見上げた夜空。 ミッドガルの汚れた空気の中でも、本社ビルの上層階からなら、浮かぶ月を眺めることもできる。 小さく漏れた、溜息。 知ったことはあまりに多く、そして少ない。 ジェノバ。 プロジェクトG。 ジェネシス。 グレン。 ガスト・ファレミス。 Gの名を持つ、そのすべて。 耳に入れた言葉。 『リユニオン仮説…その実験に使うサンプルが、欲しいところだな』 また、誰かが犠牲になるのか。 神羅社内では過去のものとされた、あの事件。 まだ、終わってなんかいないんだ。 ニブルヘイム魔晄炉で、異常が発生したと、聞いた。 『あれ』はもう、人間なんかじゃなかった。 今も形を変えて続く、複数のプロジェクト。 すべてに共通するのは、ジェノバ、それに関わっているという事実。 「シスネ、例の任務は終わったのか?」 「はい…恐らく、内通者は彼とみて間違いありません」 「…上への報告は、まだ、いい……引き続き、調査を頼む」 ツォンに言われ、頷く。 内通者を特定しろと、そう命令を下されたのは、もう何ヵ月も前の話。 あまりに上手く事が運んだ、反神羅組織との交戦。 上層部の、それもごく僅かな人間しか知らない、古代種の少女エアリスと、アバランチとの接触。 反神羅組織にしては、巨額の資金。 そして、レイブンというソルジャーに近い兵士を作り出す、技術力、知識。 『彼』の命で動き、集めた情報。 アバランチに流れたそれと同じだと、そう気付いたのは最近のこと。 「…ニブルヘイム魔晄炉の、どうなったんですか?」 「ドラゴンの大量発生で、タークスでは調査続行不可だ。駆逐のため、セフィロス隊が派遣されることになった」 「セフィロスが!?だって、あの魔晄炉には…!」 振り返り、ツォンの肩を掴む。 「…社長命令だ、わかったな」 社長命令。 神羅の社員すべてに、絶対的な行使権をもつ、それ。 口答えすることなど、絶対にあってはならない。 「…わかりました」 知っているのに。 私は、また何もできないのだろうか。 疲れた体を横たえる。 少し固めのベッドに、沈む体。 ニブル山に大量発生した、ドラゴン。 駆逐のため、明日の夕方にはセフィロス隊が到着するらしい。 まさかセフィロス隊が来るとは思っていなかったから、驚いたけれど。 英雄が来るなら安心だと、そう言っていた、ガイドの少女を思い出す。 以前、同じ任務に就いた兵士。 彼と同じ名前の幼馴染との約束に、小さな夢を抱く少女。 思い出して、ごろりと寝返りを打った。 「初恋かぁ…」 ぽつりと呟いて、天井を仰いだ。 そういえば、レノもそんな話をしていたな、なんて。 どこの誰だか、相手なんてわからないけれど。 「今度会ったら、聞いてみようかな」 部屋に響いた独り言。 あの色恋沙汰の好きなレノの、初恋の人。 実りがたいなんて話を聞いたということは、きっと失恋したんだろうな、なんて。 そんな他愛も無いことを考えながら、重くなってきた瞼を閉じる。 明日の夕方までに、魔晄炉調査のための資料を集めないといけない。 セフィロス隊にとっては、タークスだって足手纏いになり得るから。 同行しない分、働かないとな。 そんなことを考えながら、すっかりタークスが板に付いてきた自分に、小さく笑みを零した。 五年前、ジュノンに居た頃には、考えられなかった暮らし。 こんな立派な就職をするなんて、夢にも思わなかった。 「…寝よ」 今日は、疲れた。 大量のドラゴン。 慣れない山道。 消えた作業員。 食べられてしまったのかもしれない、なんて不吉な考えが頭を過るけれど。 明日からは、一層大変だろうから。 今は、体を休めておこう。 閉じた瞼、少しだけ開いた窓から僅かに吹き込む秋の風の音。 耳を澄まして、聞いていた。 神羅ビル、ソルジャー統括室。 統括という職が失われた今では、ただの詰め所と同じになっているけれど。 「で、ツォン…任務の詳細って、何?」 ソルジャーの制服と、何日か分の着替えを詰めた鞄を提げて、ザックスは不機嫌そうに言う。 せっかくの休暇を潰されたのだから、仕方の無いことだろうけれど。 「魔晄炉近辺でのドラゴンの大量発生…その原因はおそらく、老朽化が進んでいる魔晄炉の異常動作が関係しているだろう」 「作業員が全員居なくなったってのも…それと関係が?」 「…おそらくは、もう」 言葉を濁すツォンに、ザックスは小さく溜息を吐く。 ソルジャーでも何でもない、ただの人間である作業員たち。 大量発生したドラゴン。 恐らく、もう生きてはいないだろう。 「魔晄炉の異常動作って、何かあったのか?」 「魔晄の推定採出量と比較して、発電量がかなり少ないらしい」 「その原因も調べてこい、って話な」 了解、とわざとらしい敬礼をすれば、ツォンは何度か頷いて。 ぽん、とザックスの肩を叩いた。 「兵士二人は、先にジュノンで待たせてある」 「船で渡るのか?」 「ゲルニカだ。空軍を使う」 「おぉ、そりゃすげぇや」 空軍の最新式の輸送ユニット、ゲルニカ零式。 ソルジャーであるザックスだけならまだしも、兵士二人を乗せて移動するのにはまず使われないと思われていた、それ。 「緊急任務だからな」 「ふーん…で、セフィロスは?」 「現在、コレル近辺で任務中だ。コレルに到着次第、車でニブルヘイムまで向かってもらう」 つまり、ゲルニカで車ごとコレルまで運んで、セフィロスと合流後、車での移動に切り替えるということか。 「ニブルヘイムまでゲルニカじゃ、都合悪いのか?」 「…魔晄炉付近にだけ、ドラゴンが居ると思っているのか?」 「もしかして、村の周りにも?」 「村自体を襲ったことは無いらしいが…上空を飛ぶ姿が、何度か目撃されている」 途中、はぐれドラゴンと遭遇する可能性もある。 その駆逐が任務ならば、比較的安全な空路を行くよりは、遭遇率の高い陸路を選ぶべきだろう。 「わかった。で、今からジュノンに向かえばいいわけな?」 「あぁ。屋上でスキッフを待機させてある」 「りょーかい」 気の無い返事をして、くるりと背を向ける。 扉に手をかけた時、掛けられた言葉。 「気を付けろよ」 「わかってるって!」 ツォンにしては珍しい、励ましの言葉。 笑って、答えた。 ジュノンに着いて、エアポートに降りる。 相変わらず、並んだ飛行機の数は圧巻だ。 昔、ゴンガガのジャングルから見上げていた飛行機は、もう廃番となって、どこにも無いけれど。 眺めていれば、支社から歩き出る二人の兵士。 「ザックス!」 「ぁ、クラウド!ひとつきぶり!」 大きく手を振って、二人の側に歩み寄る。 クラウドともう一人、見慣れぬ兵士。 ソルジャーを前に緊張しているのか、敬礼を取る腕が震えている。 「俺、ザックス。よろしくな」 「第七輸送部隊所属、クーニッツ・テラサスです!」 「なぁザックス、任務内容、教えてよ」 「ん、まぁ急ぎみたいだし、移動中にな」 言いながら、搭乗用の階段を取り付けられたゲルニカを指差す。 乗り物を見て、一瞬嫌そうな顔をしたクラウドに、苦笑して。 「ほら、早くしないと、セフィロスが待ってるぜ」 二人の腕を引いて、広いエアポートを歩きだした。 「……っていう任務」 「ザックスさん…クラウド、聞いてないですよ」 「寝てる?寝てるのか、クラウド?」 おーい、と耳元で声を掛ければ、煩わしそうに、横になったままのクラウドは、耳を塞いだ。 相変わらず、乗り物酔いが酷いらしい。 薬を飲んでもだめだと言っていたから、相当なものだろう。 「大丈夫か?」 「…はなし、かけないで……」 「ゎ、悪い!水、飲むか?」 「いらない…」 マスクを外して、出来るだけ振動の少ないスペースに身を寄せる。 輸送用ユニットであるゲルニカには、運転席と助手席以外の座席は無い。 輸送部隊のクーニッツが運転している中、ザックスとクラウドは空いた荷台部分に陣取っていた。 「んじゃ、任務内容はまた後でな」 「わかった…」 「クーニッツ、コレルまであとどれくらいだ?」 「あと5時間ほどです。寝てる間に着きますよ」 その言葉に、ザックスは楽しげに笑う。 元々、軍事運送目的で作られたゲルニカだ。 燃費も良く、長距離の連続航空が可能な最新のターボファンエンジンが搭載されている。 「しっかし、こんなに早く移動、出来るようになったんだなぁ」 「神羅の技術は日増しに進んでいますからね」 「俺がミッドガルまで行くのに、ゴンガガから半月くらいかかったのに…今じゃ、半日で行けるんだもんなぁ」 懐かしい記憶。 ソルジャーに、英雄になると夢見て、村を飛び出したあの日。 あれから、もう五年になる。 ソルジャーになった、けれどまだ英雄にはなれなくて。 英雄になって、村の誇りになって。 いずれ、歴史に名を残せるように。 幼い頃から抱き続けている、大きな夢。 確固としたのは、最近の事だけれど。 懐かしいな、なんて思い出して。 乗り物酔いに魘されるクラウドの髪を、そっと撫でた。 翌朝、コレルに着いたとき、最初に見えたのは銀色の髪。 ゲルニカからの風で、さらさらと靡いて。 けれど、もう一人。 覗いた地面に、見えた赤。 「あれっ、レノも一緒?」 着陸して、すぐに扉を開いて飛び降りた。 自動車を搬出するのに、少し時間がかかるらしい。 「俺は、それに乗ってジュノンに帰る役ですよ、と」 指差したのは、ゲルニカ。 確かに、ここに放置するわけにもいかない。 納得して、頷いた。 「せっかくの休暇だったのにな」 苦笑するセフィロスに頭を撫でられ、小さく笑みを零した。 「いいんだ、あとで有給、たっぷり取るから」 「そうするといい」 言って、少し離れたところで腰を下ろしているクラウドに目を向ける。 「あいつは…」 「お察しの通り」 視線に気付いたのか、マスクを付けたクラウドは、軽く会釈をする。 まだ酔いが抜けないうちに、次の移動が始まるのだ。 今くらい休ませてやらないと、可哀想だろう。 「しっかし、ドラゴンの大量発生なんて、難儀な任務だな」 「ま、ソルジャー1STが二人もいるんだ。大丈夫だろ」 「だから、確実に遂行するために、二人も派遣したんだぞ、と」 溜息を吐いてレノが言えば、ふぅん、と感心したようにザックスは頷いた。 「で、んで、セフィロス」 「どうした?」 「見ろよコレ、すげーだろ!」 ちらちらと見せる携帯の画面に映ったのは、巨大な鷲の羽根。 先日、コンドルフォートで譲り受けたものだ。 小さな画面では分かりづらいだろうと、隣に牛乳パックを並べて大きさを比較している画像。 「…どこで拾った?」 「貰ったんだ!ジュノンの南の魔晄炉のさ、でっかい鳥が住んでる、あそこで!」 どこか得意げに見せるその様子は、まるで子供。 思わず零れた笑み。 「なっ、何で笑うんだよ!」 「さぁな」 「はぁ?もういい、セフィロスなんて知らねー!」 拗ねたようにそっぽを向けば、ゲルニカから搬出された車に乗った兵士が、声を掛けた。 「ザックスさん、セフィロスさん、クラウド!もう出発できますよ!」 「ぉ、サンキュな、クーニッツ」 笑いながら、手を振って答える。 急ぎの任務だ、だらだらと話している訳にもいかないだろう。 「んじゃ、俺ら、行くよ」 「リョーカイ。現地にはこっちから連絡入れておくぞ、と」 「よろしく!ほら、セフィロス、クラウド、行くぞ!」 セフィロスの腕を掴んで、座ったままのクラウドの側に歩み寄って。 まだ気分の悪そうなクラウドを励ましながら、三人並んで車の荷台に乗り込んでいく。 全員乗り込んだところで、荷台からザックスがひょっこりと顔を出した。 「んじゃ、レノ!またな!」 ぶんぶんと腕を振るザックスに、ふいに笑いが込み上げた。 『またな』。 再会を誓う言葉。 別段変わったことでもない筈なのに、どこか嬉しくて。 同じように腕を振ってやれば、楽しげに笑うザックス。 後ろから引っ張られたらしく、荷台に消えたその姿。 見送って、赤い髪を掻き上げた。 携帯をいじりながら、ゲルニカの運転席に乗り込む。 何度かのコールの後で、ようやく出た電話相手。 「おい、ロッド…寝坊かよ、と」 『ふぁ…何の用事?』 「今、セフィロス隊がコレルを出たぞ、と」 『リョウカイ…到着予定は夕方?』 「あぁ」 会話をしながら、扉を締める。 しゅるりとシートベルトを回して、相変わらず欠伸を繰り返す相手に溜息を吐いた。 「おい…ちゃんと資料、集めてるんだろうな」 『んー…今から…』 「…間に合わせろよ」 深く息を吐いて、頭を抱える。 すると、電話先から聞こえたのは、場違いな笑い声。 「…何笑ってんだよ、と」 『いや…レノ、何か楽しい事でもあった?』 「……まぁな」 些細な幸せだけれど。 それでも、幸福には違いないから。 『初恋?』 「…仕事しろよ、と」 『照れんなって。食事にでも誘ってみたら?』 「余計なお世話だぞ、と!」 舌打ちして、電話を切る。 そのまま電源を落として、助手席に投げ捨てた。 ヘッドホンを付けて、キーを差し込む。 何が悲しくて、新人なんかにからかわれなきゃいけないんだ。 苛々するけれど、思い出すのはあの言葉。 『またな』。 任務が終わる頃に、電話をしてみようか。 あいつは確か、ハンバーグ定食がお気に入りだったはずだから。 小さな決意を胸に秘めて、がしがしと髪を掻き上げた。 「随分と平和ボケしてる気がするぞ、と…」 小さく笑みを零して、エンジンを入れる。 折り畳まれていた翼が開いて、回り始めるプロペラ。 勝ち目が無くても、狙うくらいは自由だろう。 思いながら、スロットルを最大値まで上げた。 やがて上がっていく機首。 空に向かう中、ふいに地面に視線を落とす。 走る自動車にちらりと視線を向けて、ギアを格納した。 ジュノンに向けて大きく旋回する中、西の空に見えたどす黒い雨雲。 何か、嫌な予感をさせるそれ。 気のせいだと振り払って、真っ直ぐジュノンへの航路を取った。 例えば、全てを知っていたら。 人間は、何を望むのだろう。 例えば、全てを手に入れたなら。 人間は、何を失うのだろう。 【50:Si je rencontre ensuite】 [グループ][ナビ] [HPリング] [管理] |