明日は、久々に家族揃って出掛ける約束をした。
忙しい父が珍しく連休を取ることができたからだ。



「ザックス、今日はしっかり寝ておけよ。」



父親に言われ、ザックスは笑った。
きっと、楽しみで眠れないだろう。
今日は、本でも読んでもらおう。
そんなことを考えながら、風呂場に向かった。


















最期の笑顔



















外がやけに静かだった。
嫌な予感がして、ザックスは急いで風呂をあがった。

















父と母に挟まれて、眠っていた。
妙な気配に、ザックスはひとり目を覚ました。
窓から外を覗くと、見慣れぬ軍人。
そして、その手には、火炎瓶。



「っ…と、父ちゃん!起きて、父ちゃん!」



必死に父親を揺り起こすと、彼も異変に気付いたのか、ザックスと共に窓から外を覗き始めた。


「あれは…」


敵国の兵。
なぜ、こんな夜中に。
そう思ったときには、既に遅く。
村長の家に、火が着けられていた。


「ザックス!お前は母さんを守れ!」


言いながら、父親は銃を握る。
ザックスは首を振り、父の足にしがみつく。


「俺も、戦う!」


外から、村人たちの叫びが聞こえる。
銃の音。
煙のにおい。
敵襲、敵襲と男が叫ぶ。
父親は、窓から銃身を出し、引き金を引いた。


「ザッカライア!早く逃げろ!」


叫びながら、父は敵兵を撃つ。
ザックスは裏口を開けた母親の悲鳴に、振り返った。
裏口から入ってきたのは、敵兵。
母は撃たれ、力なくその腕を床に横たえていた。
血溜りが、ゆっくりと広がっていく。
そうして、次の銃声で敵兵が倒れる。
父は弾の切れた銃を投げ捨て、ザックスの腕を引いた。


「母ちゃん!父ちゃん、母ちゃんは!?」


ザックスが叫んでも、父は答えない。
そのまま家を出ると、ザックスは父の腕を振り払った。


「何で母ちゃんを置いてくんだ!?」

「母さんは助からん!…よく聞け、ザックス。お前は子供だ…おとなしくしていれば、殺されはしないだろう」

「わかんねぇよ!」


言いながら、家の中に駆け戻った。
後ろで父が呼んだ気がした。





















母親はすでに事切れていた。
だが、それを信じられるはずもなく。
ザックスは母親の肩を揺らした。


「母ちゃん…逃げようよ、母ちゃん!」


何度呼んでも返事が返ってくるはずもなく。
泣きながら、母を呼んでいた。
じゃり、と土を踏む音が聞こえた。
見上げると、敵兵が銃を構えていた。


「小僧、おとなしくこっちに来い…そうすれば」


兵士がそこまで言ったところで、ザックスは瓶を投げ付けた。
涙目で睨みながら、兵士に怒鳴りつける。


「ふざけんな!死んじまえ!」


叫ぶと同時に、目の前に硝煙の臭う銃口。


「ザッカライア!!」


呼ばれた瞬間、響く銃声。
真っ赤に、やがて黒く染まる視界を認識した。














そのあとの、記憶はない。






















「…ス、ザックス!」



呼ばれ、ゆっくりと目蓋を開く。
薄暗い室内。
見慣れた顔。



「…伯父さん…?」



小さく声を紡ぐ。
喉がからからで、上手く声が出ない。
体を起こそうとしたら、激痛が背筋を走った。



「寝ていなさい…」



伯父はザックスの肩まで布団を掛けると、そっと頭を撫でた。
眠た眼を擦る。

たしか、目が覚めたら皆で出掛けるんだったよな。
けど、目を開けたら知らない奴がいた。
どっかの兵が、攻めてきたんだ。
母ちゃんが撃たれて、俺は――…

そこで、記憶は途切れた。
ただ耳に残るのは、鈍い銃声、機関の音。
硝煙の臭いに、吐き気がした。



「…父ちゃんと…母ちゃんは…?」



細い声で戻ってきた伯父に尋ねると、彼は少し口籠もり、深く溜息を吐いた。
父の実兄である彼は、どことなく父に似ている。
表情や、仕草も。
不安げに見つめるザックスの目を伏せるように掌で覆い、彼は小さく告げた。



「…あいつは、死んだ」



何の話かわからなかった。
父が死ぬなど。
あの強い父が。



「うそだ!」



痛む体も気にならなかった。
叫び起き上がり、伯父の服を掴む。



「嘘つくな!父ちゃんが死ぬはずないだろ!」

「落ち着け、ザックス」



父によく似た声。
宥めるように呼ばれて。





















銃弾は、ザックスの耳を掠めて壁にめり込んだ。
意識を失ったザックスを背に、父親は撃たれながらも戦った。
しばらくすると、近隣の町に駐在していた神羅の援軍が現れた。
先日、調査にゴンガガを訪れていた一行だ。
敵兵はすぐに一掃され、伯父が駆け付けたとき。
数ヶ所に被弾したザックスに折り重なるように、彼の弟は血塗れで息を引き取っていた。
弟の最期の顔は、息子を守りぬいた、誇らしげな戦士の笑顔。
そうして、ザックスは三日後に目を覚ました。















「…神羅の説明だと、ここが次の魔晄炉の建設予定地らしい」



魔晄エネルギー。
莫大な利益と、強力な兵器を生み出す、神羅カンパニーの要。
事実、三年前にニブルヘイムに魔晄炉第一号機が建設されてから、戦局は神羅が圧倒的有利になった。
だからこそ、次の魔晄炉が建設される前に、敵はこの地を奪いたかったのだろう。



「…そんなこと言われても、わかんねぇよ」



ザックスは、まだ五歳。
大人の損得の話など、理解できる訳もなく。
ただ、少年にとっては。



「…戦争なんか、大嫌いだ…」



一言そう呟き、伯父にしがみつき、声を上げて泣いた。



















「…俺、強くなりたい」



しばらくして、ザックスは小さく呟いた。
泣き腫らした赤い目を擦り、漆黒の瞳で伯父を見つめる。



「泣き虫ザッカライアとは、今日でサヨナラするんだ…
 俺は…ザックスは…強くなる」



幼い決意。
声はまだ潤んでいるものの、強い意志の滲む声。

泣くなよ、ザッカライア。

どこかで、父が笑った気がした。



「…そうだ、ザックス。そこにある花」



言いながら、伯父はザックスのベッドの脇を指差した。
一輪の花。
ジャングルに出るとよく見かける花だが、それが一体どうしたのか。



「それな、この前おまえと仲良くしてた、あの小っちゃな兵隊さんが、おまえに…だってよ」



小さな兵隊。
あの、銀髪の少女だろうか。



「…実際、敵兵が退いたのはあの子一人の力だ…
 どういう育て方すれば、あんな化け物じみた子供ができるんだか…」



彼女が、ひとりで?
そんなこと、できるものなのか?



「…おれ、二回も助けられちゃったよ」



はにかみ、ザックスはベッドに体を沈める。
目蓋を閉じると、脳裏で父母が微笑んだ。





















それから、八年が経った。
子供の無かった伯父夫婦に引き取られ、本当の親子のように暮らしていた。
実の父母の記憶は、嫌でも薄れていく。
短い人生の半分以上を過ごした義父母の記憶で、塗り替えるように。
あの日以来、神羅の兵が定期的にゴンガガを訪れる。
魔晄炉が、建設されたのだ。
メルトダウン魔晄炉と名付けられたそれのおかげで、生活は見違えるほど豊かになった。
だが。



「ふっざけんなよ!」



ザックスはだん、と机を叩く。
父は深く溜息を吐き、頭を掻く。



「仕方ないだろう、家にはそんな余裕はないんだ」

「けどよ!神羅の兵隊なんかさ、全員持ってるんだぜ!」

「村の者は、誰も持ってないだろう」



もめているのは、携帯電話の話。
神羅兵が持っているのを見て、うらやましいと言いだしたのだ。
ザックスは、十三歳。
都会に憧れる年頃なのだ。



「ザックス、いい加減に…」

「もういい!俺は出てく!ミッドガルに行く!
 こんな田舎で暮らしてられるかっての!」



頬を膨らませ、ベッドに置かれた鞄を掴む。
ばさばさと荷物を詰め込むと、背中に背負って扉を開けた。



「ザックス…」



母が不安そうに呼び掛ける。
ザックスは振り返ると、にっと笑った。



「心配すんなよ、気が向いたら手紙、書くからさ」



それだけ言い残し、家から走り出た。









【02:Je suis mort en riant】



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