[通常モード] [URL送信]





教会の破れた屋根の隙間から空を仰ぐ。
今日も煙で曇って。

飛び交う飛行機。
ミッドガルのありふれた光景。

子供たちの笑い声。
見つけられない、彼の姿。

この街はただでさえ陽射しが少ないのに、曇り空とは、憂鬱な気分になる。
花が可哀想だ、なんて思いながら、今日も花の手入れをする。

傍らに咲く、青い花。
あの人がいなくなってから、五回目の夏。
花が咲いて、枯れて、新しい命が萌み、また蕾む。

あの人のいない世界は、ただ、それを繰り返すだけ。

ツォンはあの日、彼は遠くの村にいて、決して帰ってこないと言った。
けれど、英雄セフィロスの死亡が、何日も新聞の一面を飾っていたとき。
隅に書かれていた、たった三行の記事。

『なお、同任務に就いていたソルジャー1ST及びジュノン第五師団七十八部隊の隊員各一名も行方不明になっている』

それを見て、直感した。

行方不明になってるソルジャー1STは、ザックス。
ツォンは、わたしにこのこと、知らせないようにしてくれたんだ。

彼なりの気遣いに、小さく溜息を吐く。
あの日から、ピンクのワンピースばかりを着ている。
約束の色。
待つことは、やめた。
無事でいるなら、それでいい。
ただ生きていてさえくれれば。
いつか約束を守ってくれると。
いつか会いに来てくれると、そう信じて。
よく似合う、と言ってくれるだろうか。
また、髪を撫でてくれるだろうか。



「また…会えるよね…?」



呟いた声は、誰にも届くことはなく。
雨雲の流れ込む空に、吸い込まれ、消えた。






















白い布を靡かせて























森を通り、山を越え。
また戻ってはの繰り返し。
進まない足に、苛立ちを覚える。



「ったく、いつになったら山から出れるんだろうなぁ」



いつまでも山の中に居るわけにもいかない。
包囲網は、段々と狭まっているのだ。
疲労にも、慣れた。
痛みにも、慣れた。
人を斬ることの辛さにだけは、慣れずにいる。
昔、恋人に言われた言葉。

人を斬るのに、慣れなきゃいけない。
それが、ソルジャーの存在意義だから。
だからこそ、後悔とか、忘れちゃいけない。
それ無くしたら、あたしたちはただの殺人兵器だって。
そのこと、忘れちゃいけない。

確かにそうだと、苦笑する。
ソルジャーにとって、『敵』の命はあまりにも脆く、軽い。



「…なぁ」



歩きながら、耳元で囁く。
背後には、間違いなく兵が居る。
銃火器の擦れる音が、聞こえたがら。



「ちょっと、走るぞ」



囁き、木々の隙間を縫って走り出す。
慌てて飛び出してきた兵達が、銃を乱射する。
赤外線ゴーグルがあるとはいえ、焦りを交えた状態では、逃げる標的に当たるはずもなく。



「当たるかよ!」



挑発混じりの声を上げれば、頭上の枝から飛び降りてくる兵士。
特殊戦闘兵と呼ばれる、ソルジャー候補生落ちの近距離戦闘に長けた兵士だ。
スタンガンのように、電気を帯びた武器を持っている。
剣では叶わないと、わかっているのだろう。
だが、武器を替えたからといって、簡単に捕らえられるとは大間違いだ。
武器を弾き飛ばし、峰でその首を打ち据える。
気絶して転がる体を飛び越え、背後を一瞥する。



「ったく、しつこいなー」



歩けば追われ、止まれば捕まる。
終わりの見えない鬼ごっこのような感覚に、溜息を吐いた。



「どうすりゃ撒けるか…」



言えば、がくんとクラウドの膝から力が抜けた。
疲れがたまっているのは、クラウドだって一緒だ。
人間をソルジャーに変える実験と同じものを行っていたとしても、魔晄中毒に陥った被験体が、ソルジャーと同じ力を持っているとは限らない。
クラウドは、まだ人間でいるのか。
それとも、俺と同じ化け物なのか。



「…悪いな、休ませてやりたいんだけど、そうも言ってられないみたいだ」



くしゃりと髪を撫で、前を向く。
木々の奥に僅かに見える空は、先が崖になっている証拠。
飛び降りれば、撒けるか。
ミッドガルとグラスランドの中間辺りであろうこの山中で、崖があるのは一カ所だけ。
あの程度の高さなら、何の問題もない。



「居たぞ!あそこだ!」

「げ、見つかった」



言いながら、剣を握ったまま崖に向かって走る。
幅広の大剣は、銃弾を防ぐのに役に立つ。
弾丸を避け、弾きながら立った崖の上。



「あばよ!」



言い放ち、崖から飛び降りる。
風の抵抗は、思っていたよりも少なく。
クラウドには、なるべく衝撃を与えないように。
枝を踏み折り、着地した。



「ま、これで三時間は追いついてこないだろうし…ちょっと休むか」



大きく枝を広げた木の下に、クラウドを座らせて。
ザックスも、その隣に腰を下ろした。



「最近はいいよなぁ、その辺ウロウロしてるだけで、実とか生ってるし」



街に行くことも出来ない今の状態で、何よりも困難なのは食物を手に入れることだ。
ミッドガルから少し離れた山の中には、まだ様々な植物が残っていて。
生っている果実や、倒した兵士の持っていた携帯食を糧に、何とか食いつなげているのだ。



「もう少し行けば、ミッドガル建設廃材の山があるはずだ……もしかしたら、バイクくらい転がってるかもな」



にっと笑い、クラウドの髪を撫で、絡んだ葉を落としてやる。
そうして、グローブにも土が付いていることに気付き、ザックスは小さく溜息を吐いた。
多少の危険を冒してでも、この森から抜け出さなければならない。
怖じ気付いていれば、いつまでも前には進めない。



「明日、森を出る……今まで以上に走り回るから、覚悟しとけよ」



クラウドの肩を抱き寄せ、大きく欠伸する。
目蓋を閉じれば、浮かぶのは。
この所、短い夢の中で見続ける光景。
笑う、セフィロス。
優しい笑顔を浮かべているのに、聞こえるのは押し殺したような嗚咽。
何が、あんたを苦しめてるんだ?
何が、あんたを悲しませてるんだ?
尋ねても、ただセフィロスは笑うだけで。
触れた頬の冷たさに、これが夢だと気付かされ。
いつも、そこで目が覚める。
もう、この世界にセフィロスは居ないのだと、痛いくらいに思い知らされる。
俺はまた、忘れながら生きなければならないのだろうか。
愛した、愛された記憶すら、忘れながら。
もう一度目蓋を開けば、風に揺れる一輪の、黄色い花が目に入った。



「…生きるんだ、俺は……」



忘れながら、失いながら。
それでも、生きていくんだ。
握りしめた拳、付いた砂が小さく軋んだ。






















金属の擦れる音。
縛り上げられた手首の裂けた皮膚からは、血液が溢れては乾き、乾いてはまた溢れている。
懲罰房に入れられて、何日になるだろう。
殴られ続けた体の、どこも折れてはいないことが不思議に思える。
痛みには慣れているが、痛くないというわけではない。
薬漬けにされていたあの頃とは、違うのだから。
下手に足の力を抜けば、首に掛けられた革紐に呼吸を奪われる。
さすが、拷問のために作られた部屋だ。
戦時、裏切りを犯した者をここに放り込み、発狂するまで懲罰を加えたという噂すら聞く。
俺は、あと何日持つんだろうな。
他人事のように考えていれば、がちゃりと錠の落ちる音がした。
今度は、何で虐げられるのだろうか。
軍の奴らにとっては、疎ましく思っているタークスに堂々と制裁を加えられる好機だ。
上官の酔狂に付き合わされる兵士が、歪んだ表情で鞭を打ってきたときは、こちらが見ていて不憫に思ったほどだ。
だが、扉を開いて現れたのは。



「レノ、大丈夫か?」

「ロッ、ド!?」



乾いて掠れた声を張り上げれば、ロッドは人差し指を口の前に立て、静かに、と合図した。
がちゃがちゃと音を立てて乱暴に鎖を外せば、瘡蓋からまた血が滲み出す。



「激しくすると感じちゃうぞ、と」

「阿呆なこと言ってんなよ!どういう状況かわかってんのか!?」

「わかってないのはお前の方だぞ、と」



レノは今、軍から逃走幇助の罪に問われているのだ。
ロッドが今していることは、罪人の脱走幇助になる。
同じ懲罰を受けるだけでは、済まないかもしれないのだ。



「…俺、決めたんだ。ちゃんと、俺が正しいって思ったこと、貫いていこうって」



首に掛けられた革紐を切れば、く、と一つ呻くような声を漏らして、レノは床に膝をついた。
何日も、食事を与えられていなかったのだ。
貧血を起こしているのだろう。



「俺が正しいと思ったのは、ザックスを助けること、ヴェルド主任を、レノを助けることだから」



ロッドは強い意志を持った声で、はっきりとそう言った。
ヴェルドは今、昔神羅に実験体にされた娘を助ける為に、闘っている。
それは、ただ敵と戦うだけではなく。
事件を隠蔽しようとしている神羅も、敵に回しているのだ。
神羅と敵対する二人を助けることが、正しいことだと。
随分と、言うようになったものだ。
六年前に負かしてやった時は、半泣きで「殺さないで」と訴えてきたくせに。



「ザックスは今、誰が追ってる?」

「ルードとエレーヌだ。あの二人なら、任せても大丈夫だろ」

「…ま、軍の奴らより先に、見つけられたらの話だけどな」



あの日、軍の連中にレノと接触中のザックスの居場所が分かったのは。
レノの電磁ロッドが電気を放ったとき、同時に発信信号を本社に送るようになっていたためだったのだ。
それを知らされたのは、『懲罰』を受けている最中。
流石下衆のやることは違う、と悪態を吐いて唾を吐き掛けてやれば、頬を殴られ、口の中に血が滲んだ。



「タークスに出来ないことはないんだろ?」

「誰が言ったんだよ、そんなこと」

「俺がタークスに入った日、レノが言っただろ。もう忘れたのかよ」



随分と懐かしい話ばかり持ち出すロッドに、苦笑する。
最近、タークスは社長の命令に背いてばかりだ。
覚悟をしているのかもしれない。



「…忘れてないぞ、と」



忘れるわけがない。
一度、全てを失ったんだ。
あれ以来、何一つ忘れまいと生きてきたんだ。
もう、何も失うまいと。



「ま、ルードが居るならあいつらも安心だ……ほら、俺達も行くぞ、と」

「リョーカイ!」



何も失いたくない。
それでも指をすり抜けてしまうものがあることを、俺は知っているから。
ならば、せめて忘れないように。
何一つ、忘れてしまわないようにと。
部屋の隅に投げ捨てられていた上着に、腕を通す。
この制服に与えられた地位と自由と、束縛。
それすらも、今はただの重荷に感じる。



「な、ロッド」

「ん?」

「俺も、正直に生きることにするぞ、と」



言いながら、転がされた武器を手に取れば。
背後で、可笑しげにロッドが笑った。



「正直なレノとか、ないだろ」

「どうだろうな」



決めたんだ。
次に会ったときは、きっと。
耳元で囁くのは、素っ気無い挨拶なんかじゃなく、甘い睦言を。
馬鹿なことをと、笑われるかもしれない。
からかっているのかと、怒るかもしれない。
それでも、必ず。



「レノ様にできないことはないんだぞ、と」



その時の表情は、生涯忘れないだろうから。
凍えるような大地で触れた、温かいぬくもり。
耳元で聞こえた寝息も、忘れてはいない。
ただ、記憶だけは守り抜いて。
何一つ、忘れないように。






















「あっはっは、こんなに上手くいくとは思わなかったなぁ」



バイクを走らせながら、鉄屑の合間を縫うように走る。
クラウドを後ろに乗せて、夜の風を体中で浴びながら。



「これで、随分向こうまで行けそうだぞ。燃料、あと50キロは持ちそうだしな!」



廃材の山の中、案の定襲ってきた軍の一団。
彼等の乗っていたバイクを奪い、そのまま兵達を置き去りに走り抜いてきたのだ。
頭上を飛ぶスキッフも、随分と数が減っている。
今飛んでいるのは、タークスのものだろうか。



『ザックス・フェア!今すぐ投降してください!そうすれば、命の保障はします!』



拡声器を伝い、宵闇の中に響く声。
最後に聞いたのは、もう随分と前のような気がする。



「…エレーヌか」



やはり、タークスか。
ちらりと高度を落としたスキッフの運転席を見れば、見慣れた顔が並んでいた。



『もう一度言います!ザックス・フェア!』

「エレーヌ!レノにも言ったけどな、そういうのは遠慮するぜ!」



声を張り上げて叫べば、集音器でも取り付けられているのだろうか、エレーヌからの返答が聞こえた。



『あなたの身柄も、あなたの友人の治療も、必ず保証してみせます!投降してください!ザックス!』



焦りの見える声色。
助けようとしてくれているのは、わかる。
けれど、そこに自由がないことは、誰の目から見ても明らかだろう。
ただ、欲しいのは。



「俺が欲しいのは、誰にも縛られない自由だ!んじゃ、あーばよっ!」



笑いながらわざとらしく腕を振り、そのまま地下道へと入る。
地上部隊は追いついていないようだから、ここからならミッドガル近郊まで走れるだろう。
燃料が持てば、の話だが。



「ターゲット・ロスト…地下坑道に入り込んだようです」

「ミッドガルに入る気だな」



回線を内部用に切り替え、ツォンに報告を入れる。
エレーヌは小さく溜息を吐き、ザックスの消えた地下道へと目を遣った。



「…軍も余計な物をプレゼントしてくれるわ」

「だが、追いついても素直に投降に応じるとは思えんな」

「私達は、私達の仕事をするだけです。懲罰房に入れられたレノさんに目が向いている今、私達への監視は薄くなっています…」

「軍を出し抜く好機、だな」



短い会話を交わしていれば、ガ、と小さく機械音が鳴り、ツォンからの連絡が入った。



『…分かった。ミッドガル周辺に非常線を張らせるんだ』

「分かりました」



ルードが返事をし、一度回線を切る。
携帯を開けば、ロッドからの伝言が一つ。



『無事、脱獄成功!今からヴェルド主任のところに向かうぜ!』

『だから、今の主任はツォンさんだっつの……おいルード、俺がそっちに行けない分、しっかり働けよ、と!っ、痛って!触んな!』



スピーカー越しに聞こえる会話に相棒の無事を知らされ、安堵の溜息を漏らす。



「あとは、私達にかかってますよ」



エレーヌの声に頷いて、ぱちん、と携帯を閉じた。






















バイクの燃料が切れたのは、地下坑道を抜けてしばらくした後だった。
幸い、背の高い草の茂る道だったため、バイクを草の中に隠し、自らもその中へと潜り込んだ。



「夏、最高だな!冬だったら俺達、今頃撃たれてたぜ」



真昼の今、草を掻き分けて前に進む。
もう少し進めば、きっと荒地に出るはずだ。
ミッドガルにエネルギーを吸い取られた、不毛の大地。



「荒地に出る前にさ、もう一台、バイク貰えないかなー…なんて」



笑いながら言うが、まるで冗談というわけでもない。
徒歩で広野を歩くとは、殺してくれと言っているようなものだ。



「なぁ、クラウド…永遠の愛って、あると思うか?」



いつものように、何の脈絡もない話。
思いついたことを、ただ話しかけるだけの。



「俺は、ないと思う……いや、あったらロマンチックだとは思うけどさ」



笑いながら、見上げた空。
東の方から、流れる雲。
今は晴れているけれど、しばらくしたら雨が降るかな。
そんなことを考えながら、十字傷の残る頬を掻いた。
セフィロスとジェネシスが、残した傷。
この傷痕と、同じだ。
表面上は癒えたように見えても、疵は深く、残っている。



「俺さ、昔…ほんと、十年近く前になるんだけど。愛してるなんて大人みたいな言葉は似合わないけど…誰よりも、一番好きだった女の子がいたんだよ」



特別美人というわけでもなく、言動も粗野で。
それでも、誰よりも好きだったんだ。



「色々あって、そいつが居なくなって……でも、その後でもさ、人を好きになれた。誰よりも大切だって、そう思えたんだよ」



居なくなってしまった人には、何の力もない。
愛されることはあっても、愛してくれることは決してないから。



「…きっと俺も、また違う人を好きになる……嫌でも、あいつのこと、忘れていくんだ」



傷跡が癒えずとも、疵を受けた記憶だけは薄れてゆき。
思い出して、笑い合える日が来るのだろう。
生きていくとは、きっとそういうことなのだ。



「……なんて、なんかしめっぽい話になっちゃったな。似合わないよなぁ、俺、そういう話」



あはは、と笑い飛ばしながら、ザックスは片腕を空に伸ばす。
短すぎる腕。
空には、決して届かない。
この腕は、またいつか、愛する人を抱き締めることがあるのだろうか。
冷たくなっていく体を抱いていた。
押し殺した嗚咽を漏らす背を抱いていた。
この腕は、いつか。



「……ぁ、クラウド、見ろよ!トラックだ!な、乗せてってもらおうぜ!」



神羅製の、古い型の軽トラックが遠くに見える。
追っ手ならば、もっと武器を積み込むことのできる車両で追ってくるだろう。
クラウドを連れて草むらから飛び出し、親指を立てて腕を振った。
パ、とひとつ警笛を鳴らし、車が止まる。
運転席の男は窓を開き、顔を覗かせた。



「ヒッチハイクか?どこまでだ?」

「俺達、ミッドガルに行きたいんだ!」

「あぁ、それなら乗ってきな。荷台でよければだけどな」



気さくに笑う男に、ザックスは軽く礼を言い、クラウドを荷台に乗せてやった。
自分も荷台に跳び乗ると、よろしく、と窓越しに男に声を掛けた。



「よかったなー、クラウド!いいおっさんに会えてさ」

「はっはっは、俺がいいおっさんで良かったな!」

「自分で言ってちゃ世話ねぇよー」



軽口を飛ばしながら、胡坐をかいて笑う。
もう少し進めば、緑の大地に別れを告げることになる。
今の内に、深呼吸でもしておこうか。
大きく腕を広げ、ザックスは深く息を吸い込んだ。






















『主任、ターゲットが非常線にかかったとの報告が入りました』



告げるエレーヌの元にあるのは、シスネからの連絡記録。
軍の諜報電波を、傍受しているのだ。



「分かった、すぐに向かう」



返答をし、通話を切る。
軍の連中は、既にザックス達に追いついているのだろうか。
回線を軍に繋ぎ、応答を待つ。



『こちら第六十三部隊』

「タークス主任、ツォンだ。現在、ターゲットは?」

『…ポイント48を通過後、民間のトラックをヒッチハイクした模様』

「わかった。タークスを二人、先行してそちらに向かわせている。到着を待ち、指示を仰ぐように」



軍の部隊に指示を出し終え、回線を切る。
今回の捜索は、タークスに主権がある。
それを利用したとしても、手柄を先んじられる可能性も高い。
急がなければ。



「随分と必死だな、ツォン。あのソルジャーに、何か借りでもあるのか?」



パソコンを弄りながら、ブロンドを揺らして笑うのは、軟禁状態にあるルーファウス。
垂れた前髪を掻き分けて、ぱちん、とキーを弾いた。



「彼は、我々にとっても重要な人間です」

「馴れ合いの話か?それとも、利益に繋がることか?」

「…馴れ合いの話、ですよ」



言いながら、ツォンはスーツの襟を整える。
その様子に笑みを浮かべ、からん、とグラスの氷を揺らした。



「擁護はしてやろう」

「…ありがとうございます」

「早くしないと、まずいんだろう?」



くつくつと笑うルーファウスに、軽く会釈をして。
薄手の黒いコートを羽織り、扉を開く。
神羅に人生を狂わされた人間を、何人も見てきた。
この手で人の全てを狂わせたことなど、何度もあるのに。
彼等の自由を摘み取ろうというこの行為への罪の意識。
幼い日から見知っていた存在に、初めて無償の愛を与えてくれた人間。
どれほどの対価を払ったとしても、助けたかった。
空いた窓から、外を飛ぶスキッフの羽風が頬に当たる。
一度深く息を吐き、屋上のエアポートへと向かった。






















がたん、ごとん。
整備も途中の荒地を走るトラックは、石を踏むたびに大きく揺れる。
古めのジャズ調の曲に混ざるエンジンの音に、昔、ゴンガガの魔晄炉の側にあった小さな都会を思い出す。



「クラウド、大丈夫かー?気持ち悪くなったら言えよ」



笑いながら、雲の掛かり始めた青い空を眺める。
黒い鳥が、一羽。
雲を裂くように、飛んでいった。



「なぁ…お前、ミッドガルに着いたらどうする?」



視線をクラウドに戻し、ザックスは笑いながら言う。
ミッドガルゲートで昔行われていた市民登録は、今は行われていないらしい。
ゲートを通るのに必要なパスは、ミッドガル内部で発行される市民IDカードと共用になり、一般の人間は臨時パスポートや団体での入都となった。
スラム街に、人口の大半が集まる都市。
五年の間に、更に格差が広がったということだ。



「でも、まぁ、とりあえずは金だよな」



初めてミッドガルに入った頃を、思い出す。
金がなくて、いつも腹を空かせていて。
小銭を稼ぐ手段を見つけ、その日暮らしのような生き方をしていた。
ただ暮らすだけならばそれも構わないかもしれないが、クラウドの治療費を稼ぐには、それでは足りないだろう。



「なぁ、おっさん!何か俺にできる商売、知らないか?」

「何言ってんだ。若いうちはなんでもやってみるもんだ。若いうちにいろいろ苦労してな、自分の道ってやつを探すのよ」

「自分の道、ねぇ…」



言いながら、もう一度視線をクラウドに移す。
相変わらずの、無表情。
普段のクラウドだって、退屈そうに景色を眺めたりしているかもしれないけれど。



「何でも、だってよ。そんなこと言われたって、なぁ」



元々、頭の出来はそう良い方ではないのだ。
ザックスは小さく溜息を吐き、ぼりぼりと頭を掻いた。
いつの間にか絡んでいた草の葉が、風に流れて飛んでいく。
何でも、やってみればいい。
ふと、頭に思い浮かんだ。



「……そうか、そうだよ!俺はほかのやつらが持っていない知識や技術をたくさん持ってるんだよな!」



クラウドの隣に体を寄せ、ザックスは指を立てて笑った。



「よし、決めたぞ!俺は何でも屋になる!」

「あんた…俺の話、ちゃんと聞いてたのか?」

「面倒なこと、危険なこと…報酬しだいで何でもやるんだ。儲かるぞ!」



笑うザックスに肩を抱き寄せられながら、視線はただ岩肌ばかりの空を見つめ。
その金髪を、さらりと撫でた。



「なぁ、クラウド…お前は、どうする?」



クラウドにだって、選ぶ権利はあるはずだ。
危険なことが多い仕事だ。
嫌と言うかもしれない。
尋ねてみても、反応はない。
ただ、少しだけ。
その横顔が不機嫌そうに見えたのは、気のせいだろうか。



「…冗談だよ、おまえを放り出したりはしないよ。
 トモダチ…だろ?」



力を抜いたままの体を、強く抱き寄せて。
ぽんぽんと、子供をあやすようにその背中を軽く叩く。



「俺たちは何でも屋をやるんだ。分かるか、クラウド?」



安心させるように耳元でそう言ってやれば、すう、と小さく呼吸の音が聞こえた。
もう暫らく、クラウドの声は聞いていない。
潮風が漂ってきて、ふっと振り返る。
車は、小高い丘に差し掛かろうとしていた。



「おっさん!停めてくれ!」



座席の後ろのガラスを叩いてやれば、急ブレーキを掛けられて。
元々あまりスピードを出していなかったとはいえ、前につんのめり、打った額を押さえた。



「おい兄ちゃん、いきなり何だ?」

「ちょっと待っててくれよ!すぐそこだからさ!」



駆けだした先。
砂を被って、ひび割れ始めた小さな天使の彫像。
黒の、白の遺した羽根を埋めた場所。
アンジールが、眠る場所。



「…久しぶり、アンジール」



頬を掻きながら像の前に腰を下ろし、被った砂を払ってやる。
随分と厚くなった雲の隙間から、降り注ぐ日差し。
まだ真夏と言うには早い時期、それでも眩しい光が陰ると幾分かは涼しく感じる。



「…ごめん。俺、セフィロスのこと、守れなかった」



守ってやりたくて、誰よりも強くなりたくて。
いつも空回りして、失ってばかりで。



「……ぁ、そうだ、紹介しなきゃな。あっちに居るのはクラウドって言って、俺の親友。また、時間のあるときに、ゆっくり挨拶に来るよ」



今、神羅に追われてるんだ。
笑いながら手を振って、駆け足でトラックに戻る。



「兄ちゃんも、あの天使様に祈るクチか?」

「天使様?」

「いつからか知らないけどよ、あそこにある天使の像…祈ると願いが叶うとかって、若い奴らに人気のデートスポットらしいぞ」

「あっはっは!マジで!?腹痛てぇ!」



運転手の話を聞きながら、ザックスは腹を抱えて盛大に吹き出した。
思い浮かんだのは、恋人達に囲まれて、眉間に皺を寄せるアンジール。
墓に見えないようにと、セフィロスと二人で立てた天使が、まさかデートスポットになっているなんて。
あまりに可笑しくて、大声で笑った。



「何が可笑しいのか知らんが…この丘にもな、天使の丘なんて名前が付いてんのよ」



荷台に腕だけを乗せたまま笑っていたザックスに、運転席から声が掛かる。
息を落ち着かせて、荷台に飛び乗り。



「悪かったな、待たせて」

「別に構わねぇよ」



言いながら、切っていたエンジンをかけ直す。
だが、一瞬エンジンの動く音がして、またすぐに止まり。



「エンストか?」

「仕方ねぇだろ、古いんだからよ」



運転手の声に、確かに、と相槌を打ち。
ごろりと荷台に転がって、流れる雲を見つめていた。



「ターゲットの現在位置は、ポイント12西方。射程距離です」

「よし、やるぞ」



天使の丘を挟み、海と対面する崖の上。
ライフルを握った狙撃兵と、隊長が一人。
座ったままのクラウドに、照準を合わせる。



「しかし、タークスからは到着を待てとの…」

「手柄を奴らに渡すことはない。いいから撃て」



命令を下す隊長に、兵は小さく頷き。
引き金に、指を掛けた。



「おい、おっさん!まだ動かないのか?このポンコツ……」



言いながら、体を起こした瞬間。
目の端に映った、僅かな光に閃くもの。



「伏せろ!」



座ったままのクラウドの体を引き倒した瞬間、微かな銃声を聞く。
背負った剣を握りライフル弾を防げば、大きな衝撃と同時に、大剣の表面に亀裂が入った。



「ぐっ!!」



狙撃用の弾丸の衝撃は凄まじく、全身にびりびりと伝わる。
同時に、古いトラックのエンジンが掛かった。



「おい、動いたぞ!何かあったのか?」

「おっさん、早く逃げろ!」



クラウドを抱え、荷台から飛び降りる。
岩だらけの荒野で、狙撃兵から隠れるように岩に背を押し付けた。



「はぁ?何を……」

「早くしろ!死にたいのか!?」



声を荒げれば、運転手は疑問に思った様子ながらも、トラックはミッドガルへと走り出した。
岩がいくつも並ぶ荒野、どこに他の兵が潜んでいるかわからない。
遠くで、スキッフの音も聞こえる。
早く、この状況から抜け出さなければ。
岩陰から覗けば、見えた兵士の影。
岩の背にクラウドを凭れさせ、剣を握り直した。



「クラウド、ちょっと待ってろよ」



声を掛け、土を蹴り。
剣を構えれば、慌てたように数人の兵士が岩陰から飛び出した。



「撃て!撃て――ッッ!」



声を張り上げる兵士が、機械銃を乱射する。
弾丸を弾き、避けながら、兵を斬り伏せる。



「ひぃッ!」



一番奥にいた兵士の喉元に剣を突きつけてやれば、震える指を引き金に掛けたまま、がちがちと歯を鳴らしていた。



「……お前」



マスクの奥を覗いてみれば、見覚えのある顔。
六年程前、反神羅組織の捕虜として捕らえたが、ザックスが独断で逃がした少年だった。
引き金を引いたと同時に、飛んできた弾は一発。
至近距離の弾丸を緩い動作で避ければ、左腕に巻いた包帯が、ふつりと切れた。
兵は慌てたように引き金を引くも、がち、と音がするだけで、発砲されることはなかった。
弾切れだ。



「武器を捨てな」



諭すように、脅すように。
ザックスが言えば、兵は銃を投げ出して。



「殺さないでくれ!殺さないで…!」



両手を上げて震えながら言う兵に、ザックスは溜息を吐き。
剣を下ろして、ごつん、とマスク越しに額を叩いてやった。



「強い奴に靡くのもいいけどな、親御さんが悲しむぞ」



風に揺れる、解けた白い包帯。
結び直すのも億劫に思い、ぎゅっと剣を握った。
血に塗れた剣。
多くの命を奪った。
守るために、失う命。
矛盾していると、苦笑した。
兵に背を向け、歩き出す。
空はもう、厚い雲が覆っている。
雨が降り出せば、火器は使えない。
この体に付いた血も、洗い流してくれるだろうか。
そこまで考えて、軽く首を振った。



「……クラウド?」



考え事をしていた、視線の先。
今まで声を出すことすらなかったクラウドが、転がり、腕を伸ばして。
何かに反応を示しているのが、わかった。



「クラウド!」



見えた、回復の兆候。
嬉しさに、頬が緩む。
クラウドは、治るんだ。
また、笑い合えるんだ。
クラウドの側に駆け寄り、腕を伸ばした、その瞬間だった。





『パァン』





耳に届いた、銃声。
反応が遅れたのは、気の緩みのせいか。
それとも。
背に大きな衝撃を感じた。
視線を落とせば、左の胸から溢れ出す血が、目に入る。
振り返れば、先程の兵士が、小型拳銃を両手で握っていた。



「このっ…!」

「ぅ、わぁぁあぁ!!」



何度も銃声が響き、硝煙のにおいが辺りに広がる。
避けることは、しなかった。
避ければ、クラウドに当たってしまうから。
弾丸が、脇腹を抉るのが、肩を貫くのがわかった。
不思議と痛みは感じなかった。
ただ、衝動的に。
その首を、刈り取っていた。



「はぁっ、は……」



息が、苦しい。
体が、重い。
頬に付いた返り血をぐっと拭い、足を引き擦りながら、クラウドの元へと歩み寄る。



「げほっ…悪いな、クラウド……怖い思い、させたな」



咳混じりの、途切れ途切れの言葉。
喉を塞がれ続けるような感覚。
剣を背負い、腕を差し伸べようとして。
がくりと、膝から力が抜けた。



「あれ…?」



視界が、揺れる。
両手を地面に着き、土に転がる剣。
ぼたぼたと、音を立てて溢れる血。
水分を吸って固まる砂を、どこか冷めた頭で見つめながら。
そっと胸に触れれば、銃創からは止め処なく鮮血が流れ出ていた。



「……あはは、しまったなぁ…」



傷を見て、初めて痛みに苛まれる。
激痛であるはずのそれを鈍い痛みに感じてしまうなんて、どこかおかしくなっているのかもしれない。
噎せるような感覚に襲われて、激しく咳き込む。
口の中に広がる、鉄錆の味。
端から溢れた赤いそれを、ぐっと腕で拭う。
風に靡いていた白い布に、赤く、染み渡る。
土に転がったままのクラウドを引き起こしてみれば、ぎゅっと拳を握っていた。



「なぁ…クラウド、何、しようとしてたんだ…?」



息を整えながらその手を開けば、中に包まれていたのは、以前ザックスが渡した、蒼石のピアス。



「あぁ、これ、拾ってたんだな」



咳混じりに、また落としたのかよ、と苦笑してみせて。
ピアスの抜け落ちた穴に、そっと差し込んでやった。



「ほら、もう、落とすなよ」



座ったまま向き合って。
いつものように髪を撫でて。
クラウドの頬に付いてしまった返り血を、拭うように撫でた。



「……ぁ」



ふいに世界がぐらついて、どさりと土の上に転がった。
視界いっぱいに広がる、曇天。
あの教会も、今日は光が差し込むことはないんだろうか。
花に囲まれた少女を思い出し、すっと目を閉じる。
ぐるぐると、駆け巡る記憶。
なのに、なぜだろう。
たったひとつ、聞こえるもの。
遠く、遠く。
聞こえる、嗚咽。
押し殺したような。
忍び泣くような。



「……セ、フィ…」



ゆっくりと、重い瞼を開く。
金色の髪が、風に揺れる。

あぁ、泣いてる。
セフィロスが、泣いてる。



「な……クラウド…」



震える腕を伸ばし、短い髪を梳く。
頭を撫でてやりたいけれど、届かないから。



「……いきな」



ここに居ては、だめだ。
ミッドガルに行って。
必ず、生きて。

あぁ、瞼が重い。
寝ている場合じゃないのに。

あぁ、声が聞こえる。
泣き声が、聞こえる。

ゆっくりと瞬きをして、もう一度、目を開く。

泣いてる。
セフィロスが、泣いてる。
クラウドの髪を梳いていた指を、ぐっと空に伸ばす。

この短すぎる腕じゃ、あんたには届かない?
そんなことはない。
きっと、届いてる。

ぽたり。
頬に零れたのは、空の涙。

泣かないで。
悲しまないで。
あんたが側に居てくれたように。
俺も、あんたの側にいる。
いつか忘れていく、その日まで。
あんたのことを、誰よりも愛し続けるよ。
だから、お願い。






















泣かないで。
俺の、愛しい天使。






















横たわる腕。
力無い体。
一粒、また一粒。
乾いた大地に降り注ぐ、雨粒。
あぁ、あなたは。



「ぁ……」



行きなさい。
生きなさい。
声が、聞こえる。



「ぁ、あ…」



洗い流された体は、嘘のように白くて。
いつもと同じ、笑顔を浮かべて。
この喉は決して、二度と震える事はない。
この瞳は決して、二度と空を映すことはない。
この腕は決して。



「あ、ぁぁ…ぁああああ―――――っっ!!」



溢れた涙。
温かいはずのそれは、空の零した泪に混ざり。
冷たく、頬を流れ落ちた。






















短すぎると伸ばした腕は、きっと誰かに届くだろう。
形見の剣を握った彼は、やがて英雄となる定め。
星を廻る物語がいつか、真実の英雄を忘れ去っても。



あなたが今、生きている。





それこそが、彼の生きた証。






















【70:heros】



あきゅろす。
[グループ][ナビ]
[HPリング]
[管理]

無料HPエムペ!