多し」

彼は、やっと、一息を吐く。

「…嗚呼誰か知る百尺下の水の心」

ちゃらけてる訳でも、恨めしげる訳でも無く、そう、億劫そうに言った。

其れに呼応する様に、…初めて、笑った。理解はしていた。

「今からのち、一家に五人あれば、三人は二人に、二人は三人に別れて争わん。父は子に、子は父に、母は娘に、娘は母に――」

懐かしい様に、――本筋に急に引き返す。

「新しい酒は新しい革袋に」

青年は応する。
手は挙げ続けて。

「俺は、嫌いじゃなかった…。でも、簡単には無理だった。…此れは、微妙だった。少年よ大志を抱け」

「…もう、そんな年齢じゃない」

そう、と青年は同意した。
でも違う、とも言った。

「正式には、少年よ、こうあらんと思うすべてのことの達成のために貪欲であれ」

ねぇ知ってる、と、青年は彼を見た。目を、合わせた。

「其の通りじゃないか」

虚無的に笑んだ。此れ以上の皮肉は効いて無かっただろう。

「――Ask,and you will receive,seek,and you will find;knock,and the door will be opened to you.For everyone who asks will receive,and anyone who seeks will find,and the door will be opened to him who knocks.……でも岩戸は如何かな?」

皮肉許りだ。
欲しい物は縱には出来ないのだから。

「エホバ降りてかの人々の立つる町と塔を見給えり。いざ我ら降り、かしこにて彼らの言葉を乱し、互いに言葉を通ずる事を得ざらしめん。故にその名はバベルと呼ばる」

「…僕は其処にだけは行きたくないよ」

如何して、とは…矢張り、愚問だった。

「我々はどこへ行くのか。我々は何者なのか」

俺も嫌だ、と付け足した。

「だから、自明してる」

青年は言った。
然して、又、預言した。

「未だ生を知らず、焉んぞ死を知らんや」

「…言ってあげようか?死を理解する人間は稀だ」

「そうだね。…生死去来棚頭傀儡一線断時落落磊磊って言われてるよ」

「其れも、正しいかもね」

「輪廻を覚えて無いのなら尚更だけどね」

苦笑した。
捉え方は人夫々。

暫しの無言が流れた。
然して、語る。

「貴方は、俺の――別の半分か…」

思い出した様に、矢張り先手を取ったのは青年。
疑問は出さ無かった、違いは同じ事を繰り返さ無い事。代わりに彼の無言は継続した。

「正義を行えば世界の半分を怒らせる…」

「…だから、僕は君の半分か」

達した。解した。でも、其れだけ。
彼に取っても、氷山の一角でしか無いのかもしれない。

「――我が造りし人を我が地の面より拭い去らん。人より獣、這うもの、空の鳥に至るまで滅ぼさん」

「……、」

彼は、然し、土壇場で理解した。
口にするのを躊躇って、

「…其れが君の綻び」

言った。
青年は、変わらず、其れを無視した。語るのが多いのだと、擦せと、言った。

「鳥の血に悲しめど魚の血に悲しまず、…声あるものは幸福なり」

「残酷」

「其れも又、――個体が作り上げたものもまた、その個体同様に遺伝子の表現型だ」

青年が、彼に向けた、言葉だ。
彼は、…彼も、流した。

「人間五十年、下天の内をくらぶれば、夢幻の如くなり」

「…五十にして天命を知るって事も間違いじゃないだろうね」

「僕等は、満たない、未だ」

「けど何れ、生きれば届く」

自嘲を、しなかった。けれど、した。青年が、初めて、此の空間で。然して、共有した。

「私達はいわば二回この世に生まれる。一回目は存在するために。二回目は生きるために」

遠く、遠くの旅路の果てを見た、青年が見たいと願ったからでは無いのだろうに。
青年は、遠くに在った筈の目的地を、見た。

「通過儀礼。だからこそ、一旦死ななければならないんでしょ」

「希望と絶望の合わせ鏡。…そう言えば、希望は人を成功に導く信仰であるって言ってたね」

「希望がなければ何事も成就するものではない…」

そう、幾ら勝とうとしても、勝つ気が無いのなら勝てない、其の様に。
青年の希望は――。

「何人か鏡を把りて魔ならざる者ある魔を照らすにあらず、造る也。――即ち鏡は瞥見す可きものなり熟視す可きものにあらず」

紡ぐ。
連続的変形だ。

「…、」

青年は、微笑んだ。
其れは、…其れは、彼に向けた中で最も――…彼は、止まった。

「――君の希望は、君の、絶望だ」

彼は、独りだ。
此の広大な情報網の中に、取り残され、遺されて居るのだ。

「…孤独に歩め、悪をなさず。求めるところは少なく…林の中の、象のように」

預言。
言葉を預けた。
青年は、彼に持論を打つけるだけでは無かったのだ。

「犬は人間に拠って生活に慣らされ、人間も又、犬に拠って慣らされる」

持来。
持って来いごっこを、しよう。

「…若し、僕が此処迄君を追って来なかったなら、君は、如何してたの」

純粋な、質問を口にする、彼は何処かに忘れ物を遺さない様に拾い集めて居た。
最後だと、分かって居て。居るからこそ。

「其れは無かったよ」

「……、一度、諦めようと、した」

きっぱり言い張る青年に、何処かむかつきが存在したのだ。
けれど、其れ以上に、…認めたく無いので、悔しい声を発し乍ら。囁かに抵抗したのだ、彼は。

「全ては偶然と必然の積み重ね、って事で良いよ」

青年は、大人だった。
過去は如何で在れ、今は、此れだ、と。識ったのだ。

「…人生はただ一問の質問にすぎぬと書けば二月のかもめ」

「車窓に映る景色が飛ぶように後方へと遠ざかって行くのを只、なんとなく寂しそうに眺めている自分自身の姿。今となって思い返せば、それは、絶え間なく行き過ぎる歳月とを重ね合わせて見送っていたのであろうか…」

早いのが、待たないのが、――だからこそ、時間は、不可逆なのだ。

「二十億光年の孤独を、誰が引き摺り寄せるんだろうね」

万有引力とは、引き合う孤独の力である。宇宙は歪んでいる、それ故みんなはもとめ合う…らしい。
青年は、知って居るんだろう。歪む其の果てを。
青年が、そうだったから。
然して、彼も又、青年と同じだった。
だからこそ、ムギとヨシの物語は済し得たのだ。

「彼ら秋の葉のごとく、群がり落ち狂乱した混沌は吼えたけり。…俺達はそんな人生を」

「……さよならだけが人生ならば又来る春は何だろう」

「…残念だな。――この杯を受けてくれ、どうぞなみなみつがしておくれ。花に嵐の喩えもあるぞさよならだけが人生だ」

相対した。
相対的に、解決はしたのだろうか。…其れは本質では無かった。

青年は、茶化した様に、西行や井伏派なんだ、と。
彼は、静寂かに、ゆとり教育の賜物なんだよ、と。

「大いなる目的は、いつも自己犠牲の上に…」

語る、青年は、聞く、彼は。
青年の握る金属が、途端に重くなった。重い枷の産物と化した。

「さぁ、」

さぁ、と青年は言った。催促を、した。自分は無抵抗だと。何もしない、と。

「…本月本日を以てめでたく死去致し候この段広告つかまつり候なり」

晴れやかに、見えた。青年が。
彼は、初めて錯覚する。此の暗闇の奥底で。

「…」

青年は、彼が何かの行動を起こさない事を不満に思えど、けれど、逃げも、催促も、しなかった。
ふ、と口許を緩め、青年は、常意味を含まず語り掛けた。

「aeを、抜いてくれれば良いだけだよ」

何の事だと、目を向けた。
かちあった。目と目が。
かちあった。会話が。成立した。

「真理の文字によってエネルギィを得ていたが、最初の文字aeを消され、死を示されて土へ還った様に」

簡単でしょ、と。
…此の言葉は彼――青年なりの、背中を、押す行為だった。

「…」

本当に、そうだろうか。
彼の疑惑は払拭しきれない所か、増幅して居る様だった。…彼に取って、疑惑は、枷だ。手荷物なのだ。

「此の世界は、此の世界の綻びは、貴方と俺の綻び。だから、貴方が俺の綻びで有り、希望を満たしてくれたなら、…世界は閉じ、然して」

「再誕す…」

間を入れず応えた彼は、静だった。動もせず。

然し。

かちり。彼の指が、ゆっくりと、外した。薬莢は、入って居る様だ。金色が光る。

「……さよなら」

「有難う」

感謝する青年を、殺されるだろうに受け入れる青年を。殺す行為をする彼を、殺そうとしている彼を。…信じられないのは、凡ゆる価値観を捨てて居ない所為だ。

「幸運が三度姿を現す様に、不運も三度兆候を示す…。成程、だいせんじがけだらなよさ」

預言か。其れとも、戯言か。

「髑髏の丘で、全人類の罪を背負った男の磔図じゃない、菩堤樹の下の…『オレ』の図だ。そう、真理から来たりしモノ…。今我ら鏡もて見る如く見るところ朧なり」

乾いた、音。衝撃音。
鍋が地面に着いた時の音の発する、一瞬後に金色の筒が落ちた。
火花が散った。人間の視覚で捕捉するのが困難な位瞬発の事だった。

間を置かず、躊躇いも無く。
放った。

けれど逃げず、硝煙の臭いにしかめた、彼。
呆気無い、呆気無く。

其れとも、雑言なだけか。

「…人は何でも型に入れたがる」

嵌める事が出来無かった人間は拒絶する。欠片が揃わずして未完成の判じ物は遣わない。然し、完成した考え物も又、使わないのだ。飾るだけ。美しい物だ、と。
艱難汝を珠にする、ならば珠に為った侭だ。
彼は、拳銃ワルサーを手に馴染ませたまま、落とした。
其の手に掴んで居るのは、銃と、然して、曾て青年だった荼毘に付されるだろう、物体の紅い遺り物だった。


「犠牲は払われなければならない」

そう諳んじた彼の行方は、矢張り誰も知らない。
何故なら、語る必要性が無いから。誰も、知りたがらないから。人は、自分で思う拠りも無関心で在り得るから。…其の所以も、教育過程が与えた物なのだ。

彼は青年の様に滅んだのだろうか、一つの可能性とするなら、語り継がれて。ポーの、髑髏の丘の者の、様な辞世の言葉を矢張り言わずして、願わずして、神にも、主にも、常、誰かに。不完全な、卑徒に。
映画の最後は幸福な結末でなければならないと云う言葉拠り、終点が打たれるのは確かだった。

――――――――――――――
雑誌偶像=グラビアアイドル。
人の名前と一部例外を除いて、片仮名じゃないんですね、うん。





































這い蹲って、生きたのだ。
――――――

(…中学生の俺に自由はない)

否、自由だと言えるのだろうか、此の有る程度束縛され、少しだけの時間を削られ、子供が子供たる時間の確保を、取られた事は。
…特に、もう将来が決まって了ってる、絶対だと言われた将来の道を其の侭進んで行って了う子供に取って、子供が子供の侭の時間が、果たして、必要なのか。

「…今日もー、明日もー、見守ーってーホームアンウェイー」

此の空を見上げれば……俺は、…そう、又、生きて行くんだ。

―――――
5/5。5周忌です´`





































Total eclips
――――――

最っ悪。一番に思った事がそうだった。
自己嫌悪には陥らない。何に、に因っては此れは自己嫌悪に類するだろうけど。
廊下を歩くのは別に億劫な訳は無く、帰り路が此んなに憂鬱なのは…扠。
如何云った時間差攻撃なのだろう。酷いね。
憂鬱に成ると如何も過去を振り返るのは最早習慣だと思う。勝手に過去回帰して、然して更に鬱に成る――…噫、最っ悪。
何度思い返した所で、何も生まれない。知ってる。在るのは後悔許りだ。今其の迷宮に陥ってる。もう嫌だ。自分が、人が、厭に成ってる。

――…抑、だ。
彼の先生とは相性が合わない事は知ってた筈だった。何時もの様に聞き流しておけば良かったに違いないだろう。けど、合理的な人間で、自分が在る筈が無いし、有る可きでも無かった。
彼方もそうだろうが…、少しは譲歩と云う物を持たないのか、青二才が。違う。新人の癖に、自分を下に見ようとする。違う。…彼方はもう少し合理的な人間の筈だ。…理数系人間があんなに頑固なのは初めて見た訳では無い。忘れてただけ。数学科の教官もそんなんだから。新人が持ち合わせて無い筈が無かった。

油断だ。
自分はとことん、人観察力が乏しいみたいだ。
特に、嫌いなタイプは其れする価値が無い様にしてやがる。…別に、其の侭でも良いと思ってるけれど、感情を後々揺さ振られるのは厭だ。

はぁ。

元はと言えば、…日が悪かった。担任が昨日伝えてくれれば、此の日にならなくて済んだんじゃないかな。…過ぎた事をぐちぐち云って了う自分が厭に成りそうだ。
自分の責任転嫁は逸品もんだな。世の俺様諸君も真っ青なんじゃないか?
然して、終わった話をごちゃごちゃ持ち出して来るのが悪かった。関わり合いたくも無いのに、…あんな、閉鎖的空間の中じゃ、意味を為さなかった。糞。嫌でもああなる。
舌打ちがしたくなったのは、やっぱり自己嫌悪の証か。

無論、彼の手の先生との言い争いの反省なんかじゃなく、自分の自制心の無さに、だ。仕方無い、自分が。

空を見上げるのは、習慣じゃあない。…思い出した。校長が集会の時に46年振り云たら26年後何たら言ってた所為だ。
校長の話は何処も此んな暇で、下らなくって、気怠さを催す様に、眠気を召喚する如くな話だと思うんだけど。其れを聞いてる自分は更に上行く暇人、って事だろうか。笑って了う。仕方無い。

日食。
読んでる漫画の中では最もキーワードに近しいとされる簡易な物で、見てる此の世界の中では珍しいロマンチックな話として話題に上がる其の中の一つの現象。

帰ってる昼の間にも其れは進んで居たのを目撃してる。
自分が帰り道で覚えてるのは、嫌気と、其の現象に気付く前の、有る夫婦が揃いも揃って携帯を空に向けて、かと思えば己の肩の位置迄下げて、然して又空に上げてと幾度も繰り返して居た事だ。
初めは奇妙な意味不明解行動を見て了ったなと思った、…けど吊られて空を見上げると、噫、そうか、皆既日食か、と思って、そう云えば、校長が其んな話をして居たな、と思い当たった訳だ。良くもまあ、蘊蓄染みた話が出来る。あーやっすいくっだらない大人のプライド様々だね。其処迄して上から目線か。コミュニケーションを図る目的で有るなら、抑の間違いだって思うんだけど。
――チープな矜持で彼の憎たらしい糞弩畜生を思い出した。あー厭だ。

大人は如何してこう、素直に成れぬのか。仮初の強固な仮面を作ったと何故気付かない。
子供は如何してああ、頑固に認めぬのか。責任を逃れる術を操れるとでも思ってるのか。
自分は――。

「…――未だ子供」

大人じゃあない。子供の体型で在るんだろうから。でも子供じゃあない。自分の口から出て来る姑息で陰湿極まり無い言葉の刺が其れを物語る。
けど分類的には未だ子供。
口で喧嘩出来る程に為ったのは子供の成長だからだろう。其処に悪意が有るか等と云う見当違いな考えは本質では無い。成長で有るか如何か、で捉えられるのだ。
子供だと油断して、見くびって了ってるのは果たして誰の責だろうか。子供は守る可き存在なのだと誰が決めた?子供は守られる存在なのだと誰が。
矛盾を瞥らうのは自分の趣味だ。
勧善懲悪だと誰が言った。悪が善には勝てないと誰が放った。悪が在るから善も在る事を誰が教えなくした。悪を知らずに如何して善は全てだと決めた。
闇を知らぬが故に自らを肯定する事しか知ら無かった者の末路を、如何して提示しない。

噫、何て――。

「下らない、…下らない。下らない」

此の憂鬱な日を、皆既日食の所為だと決定付ける自分は、未だ子供だと云う此の、こどもは、如何して外れて了った。
頽廃とは、誰が結論付けた。何が、何迄が、何処迄が、頽廃で無いのか。ならば聞こう。どれが正常なんだ。
けれど此処に生きると決めたのは、自分だ。目的の為に、自分は生きると決めたじゃないか。

だから自殺せず、けれど絶望して、生きて居るんじゃないか。どんなに下らなくったって、どんなに厭だろうと、此処から下りたりしない。

「…変わって欲しいとでも思ったか。変わってくれないだろうに…」

此の世界には、幻は有るが在りはしないんだから。
其んな自分が新人勝手に惨めに成って、可哀相に成って、死んで行く人間じゃあ無いから、自分は。自嘲も御手のもの。
――――――
自分が凄く仕方ないんだ。





































あきゅろす。
[管理]

無料HPエムペ!