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ゴーストスクェアは、その雰囲気を保つため、日が沈んでいる間のみその天頂部が開かれる。
朝になっても光が差し込まない窓。
身支度を整え、剣を背負い階段を下りるクラウドに、ケット・シーはわざとらしく腕を振ってみせた。



「えらいゆっくりですな、クラウドさん!」



ケット・シーのその態度に、クラウドはち、と悪態を吐く。
二人で花火を見に行った後、ナナキはティファ達の部屋で、土産にと買ったクッキーを開いていたという。
自分が目を離したせいだと落ち込んでいたが、ティファ達に励まされたのか、今日は不安げではあるものの、尻尾をゆらゆらと動かしている。



「せや、古代種の神殿の場所やけど、ここからタイニー・ブロンコで海に出て東に進んでいけばありますわ」



言いながら、ケット・シーは世界地図を広げ、ひとつの島を指さした。



「ほな、そろそろ行きましょか。誰が行くんですか?」

「わたし、行きたい!絶対、行くから!」



一歩前に出て、エアリスは拳を握り締める。
エアリスは古代種について、ずっと知りたがっていた。
世界でたったひとり、古代種の血を継ぐもの。
神殿の調査には、エアリスの力が必要になるかもしれない。
クラウドはひとつ頷くと、皆の様子を見渡した。
腕を組んだままのバレットは、マリンのことが頭から離れない様子だ。
ティファも同じように表情を曇らせており、ナナキは落ち着きを取り戻しつつはあるものの、まだ調査に向かうほど平静を取り戻してはいないように見えた。



「ユフィ、一緒に来い」

「ぁ、アタシぃ!?なんで…」

「シドはタイニー・ブロンコで俺たちを運んだ後、沿岸でヴィンセント、ケット・シーと待機していてくれ」

「おう、任せときな」



胸をどん、と叩き、シドはにっと笑う。
損傷したタイニー・ブロンコを操縦できるのはシドのみであり、先日メンテナンスをした際に六人まで乗れるようにと改造していたため、万が一のことがあった場合に備え、ヴィンセントを含め待機を頼んだ。
神羅の関係者であるケット・シーは、監視下に置くことが必要だが、今のバレットとティファの様子ではそれも難しいだろう。
ヴィンセントは元タークスであるため、監視役には最適だ。



「バレットとティファ、ナナキは、途中のゴンガガ村で待機していてくれ」

「……おう」

「わかったわ」

「うん」



頷く三人に、クラウドはひとつ息を吐いてエアリスとユフィに目を向ければ、早々に支度を整え、二人はアイテムを詰め込んだ袋をクラウドに渡した。



「早く行こう、ね」

「言っとくけど、見つけたお宝はみんなアタシのものだからね!」



いつも通りのユフィの言動に、エアリスと目を合わせ。
どこか可笑しくて、笑みを零した。





















existence






















行きと同じように、ザックスはゲルニカでミッドガルに送られることとなった。
連絡を取ったところ、カンセルがミッドガルで待機中と言っていたため、カンセルの元に身を寄せることになった。
だが、ザックスが先にスラムの教会に寄りたいと言ったため、ザックスがカンセルの家に向かうまでは、自由に動けるようにと計らうこととなった。
ザックスは、昨晩ゴンドラの中で見せた以来、一度も笑みを浮かべていない。
同じ目だと、レノは思う。
あの頃の自分の、鏡に映った瞳と。



「………ぃ……」



ぽつりと、声が聞こえた。
何事かと思い目を向ければ、ザックスは膝を抱き、顔を伏せる。



「……セフィロスに、会いたい」



その言葉に、ぞくりと背筋を震わせる。
ツォンから聞いた、ニブルヘイムのサンプル達の行動。
ジェノバ、セフィロス、リユニオン仮説。
宝条も独自にセフィロスを追っていると聞いたが、その足跡に、常に重なるのは、サンプルB――クラウド・ストライフ。
まさか、ザックスも。
ザックスも、他の被験者たちと同様に、リユニオン行動に目覚め始めているのか。
そんなはずがない。
その可能性は十分にある。
入り混じる、否定と肯定。



「……レノ」



操縦席から掛かる声に、レノはぴくりと肩を震わせる。
お前が落ち着かずに、どうする。
誰よりも不安を抱いているのは、誰だと思っているのか。
ルードの言わんとする事に、レノは深く息を吐く。



「セフィロスに会って、どうしたいんだ」



膝を抱く指に力を込め、ザックスは唇を噛む。



「……わかんねぇよ、そんなの」



会いたいと、また笑い合いたいと願っても、希望は簡単に打ち崩されてしまうのだと知った。
最初から、願わなければ良かった。
会いたいなどと、思わなければ良かった。
思い出さなければ、きっと傷付かなかった。
溢れない涙、噛んだ唇から、じわりと血が滲んだ。





















「古代種の神殿?聞いた事もないわ」



ムエットの髪を背中に流したまま、彼女は光の差し込む窓辺で紅茶を啜った。
電話の先から聞こえるのは、かつての同僚の声。



『ツォンが調査に向かってるわ。でも、少し気がかりがあるのよ』

「……ニブルヘイムのセフィロス・コピーのことかしら?回線は、私も定期的に聞いているのよ」

『ニブルヘイムだけじゃない……世界中に運ばれたコピー達が、動き始めてる』



その言葉に、ことりとカップを皿の上に置いて、ぴくりと眉を顰める。
先日、ミディールの近くでも黒いマントを纏った人間が目撃されている。
それも、兆候であったのか。
指先で摘んだ、白のルーク。
動かす場所は、ひとつだ。



「……わかったわ。彼には借りがありますもの。今から神殿に向かうわ」

『ありがとう。地図はメールで送るわ』

「ええ、よろしく」



通話を切って駒を置けば、正面に座っていた黒髪の女は深く溜息を吐いた。



「チェックメイトね」

「さすがに強いな」

「ええ。ところで、久々に『お仕事』があるわよ」



立ち上がり、流したままの髪を結いながら、彼女は言う。
大規模戦闘の後、行方を眩まして以来、死亡扱いとされたまま、仲間を連れて実家に身を潜めていた。
傷も癒え、そろそろ『狩り』に出たい頃だと思っていた所に、入った連絡。



「シスネからか?」

「そうよ。ツォンさんが、古代種の神殿に向かっているらしいわ。セフィロスやコピー達の動きが気がかりだって連絡が入ったの」

「それで、万一に備えてお前にも向かってほしいと言われたわけか」

「そんなところ、かしらね」



くすくすと笑いながら、ワンピースを脱ぎ捨て、シャツに腕を通す。
棚の奥に納められた、ケースに入った散弾銃。
愛銃を手に取れば、久しく感じていなかった感覚が指に、腕に蘇る。



「私も行こう」

「あら、お給料は出ないわよ?」

「リハビリにはちょうど良いだろう。それに、ツォンさんが窮地に陥った所を助ければ、たっぷり弾んでもらえるかもしれないぞ」

「そうね」



黒髪の女が、椅子の背に掛けていたジャケットを手に取り、袖を通して。
黒いグローブで拳を包み、準備を整えた彼女に、散弾銃を握った女はにこりと笑う。



「私達が生きていると知ったら、きっとびっくりするでしょうね」

「そうだな。キリトも連れていくか?どうせ暇をしているんだろう」

「ふふ、そうね。皆で行って、びっくりさせちゃいましょうか」



小さく笑って弾薬を詰め込むと、窓を開け、外でぼんやりと景色を眺める男に声を掛けた。



「キリト、お出かけしましょ」



どこか楽しげに笑う彼女に、男は怪訝そうに首を傾げて。
あまり興味を示さず、ぐっと眼鏡を直した。





















古代種の神殿に向かう間、エアリスはずっと考え事をしている様子だった。
昨晩、ゴンドラに乗る前。
誰かを探すような様子を見せてから、ずっとそうだ。
いつも騒がしいユフィが船酔いが酷いために鎮静剤を飲んでぐったりとしているせいか、移動の間、ほとんど会話を交わすことはなかった。
誰を探していたのだろうか。
それを尋ねようとして、何度も口を噤んだ。



「……クラウド」



エアリスに呼びかけられ、顔を向ける。
どこか哀しげな顔で、笑うエアリス。



「運命って、信じる?」

「…は?」

「一度目は、偶然。二度重なれば、それは運命。きのう、ティファといっしょにゴールドソーサーで占い、したの」



空を見上げながら、思い出したのは出会いの日。
同じように、教会の屋根から落ちてきた。
同じ空色、同じ武器、同じ服。
偶然の出会いを、運命だと思っていた。
外の世界を、たくさんのことを知りたいと、思えるようになった。



「それで、そう言われたのか?」

「うん。興味、ない?」

「……さぁな」



素っ気無い言葉を返すクラウドに、エアリスは小さく笑みを零す。
あの人の声が、確かに聞こえた。
一度目は、雨の降った日。
二度目は、昨夜の人混みの中。
それは、確かに彼の声だった。
けれど、何を言っているのか、わからなかった。
錯覚と思うには、似過ぎていた。
記憶の中の彼と、何ひとつ、違わなかった。



「……わたし、信じてみたいの。三度目も会えるって、信じてみたい」



この旅が終わった時、きっと、またあの教会で逢える。
なぜか、そんな気がするのだ。
そっと、大切にしているリボンに触れてみた。
瞼の裏に、あの日の笑顔が浮かんだ。





















ツォンとイリーナが古代種の神殿に到着したのは、朝日が昇り始めた頃だった。
神殿の近辺でもセフィロス・コピーの姿が確認されていたため、近くにセフィロスが来ていると、ルーファウスへの報告を入れた。
キーストーンを使い、始めた調査。
神殿の最深部に辿り着いた時、見つけた壁画の間。
何らかの儀式の様子が描かれているとみられるそれを眺めていれば、イリーナが不思議そうに尋ねてきた。



「ツォンさん、これは?これで約束の地がわかるんですか?」



イリーナが尋ねると、ツォンは小さく首を振る。
この儀式のようなものが、約束の地と関係があるのか。
あるいは、この場所が。



「……どうかな。とにかく、社長に報告だ」

「気をつけてくださいね、ツォンさん」

「ああ……」



ルーファウスに連絡を入れるため、イリーナは神殿の出口に向かって踵を返す。
その背に、ツォンは呼び掛けた。



「イリーナ」

「はっ、はいっ?」

「この仕事が終わったら、飯でもどうだ?」



ツォンからの誘いに、何度か瞬きをした後、イリーナはぱっと顔を明るくして。
嬉しそうに笑いながら、ぺこりと頭を下げた。



「あ、ありがとうございます!それじゃ、お先に失礼します」



僅かに頬を赤くしたその様子がどこか可笑しくて、ツォンは小さく笑みを零す。
イリーナはもう一度頭を下げると、壁画の間を出て行った。
一人きりになり、もう一度壁画を見渡す。
異様な雰囲気が漂う場所ではあるが、不思議と不快ではない。
落ち着くような、懐かしさすら感じる場所。



「ここが約束の地?いや、まさかな……」



ぽつりと呟き、ツォンは眉を顰める。
古代種は、旅をする種族だ。
この場所が約束の地だと定められているのならば、旅をする理由を失ってしまう。
移り変わる場所、あるいは各々が感じるそれぞれの場所であるという可能性もある。
思考は渦を巻くばかりで、答えに辿り着くことはない。
壁画を持ち帰るわけにもいかず、撮影をしていれば、ざり、と砂を踏む音が聞こえた。
イリーナが帰ってきたとも考えられず、クラウド達が予想以上に早く辿り着いたのかと、眉を顰めて振り返れば。
床に膝をつき、覗いた、魔晄の色の瞳。
肩から零れ落ちる銀色の髪。



「セフィロス…!」



見開いた瞳に、歪んだ口元が、映った。





















ミッドガルに帰ると、ザックスは神羅兵の服装のまま、伍番街スラムの駅まで送られた。
すぐにでも追跡に当たらなければならなかったが、ザックスの安全を考え、駅まではレノが同行した。
ゲルニカの中で話してから、一度も会話を交わしていない。



「……あの、さ」



ぽつりとザックスが呟けば、レノは何度か瞬きをして、弄っていた携帯を閉じた。



「……何だよ、と」

「…何でもない」

「言えよ、と」

「……言わない」



昼前の列車は乗客も少なく、二人の乗る最後尾の車両には、他に誰も乗っていなかった。
何度かのID検知エリアも無事に通り抜け、また無言の時間が続く。



「……レノ」

「そんな奴知らないぞ、と」

「…怒るなよ」

「怒ってないぞ、と」



言いながら、レノはザックスの肩に頭を乗せる。
何事かと顔を向ければ、伏せられた紺青の瞳。



「五年で失くしたものを、一瞬で取り戻せると思ってたのかよ、と」

「……それは…」

「俺もお前も、ここにいる。狭い世界でも、ちゃんと生きてる。焦らないで、ゆっくり取り戻していけばいいんだぞ、と」



繋いだ手。
じわりと広がる温かさ。
ここに居てもいいのだ。
彼女の世界も、自分の世界も、すべてを取り戻そうと焦れば焦るほど、腕からこぼれ落ちてしまうものも多くなる。
ゆっくりと取り戻せばいいのだと、レノはそう言うのだ。
欲しいと思っていた言葉を、汲み取るように掛けてくれる。
その存在は嬉しくて、痛くて。



「……ありがとな」



ただ、それだけしか言うことができなかった。





















辿り着いた神殿は、掛けられた吊橋が朽ちることもなく、何らかの力で護られているように見えた。
吊橋を渡ろうとした時、エアリスが一歩前に踏み出し、膝をつく。
目を閉じ、深く息を吐き出して。



「ここ……古代種の神殿……わたし、わかる……感じるの……ただよう……古代種の意識」



まるで、母親に寄り添うように。
懐かしいものに浸るように、エアリスはゆっくりと言葉を紡ぐ。



「死んで、星とひとつになれるのに、意志の力でとどまってる……
 未来のため?わたしたちのため?」

「何て言ってる?わかるのか?」

「不安……でも、よろこんでる?わたし、来たから?ごめんね……わからない」



クラウドが尋ねる声に、エアリスは小さく首を振る。
ゆっくりと立ち上がり、振り返って。



「はやく、ねえ、中に入りたい!」



焦るように言うエアリスに、クラウドは小さく頷いた。
古代種の末裔であるエアリスは、確かに何かを感じている。
エアリスが居なければ、進むこともできないかもしれない。



「ち、ちょっと待てよ!あれ!」



ユフィの声に、指差した先に目を向ければ。
神殿の入口に、黒マントの男が蠢いていた。
階段を駆け上がり、窶れた男の顔を覗きこめば、ぽつり、ぽつりと言葉を漏らした。



「黒……マテリア……」

「見て……」

「この人もイレズミしてる!え〜と、ナンバー9かな」



手の甲を覗き、ユフィは首を傾げる。
ここに黒マントの男が居るということは、おそらくセフィロスの目的もこの場所にあるということだろう。
これまでも、セフィロスの行く先々で、多くの黒マントの男たちが目撃されてきた。
ナンバー9の男はそのまま崩れ落ちるように倒れ、動かなくなった。



「……行こう」



クラウドの言葉に頷き、エアリスは神殿の中へと足を踏み入れた。
その瞬間、止まった足。
正面に鎮座した祭壇。
広がる血のにおい。
見慣れた黒いスーツ。



「ツォン……!」



エアリスの声に、クラウドも祭壇の間に入り、目を見開いた。



「タークスのツォンか!?」

「くっ……やられたな」



二人の声に顔を上げ、ツォンは苦笑する。
タークスの主任ともあろう者が、これほどの手傷を負うとは。
中で、一体何が起きたのだろうか。



「セフィロスが……捜しているのは……約束の地じゃない……」

「セフィロス?中に居るのか!?」

「自分で……確かめるんだな……」



傷口を押さえながら、ツォンは苦しげな息を吐き出す。
すぐにでも治療を施さなければ、命に関わるほどの傷だ。



「くそっ……エアリスを…手放したのが、ケチ…の……つきはじめ…だ……社長は……判断を、あや……まった……」

「……あなたたち、かんちがいしている。約束の地、あなたたちが考えてるのと、ちがうもの」



祭壇に背を預けたツォンを見下ろし、エアリスはぎゅっと拳を握って言う。
ずっと、神羅に監視され続けてきた。
母の命を奪った。
憎いはず、なのに。



「それに、わたし、協力なんてしないから。どっちにしても、神羅には勝ち目はなかったのよ」

「ハハ……厳しいな。エアリス……らしい……言葉だ」



エアリスは、ツォンの言葉を聞くと、すぐに柱の陰へと走って行った。
その背を目で追っていればツォンから投げ渡されたもの。



「キーストーン……」

「祭壇に……置いて、みろ……」



そう言うと、傷を押さえながら、奥の柱へと歩いて行き、ずるずると座り込んだ。
助けるべきか、否か。
今助ければ、またエアリスの身の安全が危ぶまれることとなる可能性が高い。
七番街を崩落させたのも、アバランチのメンバーを殺したのも、タークスの仕業だ。
感情に流されて敵を助けた時、馬鹿を見るのは自分だ。
駆け抜けてきた戦場で、痛いほどに知った事実。



「…行くぞ。エアリス……」



声を掛けた背中が、小さく震えている。



「……泣いているのか?」

「……ツォンはタークスで敵だけど、子供のころから知ってる。わたし、そういう人、少ないから。世界中、ほんの少ししかない。わたしのこと、知ってる人……」



溢れる涙を拭い、エアリスは口元を押さえ、ぽつり、ぽつりと言葉を紡ぐ。
古代種の末裔であることを、知っている者。
幼い時分より、見守られてきたこと。
思い出すのは、嫌な思い出ばかりではない。
楽しかったことも、確かに存在するのだ。



「……行こう、クラウド。はやく、行かなきゃ」



エアリスの言葉に、クラウドは頷いて。
祭壇の間の入口で立ち止まっているユフィを呼び、祭壇の前に三人で集まった。
窪みにキーストーンを置けば、彫り込まれた文様に青い光が灯り始める。
同時に、床が融けるような感覚が、足の裏から伝わってくる。



「はなれないで。だいじょぶ、だから」



床に吸い込まれていくような感覚に、それぞれが離れないようにと手を繋ぐ。
あたたかい何かに、包まれるような感覚。
眩しい光に包まれて、ぐっと目を閉じた。





















そわそわと落ち着かない様子のケット・シーを、ヴィンセントは視線を外すことなく監視していた。
スパイということがわかったケット・シーを野放しにすることは、パーティー全員に危険が及ぶ可能性があるということになる。
その点も考慮し、クラウドは元タークスであるヴィンセントに、ケット・シーの監視を頼んだのだ。



「……先に神羅の調査が入ったというが、中で鉢合わせすることはないのか?」

「う〜ん……タークスの調査は朝イチからやってますんで、昼過ぎには終わってるはずなんやけどなぁ…」



神羅には、調査完了報告は入っているものの、帰還報告が入っていないらしく、ケット・シーは頭を抱えて項垂れてみせる。
すると、突然ぴくりと耳を立て、慌ててタイニー・ブロンコから飛び降りた。



「おい、どこに行く」

「ツォンはんが重傷やって!イリーナはんから連絡があったんや!」



そう言うと、神殿に向かってケット・シーは走って行った。
ヴィンセントはひとつ息を吐くと、操縦席で居眠りをしているシドを揺り起こし、声を掛ける。



「少し様子を見てくる。セフィロスが近くに来ているかもしれない、気を付けろ」

「んあ?あぁ……」



大きく欠伸をするシドに背を向け、ヴィンセントはケット・シーを追いかける。
ツォンから何らかの情報を引き出すことも、可能であろう。
セフィロスと出会うために、必要な情報を。
かつて想いを寄せていた、麗しい女性科学者。
彼女の孕み子であった、美しい外見を持った、化物。
愛を与えることが出来なかった母親は、その幸福と、生存と、死を望んだ。
今も行方がわからない彼女の願いを、叶えるため。
セフィロスに、会わねばならないのだ。
銃に弾丸が込められていることを確認し、グリップを握る。
神殿の入口に辿り着いた時、既にケット・シーは階段を登っていた。
その後を追い、中に入ると、祭壇が鎮座された間に、何人もの人間が、居た。



「あ、あんたたち!よくも主任を…!」

「待て、イリーナ。ツォンの搬送が先だ」

「でも!」

「あぁ、なんなんや!?何であんたらが!?」



部屋の中に居たのは、救急処置を受けたツォンと、その側に座りこむイリーナ。
そして、顔に傷のある壮年の男、ムエットの髪をひとつに束ね銃を携えた女、刀を握った眼鏡の男、長い黒髪を流した女が、彼等を取り囲むように居た。



「君がスパイか……ご苦労様」

「あのくらいの戦闘で、タークスが死ぬと思わないでほしいわ」

「私達が死んだ事になっていた方が、タークスにとっては好都合だからな。通してくれ、ツォンをスキッフまで運ぶ」



旧アバランチとの激戦で、命を落としたと思われていた、タークスの面々。
彼等が、シスネからの連絡を受け、ツォンの救出に当たっていたのだ。
かつてタークス主任であったヴェルドも、同じように。
ケット・シーが神羅の幹部の操るスパイであることを知っているのだろう、ヴェルドは小さく頭を下げた後、祭壇の間への入口に視線を向け、目を見開いた。



「……クリス、ウノ、キリト。イリーナとツォンを連れて、ミディールの病院に運んでくれ」

「わかりましたわ。主任はどうしますの?」

「俺は……少し、用がある。着いたら連絡をくれ、すぐに向かう」

「了解した」



ヴェルドの指示に従い、部下達はツォンをスキッフへと運んで行った。
その背を見送った後、ヴィンセントに顔を向け、小さく笑みを零した。



「あの場所で、罪を償うんじゃなかったのか?」

「状況が変わった。今はセフィロスを追っている」

「セフィロスを……ツォンの傷も深い裂傷だったが、あれはお前の仲間のものか?」

「私は離れた場所に居た。クラウド達との交戦によるものか、セフィロスが既にここを訪れているのかは知らない」



セフィロスが既に訪れているとしたら、神殿の内部に居るということだろうか。
クラウド達は、無事であるのか。



「……なんや、ようさん聞きたいこととか、言いたいことはあるけどな。ボクは何も見てへんし、聞いてへん。そんでええんかいな?」



タークスは、プレジデント神羅の代に一時、全員処刑の命令を下されたことすらあるほど、神羅にとって不益な存在と見做されていたことがあった。
今でもツォンの携帯に監視機能が付けられているのは、そのせいである。



「ありがとうございます」

「私達は、仲間が戻るまでここで待つ。お前も早く行け」

「……あぁ」



ヴィンセントの声に、ヴェルドは小さく頷き、踵を返す。
今は、地図にも載らないような田舎の村で娘と二人、穏やかに暮らしている。
この暮らしは、ツォンの機転が齎したものだ。
その借りを、返す時が来たのだ。



「外の世界はいいものだろう?」



振り返り、言い残した言葉。
かつての同僚である、今は神羅を離れた男。
神羅の外のことを言っているのか、それとも。



「……あぁ」



ひとつ相槌を返し、赤い瞳を伏せた。





















かつて彼女と歩いた道。
山のように積もる建設廃材で作られたスラム街は、五年前からほとんど変化はない。
この道を通り、彼女の待つ教会へと歩いて行った。
直したワゴンは、彼女の帰りを待っている。
会いたい。
だが、なぜ会いたいと願うのか。
わからないふりをしていた。
理由は、たったひとつだった。



「……俺は、ここに居るよ」



世界に、たったひとりだけ取り残されたような孤独感。
繋いでいた掌に残る温もりが、ひどく、恋しかった。





















【23:存在の証明】



あきゅろす。
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