豪奢な革張りの椅子に座る、身なりの良い金髪の男。 神羅カンパニー社長室。 腰を降ろしているのは、プレジデント神羅。 現われたのは、暗い茶色の髪を持つタークス。 「社長、緊急事態です… ニブルヘイム魔晄炉の作業員が全員、消息を絶ちました」 告げる声は低く。 それがどれだけ重要なことなのかを物語っている。 「何だと?至急原因を究明しろ」 「はっ」 プレジデントの言葉に、タークスは会釈をする。 新しい任務の指令。 「あそこはわが社にとって最も重要な魔晄炉だ。魔晄炉第一号基という歴史的な意味において…… そして設備の内容においてもな…」 「…心得ております。あそこの機密は、漏らすわけにはいきません」 ニブルヘイム魔晄炉に眠る悪魔。 タークスの中でも、新人たちには伝えられていない事実。 危険な任務となるのは、間違い無いだろう。 あの魔晄炉に隠された事実は、絶対に外に知られてはならない。 何があっても、絶対に。 真っ青な空。 白い雲。 視線を落とせば、萌む緑に散った赤。 色素の薄い虹彩を焼き付けるような強い日差しは、次第に軟らぎつつあるけれど。 「もう八月も終わりかぁ」 誰にでもなく呟けば、背後から聞こえる足音。 振り返れば、彼の姿。 「セフィロス、そっちも終わったか?」 「あぁ」 短い返答。 疲れてるのかな、と思い、背中に回って肩を揉んでやる。 「おつかれさま」 笑ってそう言えば、振り返り、抱き締められた。 「どうした?」 そっと背中を撫でてやる。 こうやって甘えるような仕草をするときは、何かを不安に感じている証拠。 「…何でもない」 ぽつりと呟いた声。 痛いくらいに抱き締める腕。 ふと、過る記憶。 かつて、この一帯に存在した王国。 跡形もなく滅ぼしたのは、幼き日のセフィロスたち。 唯一残った王族をも誅し、根絶やしにしたのはこの強く、弱い腕。 罪悪感に苛まれているのか、それとも。 「なぁ、セフィロス…あんたは、何のために戦ってる?」 誰も居ない平原。 転がるモンスターの屍。 広がる血溜り。 以前、アバランチのリーダーに同じことを尋ねられたと、聞いた。 あのとき、言い聞かせてやったはずなのに。 「…お前は…?」 尋ねる声は、細かく震えて。 背を撫でながら、そっと頬に触れる。 緩められた腕、視線を合わせれば、憂いを帯びた、揺れる碧。 「俺は、あんたを…みんなを守るために、戦ってる」 あの日と同じ答えを、返す。 その声を聞いて、セフィロスはぎゅ、と唇を噛んだ。 俺だって、お前を守るために、戦っているのに。 あれから、何度傷を負わせた? あれから、何度涙を流させた? 結局、守ることなんてできていない自分。 そして、思い知らされる。 「俺は、守りたいんじゃない… ……失いたくないから…奪われたくない、壊されるのが恐いから、壊すんだ」 両手にすくったものを、何一つ零したくなくて。 そんなものは、ただのエゴだとわかっているのに。 「…セフィロス」 今まで、数えきれない命を奪ってきた、その指。 たった五歳という幼さで、英雄という運命に身を委ねなければならなかった、その悲劇。 この腕では短すぎるかもしれないけれど。 せめて、その悲しみだけは受けとめたいから。 「俺は、あんたの傍にいるよ」 それが、救いになるのならば。 耳を押し当てれば、響く鼓動。 心地良いその音を、瞼を閉じて聞いていた。 任務報告に訪れたミッドガル。 それが終わったら、また次の任務。 忙しなく世界を飛び回ることには、もう慣れた。 「レノ、次の任務ってどこ?」 「ジュノン南の魔晄炉調査だぞ、と」 「調査?ソルジャーが?」 「知らないのか?あの魔晄炉の上にはな、でっかい鷲が住み着いてるんだぞ、と」 いつの間にか、魔晄炉の上を棲家とし始めた巨鳥。 魔晄から電気を作る際に発生する熱が、鳥にとって快適な温度なのだろう。 「ただの調査でもな、あそこの住人も鳥も、神羅って聞いたら全員敵だと思ってやがるぞ、と」 「だから、危険があっても対応できるように、ソルジャーとタークスが派遣されるわけか」 「そういうことだぞ、と」 ぽりぽりと頬を掻きながら、ザックスは溜息を吐いた。 神羅の敵は、多い。 けれど、神羅の力があるからこそ豊かに暮らしていける人が大勢居るのも、事実。 降伏前のウータイだって、反神羅組織だって、使う武器は神羅が作ったものや、それを基に改良したもの。 神羅という『組織』の巨大さ。 それを敵に回そうとした、彼等の決意の堅さ。 「すごいよなぁ…」 ぽつりと、声を漏らした。 「…そういや、聞いたか?最近の物騒な話題」 「ん?どういう話?」 「魔晄炉第一号基で、作業員全員が行方不明って話だぞ、と」 魔晄炉第一号基。 ニブル山に建造された、あれのことか。 以前、ツォンと共に訪れたそこ。 老朽化が進んでいて、危険な場所だということは知っているけれど。 「いや、初耳」 「今、ロッドが調査に向かってるぞ、と」 危険な任務だと言ったのに、あの生意気な後輩は自分が行くと言って聞かないから。 ツォンが途中まで同行する事になっているから、万が一ということはないだろうが。 「悪いこと、ないといいけどな」 何気なく呟いた言葉。 乗り込んだスキッフのシートベルトを締めて、ヘッドホンで耳を塞いだ。 「おっちゃん、この苗、ひとつ!」 にこりと笑って、人差し指を立てて言うザックスの襟を掴んで、レノは舌打ちする。 「俺たちは遊びで来たわけじゃねぇんだぞ、と!わかってんのか!?」 「だって、これ買って帰ったらエアリス、喜ぶし」 「知るか!ほら、さっさと任務、終わらせるぞ、と!」 ぼそぼそと耳元で言い、レノは溜息を吐いた。 ここは、ジュノン南魔晄炉。 コンドルフォートと、そう呼ばれている場所。 普通に言っても追い返されることが目に見えているため、二人は一般人を装って、見学という名目で訪れたのだ。 ラフな服装で、武器は目立つからと、ジュノンに停めたスキッフに置いてきた。 「で、何を調査するって?」 「魔晄炉が正常作動してるか、あの鳥が魔晄炉に何か影響してないか、の二つだぞ、と」 「ふーん…」 適当に頷くザックスに、本当にわかってるのかよ、と悪態を吐けば。 「ま、そういう難しいのはレノに任せるよ」 からからと笑うザックス。 あぁ、こいつはこういう奴だ。 盛大に溜息を吐いて、レノはぼりぼりと頭を掻いた。 ザックスは、確かに勉強の面では、頭が良いほうではない。 けれど、決して頭の出来が悪いわけではないのだ。 もう一度視線を移せば、早速魔晄炉への通路に案内されているザックス。 本当に観光に来たかのような態度に、任務の先行きに不安を覚えながら。 レノも、ゆっくりと歩き出した。 結局、任務が終わったのは宵口に差し掛かる頃で。 机に置かれた、いくつか蕾の付いた花の苗と、鷲の羽。 巨鳥が落としたそれはやはり巨大で、面白半分にザックスが土産として譲り受けたのだ。 「やっと休暇だよ」 「オメデトウゴザイマス、と」 「エアリスにあげるんだ、これ」 「お前、さっきからそれしか言ってないぞ、と」 ジュノン支社のロッカールーム。 それぞれ制服に着替えている中、ザックスはレノに笑いかける。 久々に、まとまった休暇が取れたらしい。 遊びに行くだの、目一杯寝るだの、次から次へと休日の予定を並べ立ててはレノに話すのだ。 「そうだ!セフィロスにも休みかどうか、聞かなきゃな!」 嬉々として携帯を開くザックスに、レノは呆れたように息を吐いた。 押し慣れた番号。 何度かのコールの後で出た低い声は、退屈な任務の途中のものか。 「ぁ、もしもし?明日から一週間の中で、暇な日、ある?」 楽しげに話し掛ければ、電話の向こうでセフィロスも小さく笑った。 『一週間後の、夜にミッドガルに帰る』 「ぇ、じゃ、すれ違い?」 『夜は会えるさ…俺の努力次第だがな』 くつくつと笑うセフィロスに、ザックスもつられたように笑った。 「ファイト!セフィロス、がんばれ!」 『あぁ』 「ぁ、そうだ!その時にでもさ、手合せしようぜ!」 以前、一度だけした手合せ。 全く歯が立たなくて、悔しい思いをした。 けれど、あれから多少なりとも腕を上げた。 まだ、届かないかもしれないけれど。 「あんたを守れるくらい、強くならなきゃいけませんし」 『…なら、俺が勝ったら、もう一日休暇を取れ』 「じゃ、俺が勝ったら、次の任務、一緒に行こうぜ」 互いに要求を出して、笑い合う。 肩で携帯を挟んで、話しながら靴紐を結ぶザックスに、ゴーグルをはめたレノは携帯を取り上げる。 「あっ!何すんだよ!」 「もしもし、サー?任務報告に行かなきゃいけないんで、切らせていただきますよ、と」 言い捨てて、ぷつりと通話を切った。 不満げな顔のザックスの、頬をつねってやる。 「いつまで待たせる気だよ」 「だって、久しぶりだったし…!」 「報告が終わってからにしろよ、と」 ぱっと指を離したレノを見上げて、ザックスは椅子に座ったまま頬をさする。 「エアリスにも電話しなきゃな」 「ミッドガルに帰ってからにしろよ、と」 「レノ、妬いてる?」 「馬鹿言うな!」 ぐっと取り上げた携帯を押しつけて、レノはすたすたとロッカールームを出ていく。 「ぁ、レノ、待てってば!」 置いていかれまいと、ザックスも慌てて立ち上がった。 歩き慣れた道。 伍番街スラムに向かい、廃材の山の脇を通る。 右手には花の苗、左手には約束を交わした電話を携えて。 教会の扉を開けば、中で待っている少女。 今日も花の世話に勤しんでいるのだろう。 「エアリス!」 「ザックス…ひさしぶり。」 笑って立ち上がるエアリスに、袋に入れた苗を差し出した。 「はい、プレゼント。いっぱい蕾付いてるから、もうすぐ咲くんじゃないかな」 「いつも、ありがとね」 「どういたしまして、マドモワゼル」 にこりと笑って、紳士ぶった会釈をすれば、エアリスも同じようにスカートの端を摘んで、広げてみせた。 「お礼、言いますわ、ムッシュ」 上品に挨拶をしてみせるエアリスに、しばし見惚れて。 ザックスは、苗を袋から出して、机の上に置いた。 「ね、ザックス…神羅のえらいひとって、こんな挨拶するの?」 「しないよ。こないだ見た映画の真似しただけ」 「なんだ、びっくりした」 ほっと胸を撫で下ろすエアリス。 その様子を見て、ザックスも笑った。 「どこのお花?」 「ジュノンの南の、コンドルフォートって呼ばれてる魔晄炉の」 「魔晄炉って、花、咲くの?」 「よくわかんないけど、売ってた」 あはは、と笑いながら言うザックスに、エアリスはそっと花を持ち上げる。 「ほんと…もうちょっとで咲きそう」 「あと一週間で咲くかな?休暇、終わる前にさ」 「たぶん、ね」 蕾や葉をひとつひとつ観察しながら、エアリスが言う。 「でも、もう植えるところ、ないね」 「俺、いっぱい買ってきすぎた?」 「ううん、嬉しい」 言いながら、両手でそっと苗を包む。 「外のお花、きれいだから」 「エアリスが育てた花だから、きれいに咲くんだよ」 笑って言うザックスに、エアリスは照れたように微笑んで。 そっと苗を机に置いて、脇の椅子に腰を降ろした。 「あのね、このあいだ、夜中に…変なひとたちに会ったの」 「変な人!?大丈夫だったか!?」 「うん、だいじょぶ」 ひらひらと手を振ってみせるエアリスに、安堵の息を吐く。 エアリスは古代種の末裔だ。 神羅に情報を隠匿されているおかげで、タークス以外との古代種としての接触は皆無だったらしいが、どこかから情報が漏れたのだろうか。 また、内通者か。 次に漏れたのは、溜息だった。 「タークスのね、ロッドっていうひとに、助けてもらっちゃった」 「へぇ、ロッドに会ったんだ」 「うん…いいひとだね」 古代種と知っても、特別な扱いをされなかった。 それだけでも、嬉しかった。 「……まさか、ほっ、惚れた?」 「ううん」 「よかった!エアリス、取られちゃったかと思ったよ」 心の底から安心したような顔をするザックスに、笑いが込み上げる。 子供のような独占欲。 母親を取られた子供のような顔をしていたから。 可笑しくて、口元を押さえて笑った。 「その変な人ってのは、何だったんだ?」 「よくわからないの…神羅のこと、きらいな人みたいだったけど…」 「…アバランチか」 エアリスにまで、手が及んだのか。 深く溜息を吐いて、視線を向ける。 「でも、どうしてそんな夜中に?」 「外の世界、見たくて…でも、やめたの」 「やめた?」 「うん…だって、わたしがいないと」 ゆっくりと立ち上がり、軽くスカートを整える。 花畑の側まで歩いて、すう、と両手を広げた。 「お花、生きていけないから」 ミッドガルの厳しい環境。 汚れてしまった土。 汚れてしまった空気。 その中で、生きていくには毎日の手入れが欠かせないのだ。 「だから、わたし…外のことは、ザックスに聞けば、じゅうぶん」 そう言って振り返ったエアリスの、どこか寂しげな表情。 外の世界を知らない少女。 外に憧れるその背中を、誰かに重ねて。 「あのさ、エアリス……三日…いや、二日でいいから、花の世話、エルミナさんに任せたり、できないかな?」 「ぇ?」 「その間に、俺が、外に連れてく!」 笑って、ザックスはエアリスの側で膝を折り、そっと咲いた花に触れた。 「外でおいしい空気いっぱい吸ってさ、海とか、湖とか、川とか…エアリスに見せたいもの、いっぱいあるんだよ」 きらきらと輝く水面。 眩しいくらいに照り付ける太陽の光。 鳥の囀る森。 綺麗だと言ってくれたこの瞳と、同じ色をした空。 自然に咲き乱れる花だって、そこにはたくさんあるから。 「…じゃあ、お母さんに頼まなきゃね」 「そうそう!たまには良い空気吸わないとな!」 「おめかし、してかなきゃ。新しい服、買おうかな」 ぴらりと白いワンピースを広げるエアリスに、ザックスは子供っぽい笑顔で言う。 「ピンクとか、似合うんじゃないか?」 「ピンクも、かわいいかも」 「エアリスが可愛いからな」 ぴっと指を差して言うザックス。 恥ずかしそうに顔を逸らして、エアリスは頬を赤らめる。 茶色の髪を揺らして、背を向ける。 もう一度、何か声を掛けようとしたけれど。 ピリリ。 静かな教会に鳴り響く、電子音。 誰だよ、と良い雰囲気を邪魔した相手に悪態を吐きながら、携帯を取り出す。 表示されている番号は、神羅本社。 「会社?」 「そ、悪いな」 「いいよいいよ。ほら、はやく出なきゃ」 エアリスに急かされて、軽く頷いて受話ボタンを押す。 電話先の声は、ツォン。 『社長命令だ、今すぐ本社に戻れ。ニブルヘイム魔晄炉周辺に、ドラゴンが大量発生した』 「つまり、駆逐任務?」 『あぁ…セフィロスとお前、それにニブルヘイム及びその近辺出身の兵士を二人、同行させる。詳しい事は本社で伝える』 「りょーかい。あとで有給、ばっちり取らせろよ」 軽口を叩いて、電話を切る。 顔を上げれば、エアリスがつまらなそうな顔をして。 「…仕事?」 「そうなんだよ…ほんと、ごめん!帰ってきたら、絶対迎えに行くから!」 「仕方ないなぁ、もう…」 頬を膨らせて俯くエアリスに、怒らせてしまったかと慌てるけれど。 覗き込んだ顔は、綺麗な笑顔。 「…待っててあげる。」 「さんきゅ!帰り道にでも、良いところ探しておくからさ!」 「じゃ、わたしもピンクのワンピース、用意しておくね」 くすくすと笑うエアリスの髪を、そっと撫でる。 柔らかい、栗色の髪。 撫でられて、擽ったそうに微笑んだエアリスの、翠の瞳。 「ほら、早く行かなきゃ!おこられちゃうよ」 「だな。じゃ、またな!」 ぱちんと音を立てて携帯を閉じ、急いで走り出す。 扉を出たところで、もう一度中を覗いて。 「花、楽しみにしてるから!」 渡した苗を指差して、大きく手を振って。 走り出したザックスの足音が遠くなるのを聞きながら、笑みを零した。 机に置かれた、花の苗。 家の庭に植えようと、そっと持ち上げて。 「きれいに咲かせなきゃ、ね」 咲いた花を見たら、きっとザックスは喜んでくれると思うから。 そっと蕾を指で撫でて、目を細めた。 再会を誓った言葉。 何気ない日常。 唐突な別れの前触れすら、感じさせなかったのに。 潰えた望みを祈る腕は、僅かな光に縋り続け。 果たされる事の無い約束と、未だ知るよしも無く。 【49:La promesse qui n'est pas accomplie】 [グループ][ナビ] [HPリング] [管理] |