強い風の音。 届かない声。 笑っていた。 逝く筈だった。 重なる面影。 広がる赤。 大嫌いだった色。 好きになれた色。 力ない指。 赤い、赤い。 「――…ぱい、せんぱーい」 聞こえた声にはっと瞼を開けば、隣から声を掛ける後輩の姿が目に入る。 移動中、眠っていたのだろうか。 「あ、起きました?着きましたよ、古代種の神殿」 「…今、何時だ?」 「えっと、13時半ですね」 腕時計を見るイリーナを横目に、ゲルニカに乗ってからの記憶が無いことに気付き、三時間も寝ていたのかとレノは溜息を吐いた。 ヘッドホンとシートベルトを外し、眠気覚ましに軽く腕を伸ばす。 扉を開けば、吹き込んでくる風。 夢の中、思い出させられたあの日の風と、重なる。 「先輩、ぐっすりでしたよ。あ、でも、帰りは運転してもらいますからね」 イリーナはキーを引き抜くと、笑いながらゲルニカから降りた。 レノも後に続き、森の中を歩いていく。 地元の人間も、決して足を踏み入れないという場所。 鬱蒼と茂る森林の奥に、ひっそりと、しかし厳かに聳え立つ神殿。 今は滅びた古代種が残したという伝説があるのだと、近隣の村の長老は言っていた。 「まだ誰も来てないっぽいっすね」 「そうだな、と」 吊橋を渡り、砂塵に足元を掬われないように気を向けながら階段を登る。 セフィロスは、まだここを訪れてはいない様子だ。 ニブルヘイムで目撃情報があって以来、足跡は途絶えている。 目指す場所も、目的も、何もわかっていない。 この場所を調査する理由すらも、伝えられることはないのだ。 「……あれ?行き止まり?」 神殿の内部に入った途端、イリーナは首を傾げた。 正面に安置された祭壇、立ち並ぶ柱、燃え盛る松明。 それ以外には、何も見当たらない。 「入口はここだけだぞ、と」 「けど、扉も何も…」 「それより、もっとおかしいものに気付けよ、と」 レノが指差した先には、一対の松明があった。 「松明?」 「あれだけ階段に砂が積もってたんだ、長い間誰も来てないはずだろ、と」 「ですね………ぁ」 「やっと気付いたかよ、と」 一見すると、それは普通の松明のように見える。 しかし、どれほど長い時間、燃え続けているのだろうか。 「古代種の知恵ってやつですかね?」 「知るかよ、と。そんなことより入口は…」 壁や床を叩いて見ても、反応は無い。 とすれば、やはり祭壇に仕掛けがあるのだろう。 小さな窪みがひとつあるだけで、他には何の変哲もない。 「……ないぞ、と」 「これ、カギが要るんじゃないですかね」 「カギ?」 「ほら、よく映画とかであるじゃないですか。石を嵌めると扉が開くって」 つまらなそうに懐中電灯を振り回すイリーナを横目に、祭壇をもう一度調べる。 やはり、窪み以外に変わった点は見つからない。 いきなり行き詰ったかと溜息を吐けば、レノの携帯が鳴った。 「はいはい、何ですか、と」 『ツォンだ。調査はどうなっている?』 「行き止まり、鍵がないと入れもしないですよ、と」 肩を竦めるレノに、ツォンは暫し無言で考える。 『…鍵とは?』 「ひとつしかない入口から入った部屋にある祭壇に、窪みがあるぞ、と。そこにカギを入れれば開くんじゃないかって、イリーナが」 「そうです、それしか考えられないっす!」 人差し指を立てるイリーナに、レノは何度か頷き、息を吐く。 文字もなく、不気味なモンスターの顔が彫り込まれた壁が正面にあるだけの部屋。 古代種は、ここに何を封印しているのだろうか。 『わかった。調査は私が継続する。ルードが先にウータイに向かっているはずだ、二人もそちらでコルネオの捜索任務にあたってくれ』 「…ついに休暇って名称もなくなりましたね、と」 『名目は休暇だ。コルネオの情報が掴めなければ、存分に羽を伸ばしてくれ』 「了解だぞ、と」 通話を切れば、受信したまま見忘れていたメールが目に入る。 三通のメールは、ルードからのウータイ到着報告、社内報と。 「………げっ」 見えた名前に、慌てて発信履歴を開き、コールボタンを押した。 伍番街スラムの道を歩いていれば、鳴りだした電話。 携帯を取り出せば、見えた名前は。 「……何ですか」 『怒るなよ。俺だって忙しいんだぞ、と』 「わかってますよ」 わざとらしく丁寧な言葉を使えば、電話先でレノは溜息を吐いた。 『もうミッドガルには着いたのかよ、と』 「とっくに」 『…悪かったぞ、と。これからウータイに行くから、好きな土産選んでメールしろよ。買ってきてやるぞ、と』 「亀道楽の十年陳」 『…足元見やがって』 不機嫌な声のまま高級酒の名を口にするザックスに、レノは再び溜息を吐く。 その声を聞きながら、足を止め。 緩く、唇を噛む。 「……土産は、いらない。また会えるなら、それでいい」 もう、誰とも離れたくない。 誰も、失いたくない。 失ったものは、あまりに大きくて。 生きていないはずの存在。 生きていてはいけない存在。 単純に生を喜べない事実。 恐れは、何処からか。 『……三日後にミッドガルに戻る。カンセルと一緒に居るんだろ、と?』 「いや、カンセルは任務中だから、今日はルクシーレに世話になる」 『気を付けろよ、と』 「そっちこそ」 軽い言葉を交わし合い、笑みを零す。 普通に過ごせるこの時間。 何よりも大切なものだと、失って初めて気付くことができた。 「あ、そうだ!あのさ、さっき、シスネに会った」 『………は?』 「だから、シスネが生きてたんだ。ツォンに情報貰ったって言ってたから、あいつは知ってるんじゃないか?」 唐突な言葉に、暫らく無言の電話先。 ぱちぱちと瞬きをしていたザックスに、ようやく聞こえた声。 『……そういう大事なことは、最初に言えよ、と』 「あぁ、次から気を付ける」 『ちょっと先輩?いつまで喋ってるんですか!ルード先輩が待ってるんですよ、早く――…』 背後から聞こえる声は、先日レノが言っていたタークスの新人のイリーナのものだろうか。 電話先の様子を思い浮かべて笑みを零していれば、疲れたようなレノの声が聞こえた。 『わかった、わかった、ちょっと待ってろ、と。おいザックス、うるさいのが居るからもう切るぞ、と』 「はいはい。あ、クラウド達と会っても喧嘩すんなよ、エアリスも一緒なんだろ?怪我させたら承知しないからな!」 『……善処するぞ、と』 ぽつりと呟き、切れた電話。 暗い画面を見つめながら、頬を膨らませて。 届かない言葉を、投げ捨てた。 「……ちゃんとわかってんのかよ、あいつ」 錆びたロケットは、夢の残骸。 男から夢を奪った女。 女の為に夢を逃した男。 夢を語る男の表情は、何よりも輝いていて。 艦長シドの抱く夢の大きさを物語っていた。 「だから……いいんです。艦長がどう思おうと、私はあの人につぐなわなくてはなりません」 俯き、シエラがぎゅっと拳を握れば、開いた家の扉。 「シーエラッ!まーだ茶、出してねえな!」 「ご、ごめんなさい」 「ほれ、とっとと座れ!オレ様のもてなしが受けられねえってのか!」 戻ってきたシドに促され、シエラは慌てて紅茶の準備を始める。 シドの言う通りにしなければ、とばっちりを食らうのはシエラだろう。 肩を竦め、クラウド達は椅子を引く。 「遅いな……ルーファウスはよ」 苛ついた様子でシドが煙草を咥えたと同時に、ノックもなしに扉が開き。 芥子色のスーツを着た、丸々と太った男が家の中に入ってきた。 「うひょ!ひさしぶり!シドちゃん、元気してた?」 「よう、ふとっちょパルマー。待ってたぜ!」 からからと笑いながら、咥えた煙草に火を点ける。 宇宙開発再開の報せが来たのだと、胸を躍らせているのだろう。 「…ね、クラウド。あのひと…」 「……向こうは気付いてない。黙ってやり過ごそう」 「え、なに?何なのさ?」 「ユフィ、静かに。ね」 訪れた宇宙開発部門統括のパルマーは、クラウド達をちらりと見たものの、神羅の追うアバランチの一員だとは気付いていない様子だ。 「で、いつなんだ?宇宙開発計画の再開はよぉ?」 「うひょひょ!わし、知らないな〜。外に社長がいるから聞いてみれば?」 「ケッ!あいかわらずの役立たずふとっちょめ」 「ふとっちょって言うな〜!」 体を揺らして怒るパルマーを横目に、煙草を咥えたまま、シドは玄関から外へ出る。 その背を見送れば、パルマーがシエラの元へと歩み寄る。 「うひょ!お茶だ!わしにもちょうだい。サトウとハチミツたっぷりでラードも入れてね」 パルマーの注文に苦笑して、シエラは茶の支度を続ける。 茶の味を想像して口元を押さえたクラウドに、エアリスがそっと話し掛けた。 「ね、ルーファウスとシド、覗いてこない?まずーいお茶が出来る前に、ね」 くすくすと笑いながら言うエアリスに、クラウドは額を押さえて頷き。 同じように想像して気分の悪そうな顔をするユフィの肩を揺すって、席を立ち上がった。 シド・ハイウィンドの噂は、何年も前から聞いていた。 神羅ビルに展示してあった神羅26号の模型にも、搭乗者として名前が記載されていた。 「何でシド・ハイウィンドに会いに来たんですか?」 「無論、タイニーブロンコの回収のためだ」 「あれ、旧式のやつですよね?使うんですか?」 「東西の大陸以外では、飛空挺やゲルニカでは停められない場所も多いからな。そういった場合に利用する。それに」 腕を組み、カンセルの方を振り返り。 ルーファウスはアイスブルーの瞳を細め、笑った。 「反抗心を抱く者から玩具を奪うことは、支配者として当然の行いだろう?」 冷たく笑うその表情に、ぞくりと背筋が冷たくなる感覚を覚える。 この男の掌の上で、踊らされている。 その考えが、離れない。 「君はここで待っていたまえ。必要があれば呼ぶ」 「…はい」 兵士を一人引き連れたルーファウスの背を眺めながら、ぐっと拳を握る。 ザックスの生存。 逃亡したサンプル。 ナンバー13。 繋がらない言葉の羅列が、ぐるぐると駆け巡る。 すべて、あの男のシナリオ通りなのだろうか。 それとも。 ぱん、と頬を叩いて顔を上げれば、そこにあるのは変わりない空。 考えが纏まらない時は、無理に纏めようとなどしないほうが良い。 思いながら、息を吐いた。 「な、な、な、なんでい!期待させやがって!そんなら今日は何の用で来た?」 動揺を隠せないシドに、ルーファウスはいかにもつまらなそうに首を振り、腰に手を当てる。 「タイニー・ブロンコを返してもらおうと思ってな」 ルーファウスの言葉に、シドは目を見開く。 物陰から覗いていたユフィが声を漏らしかけるも、その口を押さえ、静かにするようにと促した。 「我々はセフィロスを追っている。ただ、どうやら今まで見当違いの方向を探していたようだ。だが今はだいたい行く先がつかめてきたのでな。我々は海を越えなくてはならないんだ。それでお前の飛行機を……」 「ケッ! 最初は飛空艇、次はロケット、今度はタイニー・ブロンコか!神羅カンパニーはオレ様から宇宙を奪っただけでは足りずに今度は空まで奪う気だな!」 吐き捨てるように言うシドに、可笑しげにルーファウスは笑う。 「おやおや……今まで、君が空を飛べたのは神羅カンパニーのおかげだ。それを忘れないでくれたまえ」 「なんだと!」 「あ、あの、あなたたち……」 威勢よく叫ぶシドを眺めていれば、背後から遠慮がちに掛けられた声。 振り返れば、シエラが家の中へ入るようにと促した。 それに従って家に入れば、控えめな声でシエラが言う。 「あなたたちタイニー・ブロンコを使いたがっていましたよね。パルマーが持っていくそうです。お話ししてみたら?」 ルーファウスが持っていく前に、タイニー・ブロンコを手に入れられれば。 エアリスやユフィと顔を見合わせ、パルマーから奪うことを確認すると、シエラにありがとう、と一言呟く。 その言葉にシエラは一度、驚いたように目を見開き、次に少し照れたように微笑み、俯いた。 その様子に小さく笑みを零し、装備を確認すると、クラウドは裏庭へ続く扉に歩き出した。 伍番街スラムの駅に着けば、シャツにパンツを着たルクシーレが口元を押さえ、欠伸を噛み殺していた。 軽く手を振れば、こちらに気付いたのか、すぐに手を振り返された。 「遅かったですね」 「悪い、レノと電話してた」 「あぁ、あのタークスの…」 納得したように頷き、ルクシーレはにこりと微笑んだ。 「仲、良いんですね」 「ん、そりゃ、世話になったし」 「それだけですか?」 「…からかうなっつの」 顔を背けたザックスに、すみません、とわざとらしく謝り、ルクシーレは思い出したように手にしていた袋を持ち上げる。 どうぞ、と差し出されたそれを受け取れば、中に収められていたのは、大きめのサングラスにニット帽、薄手の上着だった。 「なんだ、これ?」 「上に行ったら、さすがに素顔では歩けないですよ。だから変装道具と、今夜は冷えるらしいので、上着を一枚」 「あ、そっか。ありがとな」 ルクシーレの言葉にザックスは納得したように頷き、礼を言う。 まだ電車は来ない様子で、今のうちにとルクシーレの揃えたものを身に纏った。 「…いかにも悪そうな人に見えますね」 「お前が準備したんだろ…」 うなだれて溜息を吐くザックスをよそに、鳴り始めた踏切の音。 ホームにアナウンスが流れ、もうすぐ上層行きの列車が来るとわかった。 「今日はカンセルさんは帰れないそうなので、僕の家で我慢してくださいね」 「悪いな、助かる」 「お代は出世払いでお願いします」 冗談混じりに言うルクシーレに、ザックスは苦笑する。 改札を通る前に渡された、一枚のカード。 「あと、これを」 「なんだ?」 「IDカードです。これがないと列車に乗れませんよ」 埋め込まれたチップと、並ぶ別人の名前。 おそらく、偽造カードだろう。 「前からこんなの、あったか?」 「神羅の社員は、社員証がIDカードになってるんですよ。五年前はまだ整備が不完全だったんですが、六番街の完成を前にして、かなりセキュリティの強化が進められてます。列車に乗ったらわかると思いますが、ID検知エリアに入ると暗くなって赤いランプが点滅しますので、驚かないで下さいね」 スラムに入るまでは、ゲートの鍵を持っている人間が一人居れば良い。 しかし、プレートの上に登ろうとするならば、神羅に認められる社会的地位を手に入れるか、高い金を積んで偽造カードを買うしかない。 スラムに住む人々の持つカードでは、不審者として扱われ、プレートの上に登ることはできない。 七番街スラムからミッドガルを一周し、プレートに上がる直前の八番街スラムの駅までしか、スラムの住人には乗車が許されていないのだ。 「ちなみに、ザックスさんに渡したカードは短期滞在者用なので、タークスの誰かに新しいカードを作ってもらったほうが何かと便利だと思います」 「じゃ、今度レノに頼んどくよ」 言いながら、ホームに到着した列車に乗り込む。 駅員は特に不審がることもなく、数秒の後に扉は閉まった。 平日の昼間であるためか、列車は空いている。 空いている席に腰を下ろし、ザックスは肩の力を抜いた。 「もうお昼は食べましたか?」 「あぁ。ウォールマーケットでしっかりな」 「安いですもんね。カンセルさんが奢りの時って、ほとんどあそこしか連れてってもらえないんですよ」 「ポーカーでもしてんのか?やめとけよ、あいつ弱いんだから」 「失礼ですね、訓練の成績です」 唇を尖らせるルクシーレの様子に、ザックスは笑みを零す。 五年前までは、ソルジャー仲間とよく談笑をしていた。 忘れかけていた、あまりにも普通の日常。 懐かしいと思いながら車内広告のモニターに目を向ければ、車内が暗くなり、赤いランプが点滅する。 先程ルクシーレが言っていた、ID検知エリアというものなのだろう。 「五年前から、俺達みたいな神羅の人間は検知されてたのか?こんなランプはなかったぞ」 「僕も詳しくは知りませんが、旧アバランチとの戦いからセキュリティの強化が求められるようになってから一般市民にもIDカードが普及したので、検知エリアをわかりやすくしたって聞きました」 説明に納得したように頷けば、車内がまた明るくなる。 広告に映る新型のバイクと、流れる文字。 『まもなく開通のミッドガル・ハイウェイを走るなら、神羅カンパニーの最新型、ハーディ=ディトナ』 サングラスをずらしてぼんやりと眺めながら、ザックスはひとつ息を吐く。 何でも屋をやるなら、移動手段も必要だ。 レノが乗っていたのも、これと同じ型のバイクだろうか。 考えながら自分の財布の中身を思い出し、もう一度深く息を吐く。 ソルジャー時代に僅かながらに貯めた貯金は、もう神羅に回収されてしまったのだろうか。 久々に身に染みる金銭不足に、三度目の溜息を吐いた。 パルマーを退け、武器を収めようとした瞬間。 停めてあったはずのタイニー・ブロンコが、音を立てて動き出した。 エアリスとクラウドが飛び乗り、慌てて停めようと差し込まれたキーを触るも、プロペラの動きは早くなるだけで。 「とまらないの!」 「構うな、乗り込め!」 クラウドが叫び、ユフィがタイニー・ブロンコに乗り込めば、ゆっくりと前に進み始める。 操縦桿を掴んだ瞬間、機体が浮き上がった。 「うわっ、うわあっ!」 「エアリス、掴まれ!」 振り落とされかけたユフィがしっかりと右翼を掴んだのを確認すると、クラウドはエアリスの腕を握り、落ちないようにと引き寄せた。 片腕では操縦桿を操作できるはずもなく、進行方向は定まらない。 重みや風に流されて迂回するタイニー・ブロンコは、シドとルーファウスの真上を通り抜ける。 腰を屈めたルーファウスと、慌てて飛行機に掴まるシド。 クラウド達を確認した兵士が発砲を始めれば、左尾翼に銃弾が数発命中した。 一度高度を上げたものの、すぐにバランスを崩してふらふらと進路を歪める。 「シィィーット!尾翼がやられてるじゃねえか!」 後ろを振り返り、火花を上げる尾翼を見て叫ぶシドに、クラウドは周囲を見渡す。 このまま真っ直ぐに飛べば、すぐに海に着く。 「不時着か……」 「さあ、でっけぇ衝撃がくるぜ。チビらねえようにパンツをしっかりおさえてな!」 言いながら、ぐらつく飛行機の前方へと腕を伸ばし、クラウドが片手で握っていた操縦桿を掴んだ。 下がっていく高度に、きつく服を握るエアリスをしっかりと抱き寄せると、衝撃に備えて奥歯を噛み締めた。 不時着の瞬間、大きな音と衝撃、引いた波が押し寄せられ、頭から海水を被る。 完全に動きが止まったことを確認してエアリスを離せば、エアリスはありがとう、と小さく微笑んだ。 撃たれた尾翼と操縦桿、エンジン系統を簡単にチェックしながら、シドは深く溜息を吐く。 「こいつはもう飛べないな」 「ボートの代わりに使えるんじゃないか?」 「ケッ!好きにしろい!」 タイニー・ブロンコは、元々は戦時中、空中からの爆撃を行うために造られた飛行機だ。 垂直発進のためのローターや、水面着陸のためのフローとが備え付けられているのもそのためだ。 防弾性も高く、頑丈な作りをしていたため、今回の銃撃や不時着で大破することもなかったのだ。 「シド、あんたはこれからどうするんだ?」 「さあな。神羅とは切れちまったし、村は飽きちまった」 ポケットから簡易工具を取り出して、尾翼の破損した不要な部品を取り外すシドに、クラウドは首を傾げる。 「奥さんは?シエラはいいのか?」 「奥さん?笑わせるない!シエラが女房だなんてトリハダが立つぜ」 わざとらしく肩を震わせるシドに、僅かな飛行時間でも酔ったのか、気分が悪そうにしていたユフィがちらりと視線を向けた。 「お前らはどうすんだ?」 「セフィロスという男を追っている。神羅のルーファウスも、いつか倒さなくちゃならない」 「なんだかわからねえが、面白そうじゃねえか!俺様も仲間に入れろ!」 「…みんな、どうだ?」 ユフィに目を向ければ、少しはましになってきたのだろう、ユフィは指で了解のサインを出した。 隣に座っているエアリスも、スカートに染み込んだ海水を絞りながら微笑んで。 「さんせい、よ」 「よろしくな、クソッタレさんたちよ」 エアリスの言葉を聞いたシドが、からからと笑いながら言う。 久しく耳にしなかった下品な言葉遣いに、額を押さえてクラウドは溜息を吐く。 「クソッタレ……。」 「この時代、神羅にさからおうなんてバカヤロウのクソッタレだ!気に入ったぜ!……で、どこへ行くんだ?ルーファウスのヤツはセフィロスを追って古代種の神殿に行くってほざいていたが」 ぽろりとシドの漏らした言葉に、クラウドは驚き、目を見開く。 「本当か!?……どこだ?その古代種の神殿っていうのは?」 「さあな。あのクソむすこは『見当違いの方向』って言ってたからここからかなり離れた所じゃないのか?」 胸ポケットから煙草を取り出したが、海水に濡れていることに気付くと、舌打ちをひとつして海に投げ捨てた。 「情報をとるためにとにかく陸地をさがそう。古代種の神殿……気になる名前だな……」 「古代種…」 ぽつりと呟き、エアリスは俯く。 クラウドの話では、セフィロスは古代種の血を引くという。 けれど、地下書庫で初めて会ったセフィロスに、「おなじもの」ではないと確信を抱いた。 なら、セフィロスは何を求めて古代種の神殿へ向かったのだろうか。 考え込むようなエアリス達に、ユフィはにこにこと笑い、海水に足を浸したまま小首を傾げた。 「…………エヘ。西へ行くっての、どう?ぜ〜んぜん理由なんかないけどね。もう、ぜ〜んぜん!」 ユフィの言葉に、シドの方を向けば、西に向かえばウータイがあるという。 かつて戦争の激戦地となり、最後まで神羅に抵抗し続けた唯一の国。 今では世界的にも有名な観光地となっており、様々な人間が集まる場所だ。 確かに、この近辺で情報を仕入れるには最適な場所だろう。 シドに操縦を任せ、辿り着いたウータイの浜辺。 大陸に残るティファらに連絡を入れ、古代種の神殿について二手に別れて情報を集めることに決めると、クラウドは深く息を吸い込んだ。 古代種の神殿。 セフィロスの目的。 結びかけては千切れる糸束は、どこへと繋がっているのだろうか。 ゆっくりと、肺の底まで息を吐き出し、見上げた空。 透き通るような蒼、脳裏を過る影、込み上げる懐かしさ。 射るような光に、すっと目を細めた。 たったひとつ、求めたもの。 無償の愛か、無情の哀か。 混濁する意識、混迷の世界。 記憶の通りに愛しい輪郭を撫ぜた指は、空を切り。 胸を貫いた先に、訪れる恍惚。 さあ、早くこの腕に。 【16:あまりにも普通な日々】 [グループ][ナビ] [HPリング] [管理] |